Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    mame

    小話ぽいぽいします
    リアクションとっても嬉しいです。
    ありがとうございます!

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 104

    mame

    ☆quiet follow

    ご飯の話をする付き合ってない無自覚の千ゲン(携帯作り軸)③
    続き物です
    1:https://poipiku.com/1356905/
    2:https://poipiku.com/1356905/3810517.html

    「なあ、ゲン」
    「なあに、クロムちゃん」
     きれいに洗った木の枝を複数本集め、即席泡だて器を作ったゲンになるほどな~と言いながらはクロムはふと疑問を抱いたらしい。ゲンが集めてきた卵を半分ずつにわけ、かしゃかしゃと器の中でかき混ぜながら首を傾げた。器の中でずっしりとした質量の卵が黄色い液体になっていく。
    「これよ、こんなにしっかり混ぜる理由はなんだ?」
     クロムが眉間に皺を寄せながら怪訝な表情で言うので、ゲンは確かになあと苦笑する。
    「多分、できた料理を口に入れたとき……口当たりが滑らかになる」
    「多分……口当たり……」
    イマイチぴんと来ていないクロムに、ゲン自身もあやふやなので申し訳なく思う。料理に関しては詳しくないが、予想くらいはできたのでそう答えたわけなのだけれど。白身の部分が卵はどろっとしているので、黄身としっかり混ぜ合わせなければ火を通した時に白い塊がきっとできるのだ。口に入れたときのとろける食感は卵を濾すことによって成立するのであれば、前段階の卵を溶くのもしっかりしておくにこしたことはない。ただ、口当たりをよくするためだけに労力を割く、というのを石神村のひとたちはやってこなかったんだろうなともクロムの横顔を盗み見たゲンは思う。
    食糧確保、冬備え。寒さと飢えを凌ぎ、そして病を患う巫女の心配。司帝国との決戦こそ控えているけれど、そのなかでもこういう時間が出来たのは千空の科学のおかげだなとゲンは苦笑していた笑みをひとり柔らかいものに変えた。
    「ザルできたぞい」
     ゲンとクロムが腕に込める力がヘロヘロになってきたころ、カセキが軽やかにふたりの元へやってきた。手には千空に言われて作った竹のザル。それを受け取りゲンは改めて感嘆した。
    「細かいね~! さすが凄腕職人カセキちゃん」
    「細かい方がいいんじゃろ?」
    「うん、濾し器代わりにするんだったら細かい方がいいよ」
     ザルを目線の高さまで持ってきて底を覗くが本当に目が細かく、これなら昔店で見かけた濾し器と遜色ないとゲンは頷いた。
     千空が用意してくれていた出汁入りの壺の上に竹ザルをゲンが持ち、カセキとクロムに少しずつ卵を入れてもらう。ゲンは溶き卵を木ベラで切るようにしてザルの隙間から壺の中へ落としていった。黄色い糸がたらりと垂れ、透き通った出汁の中で細い線を描く。卵二〇個分の溶き卵はなかなかの量で、濾すのもそれなりに時間がかかったが、なんとか三人はミッションを達成してみせた。ゲンが珍しく文句を言わないのは食い気が圧勝しているからである。クロムとカセキは未知の料理という名のクラフトに唆られているのは言うまでもない。三人の目の前には壺の中には黄色いとろりとした液体がたぷんと波紋を広げている。風が吹けば落ち葉と共にふわりと昆布だしの匂いがゲンの鼻孔をくすぐった。
    「おー、良い感じじゃねえか」
