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    mame

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    千ゲ(宝島帰還中、ペルセウスにて)

    白い髪が沈む夕日でうすきはだ色に透けていた。眼下に広がる波の動きと連動してゆらゆらと揺れている。あの柔らかそうな髪は、潮風で軋むことはないのだろうか。
     そもそも目線の先にあるのはツートンカラーと言う不思議な髪だ。髪の毛の染め粉など千空は作っていないし、作り方を指南したこともないので科学王国の人間で染めてる人間は千空が把握している限りではいない。大体千空の記憶にあるクソみたいな心理本の表紙といま現在目に映っている髪の毛は違うわけで──石化前最後にテレビを通して見たときはおそらく現在と一緒だ。
     出会って年単位になるくせに、本当に今更ながらどういうわけなのか気になってきて、しかしおそらく別にいま話を聞き出すことでもないこともわかっていて、千空は小さく舌打ちをした。まあ、そのうち。気になることは答えを導き出すところまで持っていかなければ気持ち悪いので。急ぎではまったくないが、そのうち。多分近々。
     そんなことを思考の隅で考えながら、爪先をその背中に向けて歩を進める。
    「落ちるなよ、メンタリスト」
     落下防止柵にである手すりに両肘をついて夕日を眺めているらしい藤色の背中に声をかけた。
    「だいじょーぶ、だいじょ〜ぶ。なに、千空ちゃん心配してくれてるの? 優しいねえ」
     やけに間延びした声だった。ゲンの左隣に並んだ千空を横目で見やってから、ゲンがくすくすと笑った。夕陽に照らされた和やかな表情が波の音と混ざる。
    「テメーが落ちたら単純に交渉役がいなくなるしマンパワーが減るだろが」
     嫌味な笑いを浮かべようとして失敗した。なんとなくゲンの醸し出す空気に釣られて言葉が柔らかい音色になってしまったものだから、千空の表情もつられた。やはり隣のゲンも千空の表情に驚いたようで、目を丸くしてから少々やり辛さを感じている千空をみてからくすくすと肩を揺らした。
     甲板には数人が出て作業している。シフトでない人間も数人いて、各々が好きに休憩をしているようだ。かく言う千空自身もつい先ほどまで船内のラボに篭っていて、一度休憩を入れるかと甲板に出てきたクチだ。そこで見慣れた人物を見かけた。しかし海を見つめるその人物──ゲンの海を見つめる姿などあまり見たことがなく、吸い込まれるように隣に来てしまったのだった。
     夕陽が沈むまで休憩するか、と千空は内心で決めてここに居座ることにする。ゲンがそれまでにこの場を去ることはない気がした。
    「どこかにさあ、野生のコーヒー生えてたりしないかな」
     ゲンが視線を戻し海の先を見つめる。その横顔を見てから千空も同じものをみた。夕陽が沈んで行く。海が橙に染まる。
    「ー……南米のほうならありえんじゃねえか?」
    「なるほどね、コーヒーの産地ってあっち多いし……あっ、コーヒー豆からカフェイン取り出せないの!? 取り出せたらさあ、千空ちゃん印のコーラがパワーアップしちゃうね、これは〜」
     天啓を得たようにゲンがぺらぺら喋りだす。それを呆れたように笑ってから、千空はゲンの右肩から拳二つ分離れた距離で手すりに片肘をついた。風が千空の前髪を揺らす。
    「出来る出来ないで言ったらコーヒー豆からカフェインは取り出して形にできる。なんだ、元芸能人様はカフェイン中毒だったわけか?」
     片肘をついたまま、今度こそ意地悪く笑ってゲンを見る。ちょっと言い方どうにかして、とゲンが肩を竦めた。もちろん本気の嫌悪は見えない。ポーズだ。口元は楽しげに緩んでいる。
    「まあコーラはお疲れ様! って気持ちのとき、コーヒーは大仕事の前に一息つきたいときに飲んでたから……中毒ってわけじゃないけど、やっぱりちょっと恋しいというかね」
     千空ちゃんのおかげでコーラにはありつけてるわけだけど。ありがたや〜なんて言いながら、手すりを両手で掴んだまま、ゲンがぐっと腕を伸ばす。目を細めて口角が上がっている。子どものような素振りに、なんだかいいなと思った。そういえば、ずいぶんこういう時間を持っていなかった気がする。怒涛の展開となった宝島を出てから暫くたつが、月の話だったり、司復活への話だったりで千空の脳はフル稼働だった。いまのこの瞬間、ゲンの隣に来るまで。
    「、習慣化させてたってことか」
    「そうそう、脳みそに刷り込んだわけよ。コーラはご褒美、コーヒーは落ち着くってね。カフェインはたまたまだけど、実際効能はあるからねえ」
     ざざん、とペルセウスが波を切る音がする。少し肌寒さを覚えてきたのは夕陽が随分と沈んだからだ。橙に染まった海は、次第に夜の色が濃くなってきた。
