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    mame

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    千ゲン(米行きの船の中:ハロウィンネタな千ゲ)

    お疲〜、と間延びした声に相槌を入れる前に「トリックオアトリート」と言葉を遮られた。
     顔を上げ振り返ると、にっこりと唇で弧を描いたゲンと目があった。反射的に千空が顔を顰めれば、その笑みが深くなる。暗くはないが浮かれてもいない声だった。これは果たして本日そこら中で繰り広げられていた復活組馴染みのイベントでお馴染みの、そして復活した合言葉と同じ意味合いなのだろうかと千空は考える。問われたのか、問われていないのかすらいまいちわからなかった。
     ペルセウスのラボは千空の私室の様な状態になっている。そこにゲンが水筒代わりにした竹筒を持って訪れるのは日常の風景だ。そろそろ一息ついたら、と声をかけてくるのは陸にいる時も船に乗っている時も大体この男である。毎回絶妙なタイミングでくるものだから「いいタイミングでゲンが茶を持って来たから休憩」をとっているのか、「ゲンが茶を来たから休憩の時間」としているのか千空にはいまいちわからなくなってしまった。多分すでに後者になりつつあるのだろうが。閑話休題。
     ゲンの意図を測りかね、眉間にはほのかに皺が寄る。そんな千空が座るデスクに、ゲンはことりと小さく音を立てて竹筒を置いた。千空が隣に立つゲンを見上げると、ゲンはその視線に暖かな笑みを返した。そして手を胸の前で合わせた袖の中に引っ込めてから、口を開いた。
    「いやね、先週くらいかな。スイカちゃんが聞いてきたのよ。そろそろお菓子の日なんだよ? って」
    「ー、スイカはそういう認識か」
    「うん、嬉しいことの方が印象残るしね。多分去年はゴイスーに楽しかっただろうから……」
     本日十月末日。石化前には仮装してお菓子を貰ったりいたずらしたりするお祭りイベントが繰り広げられていた日だ。
    「スイカちゃん、もう今年で三回目だしベテランよ。そう考えたらちょっとこの言葉に感慨深さを感じてね〜」
     ついつい口に出しちゃったのよ。そう続けたゲンにの言葉に、確かにもうそんなになるのかと千空は思い至る。自然と頬が緩んだ。その千空をみて、ゲンが少し嬉しそうな表情を見せる。


