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    mame

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    mame

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    千ゲン(造船中:無自覚両想い千ゲ)

    これ持っとけ。あ、これも。これもあった方が便利だな。おい、まだ持てるよな? 待て、これもだ。
     そう言って次々渡される鉱物や試験管に入った液体を受け取りながらゲンは頬をひくつかせる。鉱物はまだしも液体の方は容器が割れたら皮膚が溶けるとかそういうのはないだろうか。べらぼうにこわい。っていうか。
    「ねえ、千空ちゃん。俺のことなんだと思ってんの」


     造船中のペルセウス内のラボはカセキの力作だ。まだ作業は途中だが、外観はすでに完成している。カセキとわくわくした表情で設計書を眺めて話をしていた千空の元へクロムが話に混ぜろと突入し、わーわー騒いでいたのを思い出す。ゲンがそれをかわいいねえと笑ったのは記憶に新しい。
     王国のラボで千空の手伝いをしていたゲンの作業に一区切りがついた。一緒にラボの中にいる千空はゲンには理解できない難しそうな作業をしていて、声をかけるのが少し憚られた。集中しているようだったし。だから、造船所で毎日ヘトヘトになりながらも張り切ってペルセウス用ラボを作っているカセキの元へ差し入れしにいこうかなと思いついたのだ。フランソワが皆様でどうぞ、とマフィンをさっき焼いていたので、それと茶葉とお湯を持っていけば一緒にお茶できるだろう。カセキに気に入られている自覚がゲンはあるので、きっと喜んでもらえるはずである。そう考えてゲンは静かにラボを出た。そして差し入れ一式を揃えて、ついでにそろそろ一息入れなよと同じラインナップで盆にマフィンと熱いお茶をのせて作業中の千空の元に一旦戻った。ら、作業の手を止めて、なんだか心許ない表情をしていた千空がいたのだ。どうしたのかゲンがラボに入って問えば、少しホッとした表情を見せた。
    「千空ちゃん?」
    「どっか行くのか?」
    「え、ああ、うん。カセキちゃんに差し入れしにいこうかなと思って」
    「……なるほどな」
     どうやら千空の作業も一区切りついたらしい。ガラスが敷かれた作業台を見れば、先ほどまで図面等が広げられていた場所が程よく整頓されている。いいタイミングだったな、と持っていた盆を作業台に静かに置く。マフィンの香ばしい匂いに頬が緩む。
    「これ千空ちゃんの休憩用ね」
    「テメーの分は?」
    「俺? 俺はカセキちゃんと一緒に食べようかなと思って、もう包んじゃったよ」
     そう言って、ゲンは手を袖の中に収めた。この世界になって普段着になったこの藤色の羽織だが、すでに体の一部のようにゲンに馴染んでいる。置いたばかりの盆から千空が湯呑みをとる。そのまま口に運びながらゲンの言葉に千空が小首を傾げる。
    「……手ぶらじゃねえか」
    「手ぶらと見せかけておいてジャーンと登場させるのよ。カセキちゃんマジック結構好きだしねえ」
    「ほーん……」
     まじまじと千空が湯呑み片手にゲンを見てくる。頭のてっぺんから両手両足の先端までじろじろと観察され、ゲンは服の中で手を合わせながら苦笑する。
    「よし、俺もいく」
    「カセキちゃんのとこ?」
    「おう、俺もそっちでちゃんと休憩いれるわ」
    「うんうん、いいことだね。カセキちゃんも喜びそう」
    「一緒に持っていきたいもんがある。ちーっと待っとけ」
    「俺も一緒に何か持とうか?」
     ワーカホリック気味の千空の珍しい言葉に気を良くしてそう尋ねたのがゲンの運の尽きだった。次々と千空に小物を手渡され始めたのだ。鉱物に液体入りの試験管などなど。そうして冒頭の質問に戻る。
