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    mame

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    mame

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    千ゲ(造船軸)
    最後の会話が書きたかっただけの読書感想文の話

    ゲンは雑談から本題に移すのがあまりに自然だ。ぺらぺらとよく回るゲンの口を作業BGMにしていた千空は「そういえばさ」という音を拾い顔を上げた。

    「みんな文字覚えてきたし、そろそろやろっかなって思ってんのよね。まあまだ書けない子は代筆とか請け負うとして」

     方向性は決めているが具体的に細かいところまではまとめていない──そんな音色のそれに、千空はゲンを見やる。今夜はラボ内で千空はペルセウスのラボカーに乗せるもののリストアップ、ゲンは千空デパートの帳簿をつけていた。木炭で作ったペンを手に斜めうえを見つめ思案していたらしいゲンが顔の位置を戻した。千空の視線とぱちんとぶつかる。目にも口元にも三日月を描き、ゲンがにこりと笑った。

    「なにを」
    「読書感想文〜」

     某未来からやってきた猫型ロボットが便利道具を取り出すときのような口調で放たれた言葉に、千空は片眉を跳ね上げ口を盛大に歪めた。

    「読書感想文だあ?」
    「あ〜やっぱり! 千空ちゃん嫌いだったんじゃないかなと思ったよ、読書感想文!」

     千空の返しと共にけらけらと笑いながらゲンが言うので、やっぱりってなんだと千空はジトリとした視線を投げた。肩を揺らしながら作業を完全に止めたゲンの手を一瞥してから、千空は作業を再開させる。
     夜の帳が下りてずいぶん経つ。ほーほー、と森の方からフクロウの鳴き声がした。雛が産まれたのだろう、餌鳴きだ。今日は新月で月明かりはない。星の灯りだけでも以前からすればずいぶん明るいが、それでもラボの外は月がある夜と比べれば随分暗い。

    「ー、メンタリスト様はさぞかし読書感想文の点数よかったんだろなあ?」

     紙の上に無骨なペンを走らせながら千空が仕返し半分に言えば、ようやく笑いのツボに入っていたものが抜けたらしいゲンがきょとんとした。そして「ああ、メンタリストだからか」なんてぽつりと呟くものだから、千空は再びゲンに視線を戻すことになった。目があったゲンが薄く口元に笑いを張り付けて首を横に振る。

    「全然よくなかったよ」
    「へえ、意外だな」

     千空が素直に感じたことを言えば、相手は戯けるように微笑み、ヒョイと肩をすくめた。

    「買い被ってくれるねえ。俺はいっつも夏休み明けに先生に呼び出されて、提出した感想文と課題図書を指さされてこの文読んで悲しくなったの? 本当に? って言われてたよ。書き直しも何回かさせられたなあ」
    「それなのに感想文、嫌いにならなかったのか」
    「まあその時はちょっと苦手意識持ったかなあ。今考えたらあの先生はちょ〜っとやりすぎだったよねえ。クラス一丸にっていっても他にやりようあったでしょってね」

     昔を懐かしむようにゲンが苦笑混じりに言葉を紡ぐ。見たこともない幼少の頃のゲンが原稿用紙を持ち落ち込んでいる姿を想像してしまい、少し心が痛んだ千空だ。すぐに想像は想像だとかぶりを振って蹴散らしたものの、なんとなくすっきりしなかったのは千空自身にも少し身に覚えがあったからだろう。
     千空が授業中に授業外のことをするのを許容してくれる教師もいたが、みんなと一緒の事をし、考え方も道徳的なものでなければならないという教師は少なからずいたわけで。しかしそれでも千空が在り方を変えずにいられたのは間違いなく周りのおかげだと千空は思っている。百夜をはじめ、大樹や許容してくれた教師の後ろ盾があった。
     昔を思い返すゲンの表情は何を今考えているのか、いまいちわからない。流れで千空の過去をゲンは知っているけれど、千空はテレビに映っていたあさぎりゲンのことしか知らない。自身のスキルや糧になりそうな経験は開示するが、過去話やプライベートのことは滅多に話さない。

    「でもね、他の子が俺の悲しくなったシーンと同じとこピックアップして書いてる感想文読んで、へー! って思ったわけよ。ジーマーで捉え方違ってびっくりしたけど、こういう捉え方も出来るんだと思ってゴイスーに世界が開けちゃってね」

     だから、こういう話をするゲンは千空にとって新鮮だった。またフクロウの餌を求めて鳴く声がする。
     ゲンがみっちり数字が記されている帳簿の1ページをぺらりとめくり、手の動きを再開させた。伏せられた瞼の先で揺れるまつ毛に、案外長いよなと千空はぼんやりと思う。
     そしてゲンのような考え方が出来る人間は少ないだろうなということも同時に思った。
     柔らかい表情で数字をノートに書きつけながらゲンは口元を緩める。釣られて千空の頬も僅かに緩んだ。

    「人って面白いって思ったの。いろんな思考を持ち合わせてるんだな〜って」
    「それがメンタリストあさぎりゲンの起源ですってか?」
    「え〜どう思う? 俺のメンタリストの起源、気になっちゃう感じ?」

