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    mame

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    mame

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    ご飯の話をする付き合ってない無自覚の千ゲン(携帯作り軸)

    強く吹いた風が落ち葉を巻き上げた。ぶるりと一度身震いをしてゲンはカチカチと歯を鳴らしながらラボの入り口を跨いだ。風が直撃しないだけで体感温度はずいぶん変わるのだから、建造物というのは偉大だ。しかし外の冷たい風は袖の中で握り込んでいる手すらもすっかり冷やしていた。

    「寒い、ジーマーで寒い」
    「泣き言いう前に靴履け、靴」

     ゲンの出した低い声を、こちらを見向きもせず薬品を混ぜ合わす手を止めないままの千空がすっぱり一刀両断した。

    「つれないねえ〜」

     肩をすくめながらゲンは薬品の棚からお目当てのものを探す。
     流石にどのフラスコの中になんの薬品が入っているのかくらいはわかってきたゲンである。その薬品の役割や配合なんかはてんで興味が湧かないのでいくら解説されても頭に残らないのだけれど。
     ゲンがラボに訪れたのはカセキのお使いだ。内容は薬品をいくつか持ってきて欲しいというもの。よく作業を手伝えと声をかけてくるカセキに気に入られている自覚はある。どこを気に入ってくれたのかはゲンもいまいちわからないのだけれど。
     今日はクロムもカセキと一緒に作業をしているので、ラボには千空ひとりだった。棚を見上げながら、あれかなと袖が他の薬品入りのガラスにぶつからないよう抑えつつ手を伸ばす。

    「俺、暖房つけるの真冬になるギリギリまで我慢する派だったのよね」
    「なんだそりゃ」
    「早くから暖房つけて甘えちゃうともっと寒くなった時に寒さ越すの大変じゃない」
    「メンタリストともあろうもんが根性論か。筋肉がねえヒョロガリはさっさと温まるに限んぞ」

     呆れを含んだ物言いのくせに、ちらりとゲンの剥き出しの足に視線を投げた千空にゲンは小さく笑った。最近やたらと千空から靴の話題を出される。心配してくれているのだろう。物言いやいつも見せる表情とは裏腹に、千空は優しい子だなあとゲンは思う。
     たしかにもう冬本番は近い。上着をそろそろ出さなければという会話もちらほら村の人間から聞こえてもきた。
     ただ、すっかり裸足の生活に慣れてしまい、しかもなんだか裸足の生活が性に合っていたせいで、なかなか靴を履こうという気にならないのだ。最近土も冷たくなってきたので必要性は感じてきたのだけれど、もうちょっと粘りたい気持ちがあるゲンである。
     そう、冬が来るのだ。空の色も最近では随分薄ぼんやりしたものに変化してきている。村全体で携帯電話作りに勤しむ中で、にじり寄ってくる寒さが負担になってきているのは確かだった。
     こういうときは、あたたかいものをたべたくなるなあとゲンは三角フラスコを手に取りながら考える。寒い日に食べるあたたかい食べ物といえば──。

    「……お鍋が恋しい」
    「……?」

     ぽつりと零れた言葉は紙の上に落とした水彩絵の具のようにじわじわとゲンの心を塗り広げていく。
     作業に必要な薬品を両手に持って、ゲンは勢いよく振り返った。なにせこんな話題、千空としかできないのだ。互いに残念な話ではあるが旧世界の話ができるのは薄っぺらな同盟相手のみ。

    「とろとろの葉野菜、ひたひたになった白ネギ……出汁のしみた豆腐にキノコ、そして脂の乗ったお肉!」

     だんだん早口になってしまったのはしょうがない。なにせもうゲンの頭の中は土鍋の中でぐつぐつ煮立つお鍋でいっぱいだ。
     寄せ鍋、ちゃんこ鍋、寒いのでキムチ鍋もいい。脳内でさまざまな鍋を思い描きながら、ゲンはいつのまにか溜まっていた唾液をごくりと飲んだ。
     その音が聞こえたのか、やっと作業の手を止めた千空がげんなりとした表情でゲンを見やる。

