■ あなたをおもう「血も涙もない」「たかが学生の分際で何をわかったような口を」「学生運動に傾倒していた危険人物だろう、監視すべきだ」「あまりにも冷酷では」
「あのような事を平気で出来るなど、到底人の心など無いし、我々とは違うんだ。精々利用させてもらおうじゃないか」
「化け物には化け物をぶつけておけばいいさ」
通りがかった部屋からそんな政府のお偉方だろう声が漏れ聞こえ、隼人は軽く肩を竦めた。
ゲッター線研究とゲッターロボの維持にはそれだけで多大な予算を費やす。実際に恐竜帝国の侵攻が現実となり、従来の兵器がろくに通用しないとも明確になった現在、瀬戸際の防衛戦を繰り返すゲッターロボの必要性は明白にすぎたが、不満や何かがそれで消える訳でもなく、どれほど死の足音が迫ろうが、いやだからこそ、自分事と考えたくない人間も存在する。
つい数時間前にあった会議では本音のままに難癖をつけてこなかっただけマシだろう。彼らは彼らの仕事さえしてくれれば良い。
そう思いながらふと目をやれば、隣を歩いていたはずの竜馬は拳を握り扉の向こうを睨みつけてピタリと足を止めてしまっていた。今にも飛び込んで暴れだしそうなその肩を軽く叩いて隼人はわずかに笑みを見せた。
「そうカッカしなさんな。行くぜ」
「だって――あ、待てよ、隼人!」
なんだよ、あいつら。あんなこと言いやがって。
不機嫌を隠しもせず、頭に血が上った様子でブツブツと文句を言っている竜馬は元より喧嘩っ早い性格をしていたが、彼自身より彼が思う周囲を貶されることに一層我慢が効かない節がある。
自分がその対象であってもそういった反応を取ることに、ひっそりと安堵するような感覚を覚え、隼人は小さく息をついた。自分が怒らず、嫌な気持ちをあまりせずにいられるのは、こうして自分の代わりに感情を表してくれる竜馬がいるからなような気もしていた。
「人間ってのは身勝手な物だから仕方が無いのさ。
自分の理解の及ばないものや、自分がやりたくない事をやるものは、自分とは違う存在だと思う方が安心するってな。昔からだから気にしてねえよ。
『神童』にしたって『冷血漢』にしたって、こういうのは結局根は同じ事だろうさ」
……思い詰めてやっちゃいけねえ一線越えて馬鹿な悪党になりかけた危険人物なのは、まああってるんだしよ。
最後は自嘲混じりにそう竜馬に返し、隼人は思い出す。
そう、昔から。物心ついた時からその傾向はあった。気付くには数年かかり、受け入れ割り切るには更にかかった。
自分は皆と同じではないらしい、というそれだけならただの事実は、周囲の認識で容易く孤独に連鎖した。
そもそもにして同じ存在など有り得ないから人は皆尊いものではないのか、ただの個性をそうと見てもらえないことも、どうして同じでありたがるのかも理解できなかった。無条件な特別扱いも全体主義も独裁も嫌いだった。
ただひとりの意思ある人間として生きたかった。
――けれど、既にそれも過去だ、と軽く首を振って、彼は血圧がまだ下がらなさそうな竜馬を宥めることにした。
「なんでお前がそんなに不機嫌になるんだい、リョウさんよ」
「……だってよ。なんか腹立つじゃねえかよ、今命かけて戦ってるのに、何も知らねえ癖に好き勝手言いやがって」
「いいんだよ、そうさせてんのは俺だしよ」
「なんでだよ」
「目立ってひでえ事する奴は同情なんてできない方が気軽に恨めんだろ。理由どうあれ戦争だって人殺しにゃ変わりねえんだからよ」
ぽんぽんと続いた受け答えの後「それだったら俺もじゃねえかよ」と余計口を尖らせた竜馬は呆れたような溜息と一緒に言葉を落とした。
「お前なぁ」
「ん?」
「ずっとそんな感じだったのか」
「世の中必要悪ってのもあんだろ」
そう、自分は悪でいい。こいつが迎えに来る前から、地獄へ行くのは覚悟していた。やりきらなかった事に今は安堵すらあるとはいえ、過ちでしかない事に手を出したのは違いなく、戦うより他ない侵略への抵抗であろうと命を奪っているには変わりがない。
一度そうあろうと決めた以上はそれで良かった。人類存続のためとはいえ、誰かの生命まで天秤にかける以上、自分は悪魔でしかないと。
内心そう思えば、ため息混じりに見透かされたような声がして、隼人は隣の顔を見た。