     クロムが元気よく呼びに行ってくれた千空は来るなり壺の中を確認し、そういった。なんとなく得意げになったゲンだが、作業量こそあるが実に単純な作業だった。子どもでも出来るような。千空は人を乗せるのが上手い。
    「んじゃ、鉄の箱に半量くらいで水入れんぞ。職人カセキ様は火起こし頼むわ。鉄の箱を火にかけて水沸騰させるから折り込んでくれるか。素材王クロムは拳大の石をいくつかゲット。お湯で溶けねえやつな。メンタリストは木箱の用意」
     さくさく指示を出す千空に従い三人は散り散りに動き、また千空の元に言われたものを用意し集まった。カセキによるコンロに四角い鉄鍋が火にかけられた。その中へクロムがとってきた石をいれ、今度は石の上にゲンが持ってきた木箱を。木箱の中には先程作った卵液をゆっくりと注いでいく。小さくできた泡を千空が取り除いてから、木箱の蓋を閉め、さらに鉄鍋の蓋も閉めた。ただし二つとも密閉はさせず少しだけ隙間をあけた状態で。
     火の調整を千空に細かく指示されているカセキだが、ガラス細工で火の扱いには慣れているようで簡単に行っている。ゲンは絶対できない芸当だ。ゲンの隣には腕を組み首を傾げるクロムの姿。ああ、この調理方法に馴染みがないのかと納得し、捲っていた袖を下ろしながらゲンはクロムちゃん、と声をかけた。
    「なにができるか想像つかない?」
    「おうよ……これ何してんだ?」
    「蒸してんのよ。中の卵に直接お湯に当たらないようにして」
     そういうことだよね? と千空をチラリと見れば、丁度ゲンとクロムのやり取りに気付いた千空が小さく笑った頷いた。クロムはというと直接当たらないようにしないといけない理由があんのか、とぽつりと呟いてから、ハッと顔を上げた。千空の笑みが深くなる。
    「……あ! そしたらゆっくり卵が固まんのか! 出汁も入ってるから、茹でたり焼いたりすんのと違ってがっちがちに硬くならねえんだな?」
    「そうそう、そういうこと! さすがだねえ」
    「ちなみに温度が高すぎると卵の表面が膨らんじまう。口当たり最悪だ」
    「なるほど、だから熱を逃がすために隙間作ってんのか」
    「さっすが物分かりがいいねえ、クロムちゃん。ジーマーで」
    「さっき言ってた豆腐ってのも同じ作り方か? つーかよー、卵が火で固まるのも科学で説明できるってことか」
    「できる。卵が加熱で固まるのは熱凝固性っつって、熱を加えたら卵んなかのばらばらだったタンパク質って成分が走り出してぶつかり合う。そこで引っ付いて固まるわけなんだが……あ゙ー、ただ豆腐とはまるでちげえ。タンパク質ってのは一緒だが、豆腐は固める時に火を使わねえからな」
    「じゃあなんで固めるんだよ。凍らすのか?」
    「タンパク質同士をマグネシウムっつう成分で繋げて固めんだ。そのマグネシウムとして粗製海水塩化マグネシウム、通称にがりをだな……まあ、それはまた今度な。近いうちに、にがりは使うときがくる」
    「おう、絶対だぞ千空!」
     料理教室がたちまち科学教室だ。それが面白くてくすくすゲンが肩を揺らせば、千空がじとりと見てきた。クロムの好奇心と知識欲を快く思っている反面、体力と時間がついていかないらしい千空の話は少し前に聞いたばかりだったので、笑われたのが面白くないらしい。千空は結構、表情が豊かだ。
     それにしても、とゲンは話し続けるクロムと千空のふたりの姿を袖の中に手を収めながら眺める。楽しそうにそのふたりを見るカセキの姿も。
    きっと千空も昔通ったのだろう。なぜ? どうして? どうやって? という身近な疑問から自ら調べ、知識にし、発展させていった。昔は調べれば答えがあったのだ。今はそのクロムの疑問の答えに千空自身がなっている。だから、千空もクロムが経験と知識を積み上げていくことを、好ましく思っているのだろう。そういう千空の在り方が、ゲンは好ましいと思う。きっとカセキがふたりを見る目も同じ色が混ざっている。
