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    mame

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    mame

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    本誌ネタ千ゲン(あったらいいな、な千ゲの幕間/付き合ってない)

    静かな気配が隣に訪れた気がした。
     ここは手負いの千空が落ち着いて寝られるように、臨時で作られた簡易ベッドしかない空間だ。夜半、誰がくるわけでもないはずだが、と重い目蓋を押し上げれば、電気を落としたはずの部屋に灯りがあり、寝床に転がる千空の横に腰を下ろす藤色を見つける。千空が目を開いたことに少し驚いた様子の相手──ゲンに、千空は深く考えず、緩慢な動作で落とされていた左手を握った。つるりとした、しかし、しっかり筋肉がついた手。マジシャンの手だった。薬剤で荒れた親指の腹でなぞるのが申し訳ないと思ってしまうほど、ゲンの手は指先まで意志が通っている。その手に優しい力で握り返されて、凪いだ自身の心に表に出さず千空は笑った。
    「寝てていいよ」
    「なんか用があって来たんじゃねえのか」
    「んーん、千空ちゃんの様子見にきただけ」
     落ち着いた喋り口調に音色。久しぶりに聞いたゲンのそれに、ゆるゆると眠気が再び訪れる。でももう少し、と目を閉じた状態で言葉を紡いだ。
    「メンタリスト様は今回も大活躍だったな」
    「千空ちゃんこそねえ。まだ緊迫した状況ではあるけど、とりあえずはお疲れ様」
    「テメーが船に乗んなきゃやっぱ詰んでたじゃねえか、乗らせてよかったわ」
    「えー、そんなことないでしょ」
    「そんなことあるわ」
     幼い子どもが内緒話をするかのような、大きくも小さくもない音量でぽつぽつと会話をする。思えば、久しぶりのゲンとのまともな会話だった。
     ゲンがベッドの足元に置いたのは夜間の船内移動用に用意した白熱電球のランタンだろう。光量を絞っているらしく、目蓋を下ろした状態にもやさしい。くすくすとゲンが笑う表情が見たくて、千空がもう一度目蓋を押し上げようとしたと同時。その目元を覆われる。すぐにゲンの右手だと分かった。
    「ねえ、千空ちゃん」
     熱い手の温度に口を閉ざしていると、穏やかな声が落とされた。やはり表情が見たいと思った。わからないけれど、声だって震えてなんかないけれど、ゲンが泣いているんじゃないかと思ったからだ。
    「千空ちゃんは人が好きだし、人の多様性を受け入れるし、人を認めるよね。誰かは誰の代わりも効かないって思ってる」
    「……そりゃ人間みんな違うからな。同じ両親の下でも組み合わせが同じ染色体の人間が生まれる確率は70兆分の1だ」
    「あー千空ちゃんの主張にはそういう裏付けもあるのね、なるほどなるほど」
     ゲンの言葉に説明を返せば、心底どうでどもいいと言わんばかりの声がして、珍しく思う。
     適当な返事をしていても、相手にはちゃんと聞いてるし理解していることをゲンは言葉に、音に乗せるのだ。だから科学王国の人間はペラペラ男を装うゲンに話を聞いて欲しいと声をかける。千空の科学の話だって、わけがわからないながらも打たれる相槌はゲンの中でしっかり噛み砕かれた末のものだ。だからこの返事の音は初めてだった。ふと、千空は思う。ゲンはもしかして、怒っているのだろうか。それなら、千空の知らないゲンだ。
    「じゃあね、千空ちゃんだってその70兆分の1でしょ」
     目を覆い隠してくるゲンの右手の人差し指が、すりすりと千空の眉を撫でる。気持ちがよかった。ゲンが千空に寄越すものは、いつも心地いい。一言えば十伝わる察しのよさも、テンポの良い会話も、軽い口調から紡がれる音も、この手の温度だって。
    「復興ルートに必要不可欠の科学使いだからとか、そういう今千空ちゃんが抱えてる責任とか全部すっ飛ばしてさ」
     海の中を体ひとつで静かに漂うような、そんな空間を作り出し、ゲンはポツリと言った。
    「その70兆分の1、大事にしてよね」
     千空の傷が、つきんと傷んだ。ああ、これを伝えに来たのかと理解する。この痛みは、ゲンの痛みなのかもしれない。証拠も根拠もないが、千空はそんなことを目を閉じたまま思う。
    「死ぬつもりはないんだろうけど、ギリギリを生きてるような勝ち馬からは俺降りるよ」
     こうするしかなかったとか、あれがあの時の最善手だったとか、そういう返しはいくらでもできたのだけれど、きっとそれはゲンだってわかっていて。それでもなお言うべきだと思ったからゲンはこれを伝えに来たのだろう。きっと千空が目を覚さなければ、眠る千空に伝えてここから出て行った。こんなことを言わせては駄目だなと、千空は自嘲する。そして同時に起きて、直接聞けてよかったとも思う。繋いだままの手からも、千空の目を覆う手からも、皮膚を通してゲンの血の巡りが千空の皮膚に伝わってくる。少し冷えた指先をあたためてやりたくて、千空は手を握る力を少しだけ強くした。
    「……そりゃあ、困るな」
     本当に困る。ちゃんと千空の言葉はゲンの深いところに届いただろうか。こんなにもゲンの言葉は千空の心の奥底に届いて、静かに積もっていっているというのに。
     千空の強くなった握力に、少しだけゲンが驚いた気配を出す。次いでゆっくり空気が緩んでいく。
    「うん、だからね、早く治して。頑張った同盟相手に報酬頂戴ね」
    「フランソワに頼めばもう出てくるだろが」
    「千空ちゃんに渡されるコーラが報酬なのよ、まだわかんないかなあ」
     笑った声に安心して、千空は意識を手放すことにした。手放し切るその前、おやすみ千空ちゃんと額を撫でられる感触がして、朝までここにいればいいのにと、そんなことを思った。
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