「馬鹿じゃねえのか」
「失礼な奴だね、お前さんは」
不満たらたらに頭の後ろに手を組んだまま、ずんずんと足音まで立てそうに先を歩く竜馬に軽く笑い、隼人は続けた。
「いいんだよ、俺が知ってる人間だけ知ってりゃ。お前とかよ」
「納得いかねえ」
「しつこいねぇ」
「嘘は嘘じゃねえか、納得いかねえ」
「馬鹿正直」
「うるせえよ」
それに、慣れたって傷つかねぇ訳じゃねえだろ、お前だって。
唐突にくるりと振り返って言われた言葉に、隼人は何も返せなかった。
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――山咲は、「女のくせに」時折ひどくキツいことを言う。
そんな話を聞いたのはいつだったか。その頃には既に自分の下で働く限り男女の差別はしないと良くも悪くも組織には知られていた。
そう言った人間には注意をし、一度きちんと話を聞いた方が良いのかもしれないと、双方から話を聞こうとしたのが彼女とのきっかけだった。
物怖じもせず真っ直ぐにこちらを見つめる、理性の光を灯した瞳が印象に残る女性だった。あいつのものに少し似ていた。
理知的で活発、頭も良く、なにより戦場に立つことを自分で選び、そこで戦える人間だった。
自分の部下としては、それだけで充分だった。
共に戦場での時間を過ごし、サポートをよく頼むようになり、やがて彼女自身が前線に出るようになる頃には、自分には珍しく距離が近い人間のひとりになっていた。二人きりの時に、お互い本音を吐露しても許されると思う程度には。
――皆、あなたに騙されるんですよ。そうして、どんなことをしても傷つかないと思って、期待に応えてくれるものだと、勝手なことばかり言って。
それすら、あなたの演技で、上手いこと掌で転がされていることにすら気付かない。
「違いますか?」
そんな言葉を聞いたのは、そうして上司と部下としてそれなりに時間が経ってからだった。休憩時間や就業後に個人的に会うようにもなっていたが、他の皆と同じように、自分には平等に接するべき「友人」で「家族」だった。
相手に踏み込んでも失礼にはならないだろうと、不快にはさせるかもしれないが許されるのではないかと、そんな一線をそっと静かに、けれどこちらを確かめながらしっかりと踏んで来たのが彼女だった。
……あの時、彼女なら、と、思った。
他人から見れば、遅々として進まないような関係を続けた。
徐々にお互いに近付き、手を繋ぎ、ただ寄り添って、まるであいつとのあの数年間のような時間を過ごした。
その事を奇異の目で見る人間もいた。抱いてやれと言う人間すらいた。自分にはそれはできなかった。
性機能が無い訳ではなく生理現象も、極端に薄くとも性欲も存在した。けれど、そうしたくなかった。
性愛が欲しいわけではなかった。恋愛をしたい訳でもなかった。正直に言えばそのままでも、肉体関係は無いままでも自分は満足ですらあった。
それも全て理解して、同じように自分に寄り添い触れてくれる彼女を愛した。
だからこそ、もしもこの先の人生があるのなら、共に歩きたいと思った。
貴女と一緒に死ぬことは、俺にはできない。既に、あいつと約束してしまったから。
この戦争の間、貴女を自分の特別にすることもできない。自分は人類全体の為に、友人や家族をも犠牲にするから。
けれど、この戦争が終わったら。
その時は。
貴女を欲することを、自分から愛することを、俺に許してくれるだろうか。
その先の時間を、貴女と共に生きることを望んでいいだろうか。
今にして思えば、酷いプロポーズだった。
貴女のためには死んでやれないと、自分の中から「あいつ」を消せやしないことまで含めて、許してくれなど。
それでも、彼女は、綺麗に笑い、頷いてくれた。
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「何も知らないのはあんたよ、バカ!」
自分の代わりに泣いてくれる者がいる。自分を理解し、思いに寄り添い、しなくてもいい弁護すらしてくれる。
なあ、なら、まだ、ここで折れる訳には、泣く訳には、いかないだろう?
そうして、怒り泣いて寄り添ってくれた、お前達のためにも。