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    mame

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    復興後if:千ゲン①

    『石神千空氏による全面プロデュース!』
    そんな文字をゲンが街中で見かけたのは本当に偶然だった。目に入った科学館のポスターを見つめ、ゲンはひとり苦笑する。
    復興が進み、車道と歩道がわけられた区画が増えてきた。そのポスターは歩道から先月完成したばかりの科学館へ続く小道の入り口にあった。きっと大多数の人間なら見向きもせず通り過ぎるのだろう。銀杏はすっかり落ち、独特の匂いに悩まされないようになったかと思えば黄色い扇型の葉が歩道を覆う。秋の気配が終わりに近づいた、そんな日。実際にゲンの考えている通り、背後を多くの人が足早に通り過ぎていく。
    石神千空の名前は一般人の間でも有名になったが、石神千空の熱烈なファンというのは顔ファンでなければ、同じ穴の狢な人間たちばかりだ。彼の功績は、わかる人間じゃなければわからない。専門家と、そして彼を間近で見ていた人間と。
     そう、この文字が勝手に目に入ったわけではないのだ。常にゲンが千空のことを意識しているから、その名前の存在に気付いただけ。
    「いつのまにプラネタリウムのプロデュースなんてしてたのよ、千空ちゃん」
     やらなければならないことも、やりたいことも沢山あって忙しいだろうに。ああ、でもこれはやりたいことだったのかな。石神千空の文字を右手の指先でそっと撫で、ゲンはしょうがないなあとばかりに首を傾げた。
    夜空に星と月。大判のポスターサイズの写真に印字されているのは『君の気になる宇宙の話』という文字。このタイトルはおそらくもっとストレートだったのだろう。全面プロデュースなのであればタイトルにも携わっているはず。製作スタッフが千空の名付けたタイトルをオブラートに包もうと苦心する姿が目に浮かぶようだ。
    小道の先にある真新しい科学館をゲンは眺めた。銀杏並木の間に紅葉が点在している。春には山桜が咲く、四季を感じられる小道だ。あの科学館にあるプラネタリウムはいま用いることが出来る科学技術を全投入して作られたであろう大型ドームシアターだ。光学式とデジタル式を併用しているため多様な展開ができるらしい。星空も宇宙もどんとこいと言ったところか。国のお金を使って作るのであれば、科学館よりも先に作るものがあるだろうという意見が多くあった。しかしそれをねじ伏せたのはゲンだ。それがゲンが決めた、ゲンの科学王国民としての最後の仕事だった。
    ポスターの隣には新聞の切り抜きが掲示してある。インターネットはまだ普及しておらず、情報を得る方法は新聞やテレビ・ラジオが主流だ。こちらの切り抜きにも石神千空の文字がある。見出しは『ロケット打ち上げ日決定』の一文。打ち上げの日付を確認する。もう見なくても頭に刷り込まれた日程だ。ゲンは唇で弧を描いた。
    ゲンが千空の隣から離れてもう一年になる。ザァと冷たい風が吹き、樹々とゲンの着るロングカーディガンの裾を揺らした。
    明日、千空は二度目の月へ行く。