     一年目は携帯作りの最中だった。子どもも参加して石神村総出での作業中。スイカ含めた子ども数人がラボの外から千空の様子を伺っていた。どうしたのかと千空が問えば、もじもじしながら、そして勢いを付け言われたのだ。
    「とりっくおあとりーと!」
     すぐにこの土地にいるもう一人の復活者の顔が浮かび、よく思いつくものだと千空は感心すらした。頑張っている子どもたちにご褒美と新しい刺激を、と考えたのだろう。ちょうどおあつらえ向きに出来たばかりの綿あめ機があるわけで、千空は作業の手を止め子どもたちを引き連れて綿あめをつくってやった。せっかくなのでクチナシで糖に色をつけてやって、黄色の綿あめを。大喜びの子どもたちは、綿あめを食べたあと作業効率がみるみる上がった。ついでにちゃっかりおこぼれに預かった大人たちも。
     二年目は造船中。
    「とりっくおあとりーと!」
     一年目よりも元気よく、そして笑顔で千空に合言葉を告げにきた子どもたちは、未来を新規加入させたらしい。肩にマントをかけ、手に蔦で作られた籠を持っていた。マントにはジャックオランタンを模した刺繍まで誂えてあり、すぐに杠の顔を思い浮かべる。おそらくここ最近の作業の中で一番生き生きとしていたんだろうなとクツクツと千空は笑った。杠に依頼したのは間違いなくゲンだろう。前もって依頼し、当日子どもたちが楽しめるようにしたのだ。籠の中を覗くとすでに紙で包まれた焼き菓子がはいっていた。これはフランソワか、と鼻を鳴らす。お菓子を集めて回るというところまで一年できたのかと千空も少々浸ってしまった。じゃあ今年は籠に入れられるものがいいか、と考え、夜にまた来い、と告げて子どもたちを送り出した。そして千空はその日の最優先事項を菓子作りに切り替えた。
     コハクを呼び出してヤギのミルクの用意と、バターを作ってもらう。あとは糖。その三つを鍋に入れ焦げない様に煮詰めている間、コハクがずっとソワソワとしていた。テメーにも手伝い報酬でやるわと言えば嬉々として去っていった。
     夜やってきた子どもたちは紙で作ったカボチャのお面までつけていた。各々で作ったらしいそれを微笑ましく思いながら、千空はもう一度合言葉を告げられてから、籠の中に小さな包み紙をそれぞれ5つずつ入れてやった。生キャラメルである。先に食べにきたコハクの反応はすこぶるよかったので味に問題はないだろう。お面を外しきらきらした表情で包み紙を一枚外し、口の中に子どもたちが入れた反応が千空の心を暖かくさせた。未来がキャラメルや、と少し目を潤ませていたのが印象深かった。
     そして三年目。今回である。アメリカに向かう船の中、子どもはスイカひとりだった。その分、去年の子どもたちの姿を見ていた面々がスイカのために色々してくれたようだった。朝からスイカがずっと楽しそうだったので。ペルセウスの乗組員同士でも楽しんでいたようで、これも娯楽が限られる船でのリフレッシュに、と科学王国のメンタリストが手腕を発揮したのだろうことは伺えた。
     今年に関しては千空は前もって、飴玉を作った。陸に残った子どもたちの分をルリに預けて、スイカの分は船に持ち込んで。
     思えばこの三年間でハロウィン当日にゲンとこのことについて話したのは初めてのことだった。
     間違いなくゲンの差し金なのに、言及したりなどしなかったのは、ゲンのこの行為が子どもたちのためだけではないと千空にも分かっていたからだ。千空のためも、間違いなく含まれていた。何の裏もなく菓子という消費物を作り、与え、純粋に喜ばれる。去年も一昨年も十月の末日はやけにすっきりした心地で就寝したのを千空は覚えている。それならば、わざわざ問うたりしないのが自分たちだろうと結論付け、前二年はまったく触れなかった。もちろんゲンも同様である。
     だからゲンから飛び出してきた言葉に驚いたのだ。今年もてっきり話題には上らないと思っていたから。
     千空は竹筒を左手に持ちながら、右手で腰につけている袋からひとつの包みを取り出した。そしてそれをゲンに突き出す。
    「ほら」
    「へ? なにこれ」
    「なにってテメーが言ったんだろ。トリートだ」
     きょとんとした顔のゲンにそう言えば、当の本人は一瞬何のことかわからなかったらしい。だがすぐに思い至ったらしい。頭の回転が速いやつである。
    「えっ!? いいの、俺が貰っても!?」
     そんなつもりなかったのよ!? なんて、わかりやすく動揺を見せるゲンに気分をよくしながら「いい、いい。貰っとけ」と千空は包みを押し付けた。小さな包み紙の中身はスイカに渡し、ルリに預けたものと同じ飴玉だ。恐る恐るゲンが両手でその小さな包み紙を受け取る。ぽつりとバイヤーといつもの倒語がラボに落とされた。
    「ついに千空ちゃんからリアル飴貰っちゃった」
    「なんだリアル飴って」
    「飴と鞭を地で行ってるじゃない、千空ちゃん」
     手にぽつんと乗った一粒の飴玉を見つめながらゲンが言う。なるほどそう言うことか、と思い千空はそれを鼻で笑った。確かにスパルタな自覚はある。
    「……ほんとはね、今年はどうしようかなって思ってたのよ。船乗ってるし、子どもたちも別れてるし」
     視線は飴玉に集中したまま言葉を続けるゲンの横顔を、千空はまじまじとみた。表情はすとんと抜け落ちている。なにを考えているのだろう。
     本来の意志の強さを表すかのように吊り上がっている目が、本当は優しい色を持っていることを、科学王国の誰よりも先に気付いた自信が千空にはある。その目が真っ直ぐ千空がやった飴を見つめている。
    「船では俺だけでささやかだけどやろうかなって思ってさ、でももし陸の子たちがハロウィン思い出したら対応をお願いしなきゃなってルリちゃんに話にいったのよ。そしたら千空ちゃんが飴預けてきたから大丈夫だなんて言われてさあ、も〜ほんと最高だよ千空ちゃん」
     じわじわとゲンの顔に表情がもどってきて、最後にくしゃりと笑みに変わった。
    「それなのに俺にまでこんなことしてくれるんだもん、まいったなあ」
     子どものように目尻を下げ、短い眉の端も下げ、ゲンはにこりと笑った。
    「ジーマーで嬉しい。大事に食べるね、ありがとう」
     礼を言うならこっちの方だという言葉を千空は飲み込んだ。ここでそれを言うのは、ふたりの間ではなしだ。やけにまどろっこしい関係になってしまったなと千空は思う。なんでもかんでもすぐに伝わるのに、簡単な言葉すらすんなり伝えることが憚られる。
     きゅっとゲンが飴の包みを握り込み、羽織りに手を引っ込めた。嬉しそうな表情に、自分の心臓まで握り込まれたような気がして千空は情けなく笑った。

     本当は、いつだって、ゲンにはとびきり甘いものをやりたいと思っている。
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