     四人で大豆はどこかにないだろうかという話を火を見ながらしているところに、可愛らしい声が遠くから飛んできた。ゲンが振り返れば、オレンジが混ざり始めた空を背にスイカたち村の子どもが手を振っている。ゲンも羽織から手を出して振り返すが、そのスイカたちの姿を見て吹き出してしまった。
    スイカの顔と同じくらいの推定白菜を子どもたちが抱えて歩いている。しかも顔がその推定白菜らしきもので隠れてしまっているため、小さな千空が行進しているように見えてしまい必死で笑いを堪えるが、千空にはバレてしまったらしい。げし、と薄いゲンの尻に痛くもない膝蹴りを喰らってしまった。大げさに痛がれば耳を穿りながら千空が意地の悪い笑みを浮かべていた。
    「千空~、言われたとおり野菜とってきたんだよ」
    「キノコもあるよ!」
    「おー、良いのが獲れたじゃねえか。キノコは重要だ、おありがてえ。コハクがちょうどあっちで包丁使ってる筈だから切ってもらってき……」
     到着した子どもたちと話していた千空の動きが止まった。不審に思いゲンも千空の視線の先を見やる。隣にいたクロムが先にうわ、と声を漏らした。視線の先にはスプラッタ映画もびっくりの肉の塊を両手に持ったコハクの姿があったからだ。腰紐には深紅で染まった革布がぶら下がっていた。間違いなく血である。
     何人殺ってきたんですか、と問いかけるのを寸のところで押し留めたゲンである。コハクの両の手に大皿があり、その皿に大量の薄切り肉がなければ問いかけてしまっていた。スライスされずただの塊だったら聞いてしまっていたかもしれない。山のような、一体何人前あるんだと思うほどの肉、肉、肉。そしてゲンは気付く。これは四十人前だ、と。鍋に入れる肉だ、と。気づいた瞬間からおいしそうな肉に見えてくるのだから、ゲンは自分自身の性格が嫌いではない。
    「そんなに革が汚れてんの珍しいな、コハク。猟やりはじめた最初の頃くらいだったろ、そんな血で汚れんの」
     クロムの言い草に以前はこういうことはしょっちゅうだったのかとゲンは目を丸くした。気を取り直したらしい千空も興味深そうに聞いている。コハクが金糸を傾き始めた日差しできらりと光らせてから薄く笑った。
    「ああ、捕まえたてが良いと千空が言うので急いで血抜きしたらこのザマだ。言われたように切れてはいると思うが、なにせ慣れない切り方だったからな。確認してくれ」
    「えっ、慣れない作業なのにこんなスーパーに並んでそうなスライスになってんの……?」
     コハクの持つ皿に乗る肉は食品トレーに載せてぴっちりラップをかけ値段シールを貼れば、売り物になるレベルだ。コハクがどん、どん、と大皿を作業台にのせた。どれだけの重さなのだろうとゲンは若干引きながらその肉をまじまじとみやった。赤身の肉に白い繊維が細く走っている。
    「千空ちゃん、これ何肉?」
    「鹿。低カロリー、高タンパク、鉄分豊富。冷え性にもいいから寒い日にゃもってこいの食材様だ」
     満足気に千空がコハクが作業台に置いた肉を見て腕を組む。鹿肉の栄養素まで知識として持っている千空にもはやゲンは驚かない。凄いとは思うけれど。
     それぞれの家から土鍋を持ち寄ってもらい、ひとつひとつ鍋に出汁をいれ、酒、みりん、塩を加える。たっぷりのキノコと推定白菜、そしていつのまにか作られていたらしい魚のつみれを入れて。鹿肉も入れてしまえば、あとは火にかけるだけの飲食店のコース料理の最後に出てくるような鍋セットの完成だ。丸い鍋の中に敷き詰められた豊富な鍋の具にゲンの心が踊しだす。鍋、鍋である。しかしまだこれで作