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    mame

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    mame

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    千ゲン(未満)
    造船中

    みんなリリアンの歌が好きだろ? だから、なにか歌を教えてあげたいんだけど、ちょっとみんなの前で唄うの照れるんだよね。
     夕食時の雑談のような羽京の言葉に、千空は鼻を鳴らした。手元には本日ゲットしたイノシシ肉を刺した串。これがなかなかうまい。
     千空は口の中で肉を咀嚼しながら、同時に羽京の言葉も飲み込んだ。羽京はいま科学学園で教鞭をとっている。羽京の授業は大変評判で、授業を受けたものはみるみる力をつけていっている。その羽京のいうことだ。わざわざ千空の隣に座っての会話なのだから、これは相談の類に入るのだろうと千空は判断した。ーー心当たりはある。

    「メンタリストに言やいいんじゃねえか」
    「え、ゲン? あ、リリアンの唄歌ってもらうってこと?」
    「歌はなんでも良いだろ。そもそも歌唱力が装備されてなきゃリリアンの曲歌うなんて無理だ。羽京がこっぱずかしいってんなら、声帯模写抜きで歌唱はメンタリストに頼めば話はまとまる」
    「あー、なるほど。たしかに」

     千空と同じ串を持った羽京がフランソワ特製ソースにディップしてパクリと頬張る。おいしそうに食べる人間だ。もぐもぐと口を動かしながら、ゲンのことを考えているのか視線は宙を向いている。
     そのゲンはというと、なにやら向こうの方で子どもたちと一緒に食事の片付けをしているらしい。子どもの無邪気な笑い声にまじり、ゲンの鼻にかかった間延びした、それでいて耳触のいい声が千空の耳に届く。

    「ゲン、面倒見いいよね」

     喉仏を大きく上下させてから羽京が頬を緩めた。視線の先には千空が見ていた子どもたちとゲン。食器を片付けたあとはゲンは子どもたちにそのまま手を引かれてラボに向かって行った。
     定期的にリリアンの歌入りレコードはこの村で流れる。百夜の遺品ではあれど別に千空が独占する理由はない、と千空は考えているため、誰かが聴きたくなったときに聴けるよう、ラボにはいつでもガラスのレコードと再生機が常設されている。
     子どもたちはリリアンの唄が大のお気に入りだ。故に頻繁に聞きたがり、そしてゲンを連れてセッティングさせる。不思議と毎回ゲンなのだ。やはりというか、なんというか、子どもたちとゲンが入っていったラボからはリリアンの歌声が風に乗って流れてくる。

    「面倒見いいっつーか、良いように使われてるんじゃねえか?」

     小さく笑って千空が言えば、きょとんと目を丸くした。何か驚くようなことでもあったかと千空が首を傾げれば、羽京も同じように首を傾げた。

    「あれ? なんでゲンが操作してるのか千空知らないの」
    「? 理由なんてあんのか」
    「これ僕が言ったらだめなやつかな」
    「ここまでいったら一緒だろ。吐け吐け」

     猪肉を頬に溜め込みながら羽京がうーん、ま、いっかとつぶやく。そして口の中のものを嚥下してから、一度水を飲んでから再び口を開いた。

    「あれね、子どもたちとゲンの約束らしいよ」
    「約束?」

     思ってもみなかった言葉が繰り出されて千空は自身の片眉を跳ね上げた。千空の疑問にこくりと頷いた羽京は、まるであたたかいものを触っているかのような表情で喋りつづける。BGMはリリアンの透き通った歌声と、子どもたちの無邪気な声。

    「このレコードは村長が大事にしたいものです。ガラスっていう素材で出来てて、丁寧に使ってたらずーっと素敵な唄が聞けちゃうゴイスーなもの。だから丁寧に扱おうね。で、これはここだけの秘密の話なんだけど、このレコード、俺が再生機に入れるのが一番綺麗な音がなるのよ。だから聴きたくなった時は俺を呼んでね、何かしてる時でも絶対にくるよ。皆んなにとびきりのリリアンちゃんの唄聞かせてあげれるのゴイスーに嬉しいから! 約束ね〜!ーーってさ、ゲンがあの子たちに言ってたんだ」

