もし、テス・アダムが間に合っていたら 黄金の兜の下でケントは息を吐いた。
地獄の炎が身を包み、遺跡全体を覆っていたシールドが散り散りに崩れ去っていく。
ここまでだ。時が来たのだ。今頃ホークマンたちは玉座を目指しているだろう。
崩れ落ちた体を奮い立たせ、兜を頭から剥ぎ取る。もう出来ることはない、あとは。
覚悟を決めたドクター・フェイトにサバックが迫る。未来はもはや何も見えないが、その目には光があった。
サバックがドクター・フェイトの胸元へ拳を振り上げた瞬間、背後の玉座から一陣の黒い風が吹き下ろした。
玉座の間にたどり着いたJSAのメンバーが目にしたのは、サバックの角を掴み対峙するテス・アダムと、それを援護するドクター・フェイトの姿だった。
テス・アダムとJSAの連携により、地獄の王の化身サバックは打倒され、カーンダックは救われた。テス・アダムは戦闘が終わると、JSAと駆けつけたトマズ親子たちに向き直った。
「彼のために来た。命の恩人だ、感謝する」
と、兜を脱いだケントに向けテス・アダムが頷く。ぱちくり。JSAのメンバー全員が目を見開いていた。未来が見えるドクター・フェイトでさえ、予想外だったらしく何度か瞬きをしてぽかんとした表情を浮かべた。
「いや、私の方こそ。テス・アダム、来てくれて感謝する」
この未来は……読めなかった。ケントは頬を掻いた。
彼の力は運命をも破壊する。まだまだ計り知れない力の持ち主だが、今の彼なら無闇に力を奮うことはしないだろう。テス・アダムがドクター・フェイトに近づこうとした瞬間、ずいとホークマンが二人の間に入った。
「おい、フェイトから離れろ」
「何故だ」
「事態は解決した。彼はこれから帰投する」
それはテス・アダムを脅威とは見ていないことを意味していた。
アマンダ・ウォラーの命令は【テス・アダムを捕らえること】だったが、この命令はA.R.G.U.S.の極秘基地への引き渡しで達成されている。
サバックの脅威も観測されているはずだ。どうすれば最善だったかは目に見えている。テス・アダムとJSAメンバーの新たな処遇も、これから決まるだろう。
「俺も行く」
「だめだ!」
「恩人には報いるのが当然だろう」
「お前の処遇が決まるまではだめだ」
ホークマンは更にずい、とテス・アダムの前に立ちふさがった。ドクター・フェイトがホークマンの背後でため息をつく。
「俺は何者にも縛られない」
「いい加減に……!」
「ちょっと!この期に及んで喧嘩しないで!」
ホークマンとテス・アダムの間にアドリアナが割り込んだ。筋骨隆々の大男たちに挟まれても、彼女は毅然とした態度で二人を見上げている。
「喧嘩ではない、これは決闘だ」
「カーター、君こそいい加減にしたまえ」
ホークマンの斜め後ろでドクター・フェイトの呆れた声が聞こえる。
「ケント!お前も奴に味方するのか?!」
「まったく……やきもちを焼くのもいい加減に」
「やきもちなど焼いていない!」
大人たちがガヤガヤと騒ぎ立てるのを、若人たちは王座の間の入口から見守っていた。
「えっと、どうする?」
「そのうちまとまるよ。先に行っててもいいんじゃない?」
「そうだね……お腹空いたし、スナックの続き食べたいし」
ワーワーと声が響き渡る王座の間から、ぞろぞろと人影が三つ続いて出て行った。
アメリカへ向かう輸送艇には、結局JSAのメンバー四人のみが乗っていた。テス・アダムを引き止めたのは何よりも勇者の帰還を喜ぶカーンダックの住人たちだ。トマズ親子や住人たちの嘆願もあり、テス・アダムは渋々カーンダックに残った。
海上を悠々と進む輸送艇のコックピットには、カーターとケントの二人しかいない。
「どう言い訳をするつもりだ」
カーターが輸送艇の操縦器を握ったまま声を上げた。背後のケントは肩をすくめる。
「テス・アダムがいなければ我々はカーンダック、ひいては世界を救えなかった。後でウォラーにはなんとでも……」
「違う」
カーターは自動操縦に変え、座席をするりとケントの前に移動させた。険しい顔のまま腕を組む。
「何故お前があんな選択をしたか、だ」
言葉に込められた怒気までもぴりぴりと伝わるようだった。向けられる視線は、それだけで敵を怯ませるほど鋭い。だがそれで怯むケントではなかった。
持っていた兜をテーブルに乗せ、しっかりと目を見据えてケントはカーターに向き直った。
「言い訳はしない。あの方法が最善だと考えたまでだ」
「たまたま奴が間に合ったから良いが、あのままではお前は……!」
「命を落としていただろうな」
カーターの声を遮りケントの冷静な声がコックピットに響いた。カーターの目が大きく見開く。大きな瞳がふるふると揺れるのを、ケントは静かに見つめていた。
カーターの動揺、怒り、そして恐怖。カーンダックの遺跡で光の障壁越しにケントは同じ目をかつて見た。自らに向けられたあの顔を、ケントは生涯忘れないだろう。一度短く息を吐くと、白い口ひげに隠れた唇がゆっくりと開いた。
「なぜあの選択肢を選んだか、それは私の身勝手に過ぎない。君が死ぬ未来を予知して、世界よりも君を失いたくなかった、それだけだ。こんなわがままは最初で最後にするつもりだったが……どうやら先送りになってしまったようだ」
自嘲めいた笑みが薄くケントの顔に浮かぶと、未だ何も言わない友の手が解かれた。それを了承と得てケントは続けた。
「許してくれとは言わない、私は君の信頼を裏切った。君と世界を天秤にかけて、君の望みを選べなかった私が弱かった。年寄りはわがままなんだ」
カーターは目を伏せたまま黙っている。彼がずっと口をつぐむのは珍しい。コックピットに計器の乾いた電子音だけが響いていた。
「私が許せないのは、私自身だ。ケント、お前にそんな選択をさせた自分の不甲斐なさと、弱さに」
ぽつりと言葉が落ちた。人はどれだけ能力を持ったとしても完璧にはなれないと、カーターもケントも長く果てない人生で分かっていた。
分かっていても実現に向け為すべきことを為す。決して諦めない、それがケントが知るカーターの美徳だ。
「恐ろしかった。あれ程の恐怖は初めてだ。お前を、失うのではないかと」
「カーター、もういい」
握りつぶされそうな手にケントは触れた。カーターとケントの瞳が交わる。大きな黒曜石がケントの姿を映していた。
「君が自分を責める必要はない。仮に逆の立場でも、君は同じ事をしただろう?君と同じように私も諦めず考えた。それが第三の選択肢だっただけだ」
「だが私は!」
ケントの首が軽く横に振られる。
「カーター、これからを考えないか?過去を教訓にするのも大事だがね。運命は変わったんだ。君も私も生きている。だが、……結局単純に、私たちはもっと話し合うべきだったのかもしれない」
ふっ、とカーターの唇が上向く。ケントの知るカーターの癖だった。
「お前の謎めいた口ぶりから察しろといわれても難しいな」
「君がもう少し聞き上手なら苦労はしないさ」
二人の間に笑みが広がる。触れ合った手がゆるりと結ばれた。