     そこでやっと気付く。ゲンは千空がここにくるのを待っていたのではないかと。
    「……天然カフェインなんかはそうだな、気球乗って上空から落とすとこからスタートか」
    「え、そんなやり方でカフェイン取れるの?」
     夕陽が沈みきったら、この時間は終わり。そう思っていたのだけれど、らしくもなく惜しいなと思った。電気が溢れた世界でも、陽が沈めば帰りの時間だったというのに。
     千空の隣で、千空の発言で、目を丸くしたゲンの反応に気をよくする。このまま今日はもう作業しなくてもいい気がする、と千空は思った。急を要するものは実際ないのだ。明日でも問題ないタクスは明日すべきだ。多分、ゲンとのこんな、なんでもない会話で、安らぎを覚えてしまっている時点で、千空は自分が疲れていたことを自覚するべきだった。
     きっとこれすら習慣化させられていたのだ。ゲンに。ゲンと過ごす柔らかな時間は安らぐのだと脳に刷り込まれていた。まったくコーラという報酬でどこまでやってくれるのか。
     だから夕陽のてっぺんが海の底に沈んだのを確認しても、千空はラボに戻らなかった。こうなったら今日はとことん休んでやろうと決めた。ゲンだってきっとそうだ。誰かに呼ばれるまでふたりは今夜ここにいるのだろう。そのまま言葉を続ける。
    「そんでその豆を空中でキャッチして、」
    「まって千空ちゃん、ストップストップ。それ本気で言ってる? ジーマーでこわいんだけど」
    「ジーマーの話だな。まあこの方法じゃなくても色々あるが、どのみちなんやかんやする必要がある。つーわけでいまは優先度は超絶低い。そんなら素直にコーヒーだとかお茶だとかを飲んどいた方がカフェイン摂取すんなら合理的だ」
     ふたりの後ろで船に灯りが灯る。イカ釣りでも出来ないかな、なんて呑気な誰かの会話が耳に入ってきて千空は少し笑った。
    「コーラにカフェイン入るのは当分先ってことね」
    「俺の愛飲ドリンク復活もイコールだな」
    「へえ、千空ちゃん何飲んでたの? あっ、待って当てるから」
     正面から夕陽に照らされていたゲンの顔に影がさす。背後からの電球による光が作り出す雰囲気はまるで違う。
     しかし千空にストップをかけ勝手に喋り出したゲンは酷く楽しげだ。訪れた夜の時間の入り口、ゲンの明るさに千空の口角が上がる。
    「この話の流れでいくとコーヒー、お茶、コーラを除いたカフェインがっつり入ったドリンクってこと。そして今すぐには作れないってことでお手軽なものでもない……栄養ドリンクだね?」
     相変わらずぺらぺらと回る口に対し、なにも言わずにに千空はついていた片肘を頬杖に変化させた。
     対するゲンは手すりから手の位置を移動させ、名探偵よろしく顎にやっている。
    「そうね、あの赤い牛さんかな〜とも思うんだけど千空ちゃん新商品はとりあえず買うタイプとみた。それが好きなら定番化。元祖を愛するタイプだし、改良には唆られる。つまり当時の日本でキてた、爪痕をパッケージに残してるアレだね……?」
    「……正解だ」
     まったく、恐ろしいくらい科学王国のメンタリストは優秀だ。新商品はとりあえず買うタイプって、どこをみて判断してんだと考えだす思考を隣から言葉が飛んできて止められる。
    「やったー! 100億点!?」
    「ばーか、テメーにとっちゃウォーミングアップにもならなかったろ」
    「いやいやいや当時どれだけ栄養ドリンクあったとおもってるの。これは100億点だよ」
    「どんだけ欲しいんだ100億点」
     ぷはっと千空が噴き出せば、ゲンの短い眉の先が下がる。三白眼の目尻も下がって、でも唇の両端は上がった。ゆるりと微笑みを浮かべたゲンは千空を真っ直ぐにみて言った。
    「千空ちゃんがくれるものは全部欲しいかな」
     ゲンの瞳越しに、訪れた夜空に星が輝くのを千空は見た。綺麗だと思った。欲しいと、思ってしまった。
     その瞬間、自覚した。千空はゲンがいるところに、帰りたい。多分、これからずっと。
    「……千空ちゃん?」
     ゲンが反応を見せない千空に首を傾げる。
     千空がよこすものは全部欲しいと言い放ったこの男は、果たして今自覚したばかりの千空のこの気持ちをどう受け止めるのだろうか。まったく千空にそれの検討がつかなくて、はじめての気持ちにわくわくして、だから迷うことなく口を開いた。
     ここまで千空が仕込まれてしまったのはゲンだってきっと計算外だろうが、全力で千空は寄越すので、ゲンにも全力で責任持って受け取って貰いたい。
    「なあ、ゲン、」
     続く言葉にゲンの目がこの上ないほど見開かれた。ふたりの頭上で星が瞬く。
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