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    P天/petanis

    P天/petanis 坂道で石を踏んだのか、車が揺れる。
    「おい」
     瞬間、助手席の天井努から不機嫌な声が飛んできた。
     群馬県高山村にあるロックハート城は山の上にあり、道中の坂道は舗装こそされているものの小石が多く、車はガタガタと揺れている。
    「すみません……」
     運転席に座るプロデューサーは速度を落とすも、アクセルを踏んでいた力を急に落とすのだから緩む速度もそれはそれで不快だ。努は更に眉間の皺を深め「気を付けろ」と短く吐き捨てた。
    「はい……」
    「こんな車にアイドルを乗せられるか。ワイパーを忙しなく動かすから運転がおろそかになる、最速にしておけ」
     ちらと目をやる後部座席には、まだ誰もいない。
     283プロに入社したばかりの彼が担当するアイドルはまだ一人も所属していなかった。現在、オーディションとスカウトを並行して行っており、何人かはアタリがついている。
     とはいえ、彼女たちにまつわる業務がない日もある。そうした日は各所への挨拶回りも兼ねて、プロデューサーの車の運転の練習もしているのだ。
     ロックハート城は撮影で使われることも多い。ここに限らず、撮影やロケでは関東近郊の山中は選ばれがちだから、悪路を運転する機会もある。そのために運転はプロデューサーに任されているが……。
     ワイパーを自動に切り替えると、雨が一瞬だけフロントガラスを覆ってすぐに掃かれる。悪路と大雨、そして隣に座る努のすべてが、プロデューサーの集中力を奪っていく。
    「……コンビニ」
    「はい!」
     往路にあったコンビニの位置は覚えていた。ウィンカーを出すプロデューサーの手つきを努は凝視していたが、今度は何も言わなかった。



     コンビニでの一服を終える頃には、雨脚はもっと強くなっていた。
     軒先で煙草を吸っただけで努のスラックスの裾は濡れ、髪や肌も湿気を帯びている。
    「寒くありませんか?」
    「平気だ」
     四月とは思えない大雨は春の陽気すら洗い流した。気遣わしく尋ねるプロデューサーを一蹴して、努はビニール袋の中から何かをプロデュースに投げて寄越す。
    「えっ、うわ」
     発進しかけていた車がガタガタ揺れる。「おい」と努が再び不機嫌な声を発したことに脚が跳ねて、アクセルが踏みしめられる。
     瞬間。
    「あ!?」
    「……ッブレーキ!」
     ぐわんと大きな揺れを感じて、二人の叫びが重なった。
     急ブレーキに車体と身体が揺れる。ごりごりと音を立てて停まった車は、座っているだけでも異常があることは明らかだ。
    「……」
     停車時と比べ、車とコンビニの距離がやけに近い。喫煙所を兼ねた軒下に車が入っていて、あと少し進めば雑誌売り場を破壊できるだろう。
    「……そこにいろ」
     短く告げた努が車外に出る。傘をさす余裕もなく車の下を覗くと、車止めは車体の中央にまたがっていた。
    「…………」
    「しゃ、社長……」
     後ろからそっと傘を差しだすプロデューサー。雨粒を受けた顔は青白く、やってしまったことへの悔恨を滲ませている。
     ひとまず本来の駐車位置に車を戻す。まっすぐにコンビニから離れるだけなのにプロデューサーは何度もハンドルを切る必要があり、車体の軸が曲がってしまったことは明白だ。
    「JAFを呼ぶぞ」
    「は……はい」
     二人は既にずぶ濡れで、シートに雨水が染みこんで不愉快だ。プロデューサーは自罰のつもりか外でも傘をさしていなかったから、ブルーグレーのスーツは黒一色に染められている。
    「近くで事故があったみたいで……三時間くらいかかるそうです」
    「三時間……」
     電話を切ったプロデューサーの言葉に、ずんと目の前が暗くなる。
     三時間もずぶ濡れのまま待ちたくはない。コンビニに下着の着替えはあるだろうが、それでは役に立たない。見渡しても着替えを買いに行ける店はなく、雨に濡れた視界に入るのはラブホテルだけだ。
    「…………」
     沈黙が続く。
     随分、勇気の要る決断だった。
    「おい、あそこ……行くぞ」
     具体的な言葉にするのはためらわれて、努はラブホテルを指さすにとどめる。
    「はい……えっ」
     反射でうなずいてから硬直するプロデューサー。
     顔を染め、ぎくしゃくと努の方を見て。
    「それって……」
    「服を乾かして、体を温めるためだ。…………誤解するなよ」
     乱暴に車のドアを開けて、さっさと歩きだす努。
    「わ……分かりました! 分かってます!」
     そんな努を追いかけるプロデューサーの足元で、何度も水しぶきが舞った。
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