     ゲンの問いにようやく手を止め、ゲンを見る。そして盆のうえにあったマフィンを千空がラボに常備している紙袋に入れ、自分の腰にある袋に収納した。ゲンの聞いてきた言葉をふむ、と考えるそぶりをして顎に手を当て真面目な顔をして口を開く。
    「全身便利収納男」
    「うわー! ゴイスー不本意!」
     どんどん渡される小物をとりあえず服の中に収めながらまさかと思っていたが、まさかと思っていたことをそのまま告げられゲンは意を申し立てる。千空がケラケラと笑い始めるので、まあこの子が笑うなら別にいいんだけどと自分でも激甘判定だなと思いながら憤慨して見せる。もちろんポーズだ。全く怒ってなんかない。
    「大体俺の服の収納はマジックの仕込み用なわけ。千空ちゃんの便利収納じゃないのよ」
    「しかしほんとよく出来た収納術だな。全部収納されてんじゃねえか」
    「いや収納術とか言ってるけど、俺が全部持ってるだけだからね。見えないだけで」
     苦笑しながら言えば千空がわかってるわと笑う。わかっててやってる方がタチが悪いんだよ千空ちゃん。
     よいしょ、となにが入っているのかゲンにはわからない大きな麻袋を千空が担いだ。造船所へやっと向かうらしい。
    「それに千空ちゃんが俺に収納したところで欲しい時にすぐそばにいなかったら意味ないでしょ」
     ラボを出ようとする千空の隣に並んでゲンも足を踏み出した。するとぴたりと千空の動きが止まる。口を閉ざし、真紅の両の目で真っ直ぐに射抜かれる。
    「いないのか」
    「へ?」
     飛び出した言葉に、ゲンの口から裏返った一音が転がり落ちた。それを気にするでもなく千空が言葉を続ける。
    「欲しい時に、テメーは俺のそばにいないのか」
     なにそれ。なにそれ。なにそれ、なにそれ。
     真剣な目だった。ぶわわわわと身体中の熱が上がった気がした。顔が赤くなってないといい。プロ根性で平静を装おうとするが、無理だった。だって千空の声は本気でしかなかった。ふたりきりのラボ。本気の千空。逃げられないわけじゃない。適当にするのはゲンの十八番だ。でも、多分これは、適当にしたら千空が悲しむ。それは今のゲンの中で一番やってはいけないことだ。
    「い……」
    「い?」
    「いるかな〜〜?」
    「いろよ」
    「う、うーん……いるかも?」
     約束はできないけど、千空が望むなら努力はする。口にしたは弩級の重さになるので、はぐらかさずに、それでも軽量化に軽量化を重ねてそう表現した。
     千空の真っ直ぐな視線が、少し緩む。目尻がさがり「多分かよ」と千空が唇を片方だけ引き上げ笑った。ゲンの回答は及第点だったらしい。ゲンの背中を冷たい汗が落ちた。もちろん千空にもゲン本人にも見えない。
     千空がラボから出る。その隣にゲンは並ぶ。ふたりの不思議な空気は外に出るとともに霧散した。いつも通り、造船計画のことだとか、村の様子、帝国でやらなきゃならない作業など諸々を話し、たまに冗談を言い合う。
     しかし歩みを進める中で、さてどうするべきかとゲンは考える。なにせ船にゲンは乗るつもりがなかった。ヒョロガリの便利収納メンタリストは陸に残るつもりでいた。それが科学王国にとって一番良い選択だとゲンはわかっていたので。多分船に乗るのも正解ではあるのだ。旅先に人がいる場合、きっとそれはゲンの出番だ。乗船中の人間関係のトラブルの解消だって。しかしそれは本来ゲンがいなければ自分たちで解決できるものでもあるのだ。だから、船に乗る面々のことを考えればゲンが陸に残るメリットの方が大きく感じていた。千空もそうするべきだと考えていると、てっきり思っていた。特にいままで話したことはなかったのだけれど。
    (これはもしかしてもしかするのかな)
     千空の真剣な目を思い出す。あんな目で見られたことなんて、そうそうない。熱くて焼けてしまいそうだった。
     羽織の中でかちゃりと試験管が小さくなった。ああ、溶けてしまいそうだ。
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