背中合わせのいきかた「……隼人。頼みがある」
「どうした、改まって」
「……その……」
「……?」
「い、一日でいいから、俺のために時間くれねえか――いや、一晩でも良い」
「なんだ、いきなり」
「……だから、その……」
「……で、デートっぽい事っつーか――そんな事してる暇ねえのはわかんだけど、だからこれは俺の我儘なんだけど」
「――……」
「嫌ならいいんだ、忘れ――」
「……リョウ」
「お、おう」
「…………俺は、良いが、勝手に動かれたらこちらの人たちが困るんじゃないか」
「良いのか!?」
向こうの、元の俺らの世界は、十三年の間に様変わりして、最早地上に人が住むことは困難なのだと聞いた。
「だからよ、こうやってのんびりお天道さんを浴びるのも久々よ。……渓たちにも味あわせてやりてえもんだ」
「あぁ、それでお前、街の様子に目ぇ細めてたのか」
「ええ、まあ……先輩方が居なくなってから十年ちょいと、地下に潜ってた時間のが長いし、人も少なくなっちまいました。恐竜帝国はマグマ層まで引っ込んで冬眠期間入ったままで……こうなるとどっちもそんなに変わんねえ気すらしましたや」
あいつらがあの時起きてたらどうしてたんすかねえ……。
あぁ、総人口だの詳しい事は隼人の方が知ってんじゃねえかな。
「……」
「えっ、一日街に行ってみたい?」
「俺らの管理してんのはあんたらで、好き勝手動いてもらっちゃ困るのも知ってるんだが……」
「まず話を通しに来てくれたのですから、そこはご理解頂けてるとはわかります。理由をお聞きしていいですか」
「……」
「……隼人に、陽の光と生きてる人間沢山見せてやりたくて」
「……あっ」
「……あいつに俺に時間くれって、聞いて許してくれればだけどよ」
「この世界も、一度ひでえ目にあって、全部なくなって、それでもここまで生きてきたって教えてくれたよな。十年以上も色々無くなってくばっかの世界にいたあいつに、それでも立ち直った奴らはいるって見せてやりてえ」
「……少し、時間を頂けますか。悪いお返事はこちらもしたくないと思っていますが、前例も少ないので」
「ああ、それは勿論だ。――我儘言っちまってすまねえな」
「いえ」
「竜馬師匠たちなら無駄に騒ぎも起こさないだろうし、許可してやってくれないか?」
「今のここの責任者は私ですが、上には通さないと」
「めんどくさいもんだなぁ」
「……条件は、幾つかつけることになると思います。降りる街や、移動手段、発信機と通信機も」
「なんだ、心配いらなかったかな」
「……カーズ」
「ん?」
「……いえ、なんでもないわ」
守りきれず失い続け、それでもそこに立ち続ける苦しみを、決意を、私たちは、本当に理解できるだろうか。それを自分のものとして、それでも。
「――ッ、……」
「……どうしてかしら」
懐かしい、とすら、思うのは。
「……いつものスーツじゃねえのか」
「目立たない方が良いだろう」
「ふぅん」
「なんだ?」
「いや、お前そういや私服も襟ついてる奴よく選んでたなって」
そういう所が真面目そうっつーかよ。
「あぁ、首がな」
「ん?」
「襟つきやタートルネックじゃねえと首の長さで顔が浮いて見えて奇妙だって昔言われてよ」
「ふぅん?」
水鳥みてえで綺麗なのに
「……」
「……なんだよ」
「……いや。お前はそういう奴だったな」
「はぁ?」
「単車か」
「まあゲッターで近くまで行く訳にもいかんな、確かに」
驚かれなくても置き場に困る。
「サイドカーも懐かしいな」
「リョウ、お前が運転するか?」
「良いのか? 前はそっち乗るの嫌がってたじゃねえか」
「よく覚えてたな」
……いや、お前にはそんな昔じゃねえのか。
「……どうした、隼人」
「……すまない、少し、疲れた」
「……」
「……眩しく、懐かしかった。こんな光景が、昔はあったと」
「……隼人」
「……」
「……そんな、気持ちにさせるつもりじゃ、無かったんだ」
「……知ってるよ」
「お前は、昼間、おれに『欲が無い』と言ったがな、違うんだ」
「欲がないんじゃなくて、誰にも死んでほしくないなんて苦しんでほしくないなんて土台無理な大それた欲ばかりだよ、おれは」
「おれは神様なんかじゃない。だからそんな世界は来ない、来てもいけない。わかっちゃいる」
隼人は、向こうの世界の多くを語りたがらなかった。
地下で過ごした期間が長かった弁慶とは違い、十三年の間、地上で生き残った人類をまとめ指揮官として戦い続けた、らしい。
ならば、当然、俺たちの中で一番長い事、蹂躙される人々や世界を見続け、守れなかったものは数え切れなかったはずで。
……なんでこいつだったかな、と思う。
俺でも、武蔵でも、弁慶でもなくて、なんで、一番「みんな」を背負い込んじまうこいつだったかな。
だからやれた、と言えばそうだろうが。
どうして、隣にいてやれなかったろう。最初にこいつを地獄に引きずり込んだのは俺だったのに。
その悲しみや痛みを同じものと分かち合うことすら、その過去を知らない自分にはできない。
自分がいっそ、不甲斐ない。
「……情けねえな、俺は」
結局、お前ひとりすらどうにもしてやれねえ。そんな事、とっくの昔に知ってたのに。
「……隼人」
全部、俺のせいにして泣いちまえよ
今なら、俺しか知らないから。俺の好いた奴一人守りきれもしなかった情けねえ泣き言だって、お前しか知らねえし。
そんな、今にも泣き出しそうな、我慢してるような。
「……泣き方とか、わかんねぇよ、今更」
だから
いっそ、泣かせてくれ、お前が。
「なあ、隼人」
「ん?」
「……人は強いよな」
「……ああ」
「どうした?」
「いや、やっぱお前はハンドル自分で握ってる方が似合うわ、赤いマフラーも」
「お前もだろ」
「俺はお前が操縦士なら任せるぜ、撃ち方でもやらぁ」
「それは……物騒だな」
「無法の荒野ならそんなんも必要だろ」
なら、その時は任せる
へっ、言われねえでも。一蓮托生ってな。