     人を食うような笑みを千空に向け、ゲンが顔を上げた。口元を紫の袖で隠しながら、目だけで相手に与えたい印象を作り上げるのだから恐れ入る。
     外では冷たい夜風が吹いたらしい。ざわざわと樹々の葉が擦れる音がする。

    「どう言う経緯があってもいまここにメンタリストのあさぎりゲンがあんだ。いまは読書感想文の話だろ」

     言外にそう言う話題の時にじっくり話せ、と含ませた。それをこの男が正しく読み取らない訳がない。信頼のような、願望のようなそれは、もしかしたら千空の甘えなのかもしれない。けれど、千空だってゲンのことが割と気に入っているわけで。そういうものは、千空の性質として識っておきたいわけで。
     千空が内心で言い訳のように言葉を羅列している間に、ゲンは一瞬だけ目を丸くして見せたが、すぐにいつもの切長の涼やかな目に戻した。
     そうね、と柔らかく微笑んでからゲンは話を戻した。

    「課題図書を読んで読書感想文を書きましょっていう幼少期からの経験、日本の横並び思想のせいで悪しきものとして捉えられがちになってると思うんだけど、個人的には『他の人が自分』と『同じもの』を読んで『どのシーンにピントを合わせて』『どう捉えたか』というのを知れる良いものだと思うのよ」

     立ちながらの帳簿記入はしんどいらしい。折り曲げていた体を戻し、真っ直ぐ立ったゲンはペンを持つ反対の手で腰をとんとんと叩いた。今度ゲン用に椅子でも用意してやるかと千空は頭の隅っこで思う。

    「貴方はこのシーンが好きなんだね、俺はこのシーンが好きだよっていう嗜好の違い。同じシーンにピントを合わせたんだったら貴方はどうしてここで悲しく思ったの? 俺は楽しそうだなって思ったよっていう考え方の違い。なるほどそういう捉え方もあるんだねっていう気付き、許容」

     腰に手を当てぐぐ、と後ろに薄い胸を逸らしながらゲンが喋り続ける。それじゃ腰の筋肉は伸びないことを言えばジーマーで!? と大袈裟に驚くゲンを千空は鼻で笑った。

    「そりゃ答えが本文内にある現代文の問題とかはさ、正誤があると思うよ?」

     首を大きくぐるりと回してゲンが雑念のない顔で口を開く。

    「でも読書感想文は全部間違いじゃないのよ。だって自分が感じたことを書いてるだけなんだから。感じて想ったことを文にするから感想文」

     ゲンの視線はラボの中のどこでもないところに置かれている。自身の思考を脳内の引き出しから探してまとめて出力しているのだろう。

    「そういう、他人が『何を起点にどう感情が動かされたか』っていうのを知る機会ってなかなかないじゃない。読書感想文はそれができるわけ。そこに優秀賞とか落選〜とか優劣つけちゃうからなんかマイナスの印象強いけど」

     ここまでゲンが言葉にして、千空はやっとなるほど、と思った。まったくコイツは人が良いな、と内心で笑う。つまり宿題・読書感想文の提案が行き着く先は。

    「これからこの世界には人が増える。村の人たちが触れる価値観は今までの比にならない。これまでこの村の人たちは村を守るために少数の価値観を排他することで生き延びてきたわけだけど、遠くない未来、ステージが変わる。他と共存していくためには価値観が複数あることを知らなきゃならない。仲良くしろとは言わないけど、在ることを把握しておくのは武器になる」

     酷く静かで、そして真剣な声だった。開け放たれたラボの入り口から暗闇を見つめながら、ゲンはそう言った。
     ペラペラの蝙蝠男の武器はまさにこれだなと千空は唇の端を引き上げる。──人は違う生き物だと理解していること。メンタリズムは脳科学、統計学、心理学を生かしたものだ。大体の人間の思考回路は似ていて、それでもたまにイレギュラーな人間がいる。ケースバイケースに合わせての対応がゲンの頭の中には無数にあるのだろう。それは千空のトライアンドエラーとよく似ている。試して試して試して得た知識と経験値があるからこそのいまだ。だからアプローチ方法こそ違うが、千空とゲンのたどり着く場所は大抵一緒なのだ。きっと千空とゲンが石神村でたったふたりの現代人・旧世界の人間としてうまくやってこれた理由はここにある。
     しかしまあ、と千空は顔を伏せゲンに見えないように小さく笑った。いまコイツ、当たり前のように人が増えると言ったな、と。今は造船の真っ只中で、船旅が上手くいく可能性なんて算出できなくて、それでもゲンはその先のことを考えている。まったく頼もしい限りだ。『何を起点にどう感情が動かされたか』という人の考え方の違い。きっと70億人復活させるという千空の掲げたものを聞いて、じゃあ読書感想文をみんなに書いてもらおうなんて思いつくのはきっとここにいる自称蝙蝠男くらいだろう。

