クリ想/ABBB… /付き合っているクリ想がキスする話◆AB
はじめてクリスと手を繋いだ時、想楽はキスについて考えていた。
(この後、キスするのかもねー)
手を繋いだ先にキスが、キスの先にセックスがあることは知っている。クリスの車で自宅まで届けてもらう途中、赤信号に停まった車内でクリスは様子を伺うように想楽の手を包む手のひらに力を加えた。
横断歩道の青色が明滅し、赤に変わる。同時にクリスは想楽から右手を離し、ハンドルに添えた。
リップクリームを塗り直すのもわざとらしく思えて、会話の継ぎ目を見計らって上下の唇をすり合わせる想楽。街並みは徐々に見慣れた景色に近づいて、想楽が兄と二人で暮らすアパートのそばで車は制止した。
「今日はありがとうございました」
「うん、こちらこそありがとうー」
言いながらシートベルトを外す。右側に助手席があるクリスの車は、降車時に車の行き来を気にする必要がある。ドアに手をかけたまま車の切れ目を待っていると、クリスは想楽の肩に手を置いた。
「んー?」
何事かと振り返った瞬間、クリスの唇が想楽の唇をかすめる。
「、……」
接触は一瞬、すぐにクリスは想楽から顔を離して微笑した。
「今なら行けそうですね」
「……あ、うんー」
車道はしんと静まって誰もいない。どこか呆然としたまま想楽が車のドアを開けると、クリスは穏やかな笑みを浮かべたまま手を振る。
「お休みなさい、想楽。また明日ですね」
「おやすみー」
車を見送って、アパートの階段を踏みしめるように上る。
頭の中では、重なっては離れる唇の感触がリフレインしていた。
◆B
唇の感触は何度思い出しても掠れることはなく、記憶は鮮明になっていく。
(もっと、長い時間してみたら――)
思い出すたび、あの柔らかさをもう一度――今度は長い時間味わってみたいと思えて、想楽はふとした時にもクリスの口元を盗み見てしまう。
あの日からまだデートの機会には恵まれていない。今日も一日中テレビ番組の収録が入っており、とてもそんな時間はないだろう。
「想楽」
眺めていた唇が自分の名を読んで、思わず想楽の肩が動く。
「何ー?」
「雨彦がどこに行ったか知りませんか?」
Legendersの三人に割り当てられた楽屋に雨彦の姿はない。見回すと鞄ごとなく、おおかた掃除にでも行ってしまったのだろう。
「どこかで掃除でもしてるんじゃないかなー。雨彦さん、掃除になると長いからー」
「そのようですね」
「雨彦さんに何か用事でも――」
尋ねかけた唇を、クリスが塞ぐ。
「……っ!」
見開いた瞳に目を閉じたクリスの顔容が迫る。正面から密着した唇と唇に全身の血が湧きたち、触れ合う唇に神経が集中した。
己の乱れた呼吸が、クリスの潜めた呼吸が、口元を撫でる。唇の形が理解できるほどの時間、キスは続いた。ゆっくりと想楽から顔を離したクリスはわずかに眉を下げ、すみません、とこぼす。
「困らせてしまいましたね」
「そんなこと……」
喋るたび動く唇がクリスを覚えている。脈打つような全身の熱は隠しきれるものではなく、クリスを見つめる瞳が熱っぽいことを想楽は自覚していた。
◆B…
楽屋でキスをした日のことを思い出すたび、呼気に混ざる湿度胸を乱す。
唇の向こう側、口の中に何があるかを想楽は知っている。口の中にあるものを触れ合わせる深い口づけは想像するだに淫靡で、想像はそれだけで想楽を灼いた。
(ジンジャーエール、ミネラルウォーター、冷たい緑茶――)
今日は昼に駅でクリスと合流し、近くのカフェで食事をしてから想楽の家に移動して映画を観た。その間クリスが口をつけた飲み物を思い返しては、今日のキスの味を想像する。
観終えた映画の感想を話す間も、先ほど見た映画のワンカットよりもそれを語るクリスの唇にばかり意識が向く。そぞろな会話が弾むわけもなく、ほどなくして生まれた沈黙の中で想楽はクリスに顔を向ける。
「クリスさん――」
呟いて目を閉じると、クリスが身を寄せたのが気配で分かる。
顎を持ち上げられたかと思えば唇が重なる。唇の接触にこらえきれずに吐息が漏れると、即座にクリスの舌が想楽に這入りこんだ。
「……ぁ――」
唇とは比較にならないほどの熱が口腔に届く。思わず上げた声すらすくい取る舌が想楽の舌に触れ、そっと舌を絡め取った。
水音を聞いた。開いた唇と唇の隙間からこぼれた吐息が室温を高める中、想楽はキスの甘美さに身をゆだねていた。
やがて口づけは終わる。しかし唾液に濡れた唇は再びクリスを求め、クリスは何度でも想楽に応じた。
手を繋いだ先にキスが、キスの先にセックスがあることは知っている。
しかし、このキスの先には、まだキスが待っているようだった。