     千空の隣で、ゆっくりした口調で羽京が伝えてきたゲンの言葉を千空は鼻で笑った。ああ、確かにアイツなら言うかもなと思ったのと、そしてそんなとこまで気を回してるのかと思ったのと。
     ゲンの、千空が気付くことのない千空への気配りは一体いくつあるのだろうか。
     この話だって、たまたま羽京との会話の流れで知っただけだ。メンタリストとして、参謀として、科学王国のリーダーを支えるーーといえばそうなのかもしれないが、それよりもゲンは石神千空の心を大切にしようとしているんじゃないかと、ふと千空自身、思う時がある。ふとした時というのは、こうやって、知らずに蒔かれたゲンの気配りに触れた時だ。
     百夜との思い出の中にもない、大樹や杠との関係性の中にもない、それは不思議な感覚だ。千空はいまいち、あさぎりゲンという男を自分の中のどのポジションに置けばいいのかわからないでいる。家族ではない、でも親友でも昔馴染みでもない。同盟相手が正しいのだけれど、それはなんだか物足りない気がして。
     考えることが多すぎる千空の思考のリソースを使うには、どうでもいい議題ではある。だからこそ考えるだけ無駄だと切り捨てては、忘れた頃にまた議題に上がる。いまだに結論は出ない。
     ゲンは、千空の大切にしたいものを何故だか理解し、千空以上に大切にしようとする節がある。
     ゲンの気配りを気持ち悪いとも、迷惑だとも思ったりはしない。お節介野郎め、と笑って、胸の奥がなんだかむず痒くなる。今、実際にその感覚に陥っている。
     そんな風に思う自分を小さく笑ってから、千空は羽京を横目で見やった。わざとらしく意地の悪い顔をしてやる

    「羽京、テメー超絶お凄い聴力に加えて録音機能まで搭載してんのか」
    「あはは、まさか。一言一句間違ってないとは言えないよ。でも、本当に凄いなって思ったからさ。脳裏に焼きついてるんだ」

     帽子をかぶり直し、羽京がちらりとラボの方を見やる。つられて千空もラボへ視線を投げれば、子どもたちに柔らかい眼差しを落としていたゲンがこちらに気付いた。袖の中で合わせていた手をわざわざ出して、気の抜けた笑顔を浮かべこちらにひらひらと手を振ってくる。手を振り返したのはもちろん羽京のみだが、すでにそうなることが織り込み済みだったらしいゲンである。すぐに満足したらしく子どもたちの方へ視線を戻した。

    「盗み聞きか」
    「いや、あれはゲン、僕が聞こえる範囲にいるのわかってたと思う。よって盗み聞きじゃない」
    「羽京テメー、そういうとこあるよな」
    「褒め言葉として受け取っとくよ」
     
     くすくすと羽京が肩を揺らした。ざあ、と風が吹いた。羽京が先ほど帽子をかぶり直したのは、遠くでこの風の音が聞こえたからなのかもしれない。

    「僕だったら多分、割れちゃうかもしれないから大人に任せてね、とかそういう言い回しになるんだ。ゲンの言葉ってポジティブな言葉だけ集めてるんだよね。多分、あの子たちが勝手にレコード触って壊しちゃうようなこと、起こらないよ」

     肉がなくなった串をくるんと魔法の杖のように回して、串の先を見つめながら羽京が頬を緩める。そうだろうな、と千空も思う。自然と千空の唇の端も上がった。
     まるで白雪姫に毒リンゴを渡す魔女のように自身を見せているくせに、その実正体はシンデレラを舞踏会へ向かわせる魔法使いだ。石化前はどうだったか知らないが、千空が知る限りでは、あの口から繰り出される魔法はなにかを生かし、守るためにある。
     魔法の仕組みは、千空はいまいちわからない。無からなにかを生み出すのは科学では現状ありえない。だからこそ、魔法の話というのは千空には興味深く、メジャーどころの魔法の物語は一度読んだり見たりしている。先ほど思い浮かべたシンデレラの魔法使い。そういえばあの魔法使いのローブは淡い紫だった。なんだか笑いがこみ上げてきた千空だ。

    「羽京」
    「ん?」
    「ビビディ・バビディ・ブーなんて、メンタリストに歌わせたら面白いんじゃねえか」

     視線の先にゲンをおき、テーブルに頬杖をついて千空が言えば、千空の笑みに含まれた意味を正しく読み取ったらしい羽京が弾けるように笑った。
     きっと数日以内には、科学学園でシンデレラの話をしながら魔法を子どもたちにかけるゲンの姿が見られるんだろう。
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