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    漣が肩たたきを知る話

    タタケ! だりぃ、と言い残したきり牙崎漣は事務所のソファから動かなくなった。
    「何なんだ、アイツ」
     大河タケルはポータブルゲーム機から一秒だけ顔を上げて漣を見やって画面に視線を戻す。円城寺道流が漣の隣に座って「漣?」と呼びかけるが、漣は顔を動かしもしない。
    「どうした? 眠いか、それとも腹が減ったか?」
    「あァ? ンなわけねーだろ」
     言い捨てた漣はテレビを眺めている。二十代OLをメインターゲットにしたプチプラコーデ特集に視線をやる漣を見つめて、道流はここ数日の漣の動向を思い起こす。
     ここ数日は雑誌のインタビューやテレビ番組の打ち合わせが続いており、ライブやレッスンは入っていない。このところ、仕事で体を動かす機会には恵まれていない。
    (……そうか)
     早朝のランニングや最低限のトレーニングは重ねているはずだが、それでも漣は体を持て余しているのかもしれない。そう思って「少し走るか?」と誘ってみたが漣は肩をすくめるばかり。肩をすくめると漣の眉が寄り、その様子に道流はもうひとつの可能性に思い当たる。
    「もしかして、肩が凝ったのか?」
    「知らねェ」
    「よし!」
     ソファを立った道流は漣の後ろに回って、漣の両肩に手を置く。漣は脱力しているはずなのに肩の筋肉にはこわばりが感じられ、道流は手のひらで漣の肩を押し始める。
    「ァ……? ……あー」
     漣の首が伸びる。
     親指で首の後ろを探り、骨と骨の間に指を置く。力加減が読めないからまずは弱い力で揉み始めると、漣は小さな声を上げて目を閉じた。
    「……らーめん屋、それ、もっと強くやれ」
    「はは、こうか?」
    「っああ――!」
     思い切り押してやれば漣は声を上げ、タケルは呆れたように目を向ける。
    「円城寺さんに肩揉みなんてさせるな」
    「ハッ、うっせーぞチ――」言いかけたところで道流の指圧が加わり、「っア――――……」漣は目を細める。
    「はは、気に入ったか?」
     肩揉みに漣が寛ぐ様子を見ていると悪い気はしない。もっとほぐしてみせようと両肩をリズミカルに叩くと、銀髪をかすかに揺れた。
    「漣専用に肩たたき券を作っても良いかもなぁ」
    「ア? ンだよ『かたたたきけん』って」
    「そんなことも知らないのか」
    「ッせーぞチビ!」
    「どうどう」
     ぐ、と揉み込めば漣は静かになる。
    「『肩たたき券』は、食券みたいなものだ。それを渡せば、こうやって肩揉みをしてもらえるってことだ」
    「ハッ。かたたたきけんなんて必要ねぇ。俺サマが叩けっつったら叩け! いいな、らーめん屋ァ!」
    「ああ、いいぞ漣。肩たたきが必要な時はいつでも言ってこい!」
     鷹揚に言って更に揉みほぐす道流と、肩を揉まれてソファにだらしなく身を預ける漣。
    「……本当に肩たたきが必要なのは円城寺さんの方だと思う」
     そんな二人を見ていると、タケルにはそう思えてならなかった。
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