    *  *  *

     天文台でこまごまとした作業を千空とゲンのふたりで消化しているとき、なんでもない話をよくした。その日の村の様子から、翌日の天気の話。石化前の生活の話もした。確かその日は宝島からの一時帰還のときだった。用意しなければならない物資の確認をして、ホワイマンの話をして、そこから月の話になった。まさか月に行くという話に発展するとは石化が溶けたとき、ゲンは思ってもみなかったわけで。
    「月は行くものじゃなくて見るものなわけよ。俺の中ではね」
    「ほーん、じゃあ見る楽しみは知ってるか?」
     さらりと特に深い意味もなくゲンはそう言った。そんなゲンの言葉ににんまりと笑って千空は言ったのだ。
    「月の楽しみ方?」
    ゲンがすぐに思い描いたのはお月見。お団子を食べながら、ウサギが餅をついているのを眺める。そんな日本の古い風習。言えば千空は即座に否定し、作業を中断しゆっくりと立ち上がった。ゲンはその千空の動きを目で追う。望遠鏡の前に立った千空はレンズを覗き込みながら角度を少し調整し、レンズを覗き込んだまま左手でちょいちょいとゲンを呼んだ。なんだなんだとおとなしく千空の隣に立つと、千空が望遠鏡の前を上機嫌で空けるので、ゲンは見ろということかとレンズを覗き込んだ。映ったのは、大きな、白く光る月。クレーターの存在もいくつかわかる鮮明な月の姿だった。
    「え、バイヤー。いつのまにこんな精度高めてたの」
    「ちまちまとな。せっかくの天文台だ。観測してなんぼだろ」
     弾むような、そんな千空の声にゲンは小さく笑った。村人とゲンからのサプライズプレゼントは日に日に改良を加えられ、千空はひとりそれを満喫していたらしい。喜んでもらえてなによりだ、と内心で村人たちとハイタッチをしていると千空がゲンの隣から言葉を落とし始めた。
    「クラビウスがどれかとかってのはさすがにわかんねーが」
    「クラビウスってドラク……」
    「そっちじゃねえわ、バカ。天文学者のほうな」
     食い気味に否定されたのでゲンが某有名ゲームについて言いだしそうなことがすでにわかっていたのか、千空は笑っている。一度レンズから目を外して千空を中腰のまま見上げると、千空は肉眼で月を見上げていた。整った横顔が青白い光に照らされている。
    「月にはクレーターをはじめとした地形がある。谷とか山とかな。それは知ってるか」
    「まあ、一応」
    「じゃあそれに名前がついてるのは?」
    「知らない……あ、クラビウスって」
    「そう、クレーターにつけられてる名前だ」
     千空に肯定されるとよくできましたと言われている気分になる。きっとそれはみんなそうなのだろうと思う。へー、とゲンもそのまま月を見上げた。
    「クラビウスはどのあたりにある?」
    「月の底のほうだな。でけえクレーターの中にさらにクレーターが入っててわかりやすい。入ってるクレーターが連なってるんだが大きさが段々小さくなってくのがなかなかかわいい」
    「クレーターがかわいい……?」
     ゲンが顔を顰めて千空を見ると、千空も同じように顔を顰めた。かわいいだろ、と続けていうので、そうかそういう性癖かとゲンが納得しようとすると「性癖とかじゃないからな」と否定された。若干引いた表情で。メンタリストの心を読まないでほしい。
    「 lunar100つってな、月の名所100選みたいな感じでいろいろ地形に名前がついてる。科学者とか学者とか芸術家とかの名前だ。一応つける名前にも決まりがあるんだが……とりあえず、メンタリストでも知ってそうなメジャー所で言うとコペルニクスか」
    「えーと、地動説の?」
    「そうだ。ギリギリだがコペルニクスはその望遠鏡でも見れる。 Lunar100じゃねえがニュートンってクレーターもあるぞ」
    「へー! ニュートンはわかる?」
     単純なもので、知っている名前があると知ると興味が出てくる。確かにこれは月の楽しみ方だとゲンは納得する。
    「ニュートンはクラビウスのさらに底にある。この望遠鏡の制度じゃクラビウスの中のクレーターも見えねえ。もっと鮮明に見えるようにすりゃ違いもわかりやすくなんだが」
    「まあ、優先事項としては今は低いもんね」
     肩をすくめてゲンが言うと、濁点混じりで千空が「ああ」と肯定した。千空の赤い瞳が星々のように瞬いた。その月を見上げる表情がまさに少年のそれで、ゲンは眩しく思った。そして本当に千空は宇宙が好きなのだと知ったのだ。
    だからホワイマンとの対決のために月に行くと言った千空を思い出して、どんな理由でも月に行くのは千空にとって嬉しいことなのかもしれないが、そういうしがらみもなにもかもない状態で、幼い頃から思い続けた宇宙を楽しみに地球を飛び出してほしいなとも、ゲンは思ったのだ。
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