七草にちか・七草はづき:三年目の七番目:にちかが苦しむ話 ドアが開く音に「おかえり〜」と言ったのに返事がなかったので、七草はづきは妹の機嫌が悪いことを察した。
妹――七草にちかの機嫌が悪いようだからはづきはそれ以上声はかけないことにして菜箸を動かす。小鍋の中で鶏ひき肉は白っぽく変わり、砂糖と醤油を投げ込むと美味しそうな香りが立った。夕食のメニューをイワシの梅しそ巻きにするか迷って三色丼にしたのだが、にちかの様子を見る限り三色丼にして正解だったようだ。
283プロにほとんど無理やり入所してからのにちかは、気まぐれのようにはづきに素っ気ない態度を取ることが増えた。アイドルを続ける条件にW.I.N.G.優勝を課したせいだとは分かっているが、はづきはその条件を緩めるつもりはなかった。
「にちか、お箸出して〜」
「……」
はづきの指示に、大きめの物音で返すにちか。不機嫌をむき出しにしても何も訊かないはづきに苛立ってにちかは「ねえ」と声を上げ、円い目をせいいっぱい凄ませる。
「なんで去年とおととし、アイドルやっていいって言わなかったの」
「……?」
「っ――」
わななく唇が言葉の意味を説明できないまま、にちかは今日の仕事を反芻する。
姉のはづきから課されたW.I.N.G.優勝のために、まずはファン数を千人集める必要があるからとプロデューサーはにちかと美琴をラジオ収録へ連れて行った。
アルストロメリアの大崎甜花が帯同した収録の出来そのものは悪くなかった。ただ、ラジオスタッフに挨拶に行った時、スタッフに言われた言葉がにちかにはどうしても許せなかった。
「――『283プロの七番目のアイドル』じゃない」
「……にちか」
「『七番目』じゃないし『三年目の追加ユニット』じゃない。私と美琴さんはSHHisで――」言葉の行き先も分からないまま、にちかの口は止まらない。「――誰も私達を見てくれないなら、そんなの――」
「……」
中途半端な沈黙に、はづきが口を挟むことはなかった。
天井努の友人の添え物でなければ、今ここで生きていくことはできなかったこと。
それを今のにちかに伝えることは、残酷なことだと思えたから。