    「言うな、食いたくなんだろが。そういう欲望は無視しろ、無視」
    「えーん! なんとかならないの、せんえも〜ん」

     黄色い服を着た眼鏡の少年の泣き真似をして千空に駆け寄ってみた。薬品を両手に持っているので縋り付くことは出来ないけれど、どうやら千空のツボはしっかりおさえられたらしい。ブッと盛大に吹き出した千空が肩を震わしながら「やめろ、バカ。似過ぎだ」と顔を背けて言うので、ゲンの寒さに凍えていた心が少しだけ暖まった。千空が笑っているとなんだかゲンも嬉しく感じるのは、果たして歳上の庇護欲なのかなんなのか。
     ひとしきり笑い終えた千空が、はあ、とやけにすっきりした表情で顔を上げた。そしてゲンを見て、並びのいい白い歯を見せてにたりと笑う。

    「猫型ロボット様にゃまるで叶わねえが……まあ、もどき、で良いんならやれねえこともねえ」

     腰に手を当てた千空がそんなことを言うので、ゲンは一瞬呆けた。ぽかんと口を上げ、千空を見つめる。
     やれねえこともねえ、とは、なにがやれるのだ。
     頭の中で問いを投げかければ、脳内のゲンが「お鍋でしょ」とあっさりと答えた。
     鍋。鍋ができる。
     このストーンワールドで。

    「え!? ジーマーで?」

     理解がやっと追いつき、ゲンは身を乗り出し千空に問いかける。千空は「もどきだがな」とちゃんと重要らしい前置きを再びしてから「やるか、鍋」と立派な眉と形のいい口角を微かに上げてゲンに告げた。
     ゲンの寒さでどんよりとしていた心の世界に、雲の合間から数本の光がさした。聖歌でも流れ出しそうな勢いで。

    「あったかいお鍋食べれるんなら、もどきでもなんでもいい〜! さすがセンちゃん!」
    「んだ、その呼び方は。のび太様からしずか様にシフトチェンジか」

     クククと息を詰めるように笑った千空はまたゲンから自身の手元に視線を移し作業を再開させた。荒れた手が慎重に薬品を混ぜ合わせていく。
     千空ができると言ったらできる。そのことをもうゲンは知っていて、だからもう嬉しさで走り回りたくなっている足を止めるのに必死だった。爆発でも起きたらかなわないので。

    「テメーが食いてえって言い出したんだから食材の調達はしろよ」
    「えっ、するする! キノコとかとってきたら良い?」

     僅かに口元を緩めながら、千空が三角フラスコを傾けて他の液体と調合させる横で、結局ゲンは小さく足踏みをした。これくらいならきっと許容範囲だ。ぺたぺたと足裏で床を叩けば浮き足立っている気持ちが落ち着く気がする。食材を探しに山に入るならちょうどいい気持ちのクールダウンになるかもしれない。
     まったく3700年前の自分が今の自分を見たら鍋ひとつに何をしてるんだと呆れるだろうが、全力で言い返そうとゲンは思った。なにせ鍋。寒い日に鍋。最高じゃないか。
     白菜やネギらしきものは村の近くにある小さな畑に生えている。らしきものなので、長い年月を経た結果厳密には違うのだろうが、きっとあれを鍋に使うのだ。
     でもそれだけならただのスープ。じゃああとは何が必要かと考えればキノコが頭に浮かぶのは当たり前だ。だからこそのゲンの問いだったのだが、千空はすっぱりと否定した。

    「ちげえ。キノコは冬備えで腐るほどあんだろ」
    「え、キノコじゃないんだ」
    「その薬品はカセキに届けるもんだな? 届け終わったらお役御免だろ。そのまま食材調達いってこい」

     千空の言葉にわかったとこくりと頷けば、千空がわずかに微笑んだ。

    「メンタリスト、テメーがゲットしてくんのは──……」

                     (続く)
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