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    mame

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    mame

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    千ゲン(🇺🇸に向かう船:🍉とゲの会話。千は出てこないけど千ゲ)

    「ゲンには宝物ってあるんだよ?」
     丸いレンズ越しに見上げてきたスイカにゲンは口元にゆるりと弧を描いた。そうだねえ、と続けながらふたりはパンをかじり、あたたかな日差しを浴びる。波の音が穏やかだ。頬を切る風も冷たすぎず、日向ぼっこにはちょうど良い天候だった。
     なにかお手伝いすることは、とスイカがゲンに尋ねてきたのは昼前だった。アメリカに向けて出航してからさらに気合が入っているスイカを微笑ましく思いながら、ゲンは昼食のパンをふたり分スイカに取りに行ってもらった。そして届けにきてくれたスイカと共に甲板に出た。そのまま日当たりの良いところへ腰をかけて、今に至る。
     甲板では作業当番の面々が忙しなく動いていて、そんな中でのんびりしてていいのかなとスイカが言うので、たまには休憩するのも大事だよいう会話からはじまり、石神村のみんなはいまという想像の話をして、未来の話になった。そしてこの前スイカが司が未来の話をしたとき、司の顔がとても優しかったというので、そこでゲンが答えたのが、
    「未来ちゃんは司ちゃんの宝物だからね」
     という言葉だった。話のきっかけはそこ。宝物の話題に移動した。
    「龍水ちゃんと羽京ちゃん、スイカちゃんにもらった紙の帽子、大切にとってあったよ。あれは多分一生ものの宝物だね」
    「本当なんだよ? スイカ嬉しいんだよ」
    「自分があげたものを大切にしてくれてるのって嬉しいよね」
     この前ひょんなことで見かけた、宝島でふたりに贈られたスイカの気遣いと優しさの塊の話をすると、スイカは嬉しそうに笑みを浮かべた。そんなスイカの笑みにゲンも嬉しくなって微笑んだところで尋ねられたのだ。ゲンの宝物は、と。
     宝物。宝物ねえ。
     ゆらゆら揺れる巨大な船体に身を委ねながらゲンは考える。はぐらかすことなど簡単だが、少女の純粋な問いには出来るだけ答えを返してあげたい。ーーこのストーンワールドになる前、宝物はと聞かれて思い浮かべるものはきっとなかったのに、この何もない世界になった今こそ思い浮かべてしまうものがいくつもある。
     青空を見上げると白い雲が風にちぎられ綿飴のようにみえた。あの綿飴だって、形にこそ残っていないが宝物のひとつだとゲンは思う。この世界は、この世界だからこそ、かけがえのないものが多すぎる。ざざんと手すりの外から波を切る音が聞こえる。この船もみんなで作った宝物に違いない。
     作りあげられた科学の結晶の道具たちも、たまたまクリスマスに点灯されたらしいイルミネーションも、団結してなし得た勝利も、ゲンにはすべて宝物だった。そこに笑顔がいくつも伴った。蝙蝠男がそれを守れるのであれば、少しくらい身体を張ろうと思えるくらいには、ゲンの宝物になってしまった。
    「……いっぱいあるなあ」
     考えていたことを口にすれば、少しだけスイカが驚いた顔をした。意外だったか、と考え、確かに意外だよなとゲンは自分自身のことを思う。このペラペラ男に沢山の宝物。うん、とても意外だ。
     正しく表現すれば、ストーンワールドになってから宝物が増えたわけではない。石神千空と一緒に過ごしているから増えたのだ。彼が自分たちに与えてくれるものが、いちいちかけがえのないもので、時間で、体験だから、どんどん宝物が増えていく。
     容量が大きいはずのゲンの衣服には収まりきらないほどの宝物たち。隣のスイカに目を向ける。ゲンが眉尻を下げて笑えば、スイカもにこりと笑った。この健気で可愛くていじらしいスイカとの縁だって、千空との出会いがなければなかった。
    「俺にとってはスイカちゃんもかけがえのない宝物だしねえ」
    「スイカもゲンのこと大好きなんだよ!」
     ゲンの言葉を真っ直ぐに受け取め、それ以上に真っ直ぐの言葉を返してくるスイカに眩しさを感じる。愛しいなあと思う。この話をしている瞬間も、ゲンには宝物になるのだ。


     ゲンの心臓に一番違い収納袋には、コーラの瓶に貼ってあった千空印のラベル。そして千空手製のトランプカードが収められている。失われた日常を与えられたおかげで、一分一秒を愛しく思うようになったなんて、三七◯◯年前の自分が聞けば笑っていたかもしれない。
     どうしようもなく、彼が好きだとゲンは思う。いつのまにか恋心へ育ってしまった千空への想いは、できることならさっさと消化してしまいたいと思うばかりだけれど。なにせ復興への旅路で、足枷にしかならないから。でもいつか。失恋しようが、自己消化できようが、この千空へ抱いた淡い思いを、千空を思った時間を、宝物だったと思えたらいいとゲンは息短く吐いた。
     数年後、ゲンのしぶとく残っていた恋心を千空がしっかり拾い上げ、それからもゲンの宝物が増え続けることはまた別の話であるし、そんな別の話をこの時のゲンは知る由もなかった。
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