イソゲ 走り続ける大河タケルの背中に「チビ!」と怒号が叩きつけられた。
「オレ様の前にいんじゃねェ!」
言葉の間にも牙崎漣の足音が背後に迫る。横並びになると漣の銀髪が朝日にギラリと輝く。正面を見据えるタケルの目の端には、光の残像が赤くちらついた。
「俺は自分のペースで走ってる。オマエが遅いだけだ」
「ッ……!」
乱れのないタケルのペースに、漣は踏み込みを強めて一歩リードする。
真横にある陽光が顔半分を照らして熱い。顔の片側にだけ帯びる熱は漣にひとつの記憶を呼び覚まし、クソが、と吐き捨てた。
顔に太陽を浴びるたび、ステージのライトに照らされるたび、ラーメンの湯気を顔に受けるたび、蘇る記憶。
記憶を呼び起こされるたびに漣の体は灼け、チビ、と短い叫びを上げるしかないのに。
(なんで忘れてやがんだ――!)
走るたび揺れる銀髪が短かったあの時から、今日まで。
漣は一度だって忘れたことはないのに。
「っ」
更に地を蹴って、漣はタケルの前に出る。
しなやかな筋肉は急にスピードを上げても制動を乱さない。タケルから大きく距離を開けてから振り向くと、タケルは怪訝な顔を漣に向けている。
「人の迷惑になる。前を見ろ」
「うるせェ」
朝の空気を裂いて、漣は高らかに告げる。
「遅ェんだよ。――早くしやがれ、チビ!」