dust 好きなものを飲んで待っていてください、と言い残してプロデューサーは席を外したものの、花園百々人は自分が何を飲みたいのかがよく分からなかった。
冷蔵庫の中も開けて良いらしいが開けることはためらわれた。キッチンの傍らに置かれた黄色い袋が目に留まって持ち上げると、それはリプトンのティーバッグの大袋だった。
180個入りの文字が躍る表面を返して裏面を読む。紅茶の入れ方の項目を読んだ百々人の口からは、小さな声が漏れた。
「一分でいいんだ……」
「紅茶を飲むのかい?」
「!」
振り向けば、柔和な微笑を浮かべる神谷幸広がゆっくりと百々人のもとへ歩み寄るところだった。
「すまない、驚かせてしまったね。お詫びというわけではないけど、紅茶はどうかな?」
「あ、はい、お願いしますー」
315プロに入所して間もない百々人は、彼も含めて他のユニットのアイドルとは関わりが薄い。それでも微笑に悪意がないことは見て取れたし、カップを温める仕草も手慣れている
ことは分かった。
「……一分なんですね」
「うん?」
穏やかな光をたたえた幸宏の目が百々人を見やる。何か嫌な予感が――した気がしたが、幸広は百々人にゆっくりとうなずいて「そうだね」と肯定の言葉を口にするだけだった。
「茶葉は大きさによって等級が分けられていて、ティーバッグに使う茶葉は小さいものが多いんだ。『ダスト』と呼ばれることが多いが、細かい分抽出時間は短くなるし、濃く出るからミルクティーには向いているよ。――ミルクは入れるかい?」
うなずけば、幸広からはウインクが返ってくる。
ソファに座るよう促された百々人の元にたっぷりのミルクティーが差し出されるまではそう時間はかからなかった。
熱湯で淹れた紅茶も、冷えたミルクと混ざってはじめから飲み頃だ。一口飲めば美味しい気がして、百々人は続けて二口目を口に含む。
ミルクの風味と、紅茶のやさしい香り。
幸宏から聞いた先ほどの話を思い起こしながら、百々人は静かに思う。
(今の僕が、無才でも)
体の中はミルクティーで温まっても、冷やされ続けた魂の芯まで温度は届かない。
(ぴぃちゃんは、僕を使ってくれるかな)
今はまだ、百々人は凍えたままだった。