    「そこで読書感想文か」
    「そういうこっと〜!」
    「ー、そういうのはテメーに任せる。羽京と相談してうまいことやっとけ」
    「りょ〜!」

     なんだか上向いてきた自身の機嫌を宥めながら千空が言えば、真面目なトーンはどこに行ったのやら。いつもの調子でぺらりんぺらりんとゲンが軽薄に笑って見せる。

    「というわけで、原稿用紙作って欲しいのよ」
    「着地地点はそこか。ー……木版でも作っか」
    「版画にするってこと?」
    「その方が大量につくるなら楽だろ。印刷機もそのうち作った方がいいんだろうが今は優先順位が低いな」

     顎に手を当て、千空はふむと考える。みんな文字が読めるようになってきているのだったら、活版印刷機なんかもそのうち作ってもいいかもしれない。帳簿をぱたんと閉じたゲンをチラリと見る。作ればこの男がいい具合に活用するだろう。

    「学校で工作がてらやってもいいんじゃねえか。活版印刷の文字掘れってわけじゃねし。木版にマス目掘って自分で刷った原稿用紙にかく感想文、唆んだろ」

     なかなか良い案な気がした。印刷機の仕組みがわかればいざ活版印刷機を作るという時にも理解は早い。羽京の指導の元、一生懸命版画を刷る子どもたちを想像すれば、自然と頬は緩んだ。そうとくれば、人数分の彫刻刀と削りやすい木の板をカセキと作らなければと千空は頭の中でロードマップを引き始めた、のだが。
     ラボ内にきょとりとした表情で千空を見る人間がひとり。もちろん、ゲンだ。

    「何他人事みたいに言ってんの、千空ちゃんも感想文書くのよ?」
    「!?」

     まさかのとんでもないところに飛び火した。作業を再開させようと手元に落としかけていた視線を再びゲンに勢いよく飛ばす。千空の驚きっぷりにくすくすと笑いながら、ゲンがぴんと人差し指を立て、歌うように軽やかに喋り出す。

    「あったりまえでしょ。子どもたちに色んな考えがあることを知ってもらうのが目的よ? 王国民みんなの宿題です」
    「……課題図書の製本やってやっから」
    「それでも免除対象にはなりませーん」
    「……ゲン先生は書き直しさせねえよな?」
    「千空くん、論文と感想文の違いわかるよね?」
    「くっ……」

     千空の作ろうとする逃げ道を先に抑えられた。息を詰めて眉間に皺を寄せると、ゲンが呆れの色を混ぜて千空に笑いかけた。

    「難しく考えなくていいのよ、ジーマーで。ここが好きでした、ここが嫌いでした。その理由はこう思ったからです、で構わない」

     ゆっくりとゲンが動き出した。移動先は千空の隣で、羽織から手を出し、つんつんといつのまにか膨らんでいたらしい千空の頬を突いて来る。くすくす笑いながら突いてくるのでやめろ、とその手を虫を払うようにしっしっと追いやる。
     にまーっとゲンが目尻を下げた。嫌な予感が増幅する。

    「千空くんの読書感想文、ゲン先生読みたいなあ」

     刹那、千空の脳裏に赤眼鏡をかけ足を組むゲンの姿が過ぎった。そんな自分自身に、なんでそんなもん想像すんだとドン引きしながら、千空は盛大に顔を顰めた。頬をひくつかせながら、口を開く。千空の心臓が存在をどくどくと必要以上に主張してくる。

    「生徒を励ます教師っつーか、家庭教師AVの世界に突入してねえか」

     どうにか元の自分のペースに戻そうと発言したが、脳内に引き摺られ過ぎた千空である。目を丸くし、ぱちくりと大きく瞬きするゲンの顔を見てそれを自覚し、頭を抱えたくなった。

    「待て。今のは違え。やり直しささろ」
    「千空ちゃんの好みそっち系なの!? えー! ジーマーで解釈違いなんだけど!?」
    「おい、他人の価値観との共存云々どこやりやがった」

     大袈裟に騒ぐゲンにあたふたとする間もない。なんて平和なやりとりだと脳内で笑いながら、千空は近いうちに出されるだろう宿題について考える。肉体派ばかりの旧司帝国のメンバーから反感を買いそうな気もするが、どうせこの男のことだ。上手いこと丸め込むんだろう。
     そこまで考えて、村人の今後のためだけではなく、ゲンは元々司帝国の者たちの価値観の欠片を拾おうとしてるのかもしれないと千空は思い至る。まったく科学王国お抱えメンタリストはお仕事熱心なことだ、と笑いを噛み殺し、千空はまだ騒ぐゲンにそろそろ寝るぞと話を切り上げた。
     裏に何かあるにしろないにしろ、ゲンは提出者全員の感想文をしっかり読み込み、きっと全員の原稿用紙に花丸をつけるのだろうと言うことだけは千空にもわかった。
     手摺りの原稿用紙に書かれる大きな花丸を想像する。ゲンから花丸を貰うのは、なんだか悪くない気分になりそうだ。だからきっと、千空もなんだかんだ読書感想文をちゃんと書くのだろう。そう、他人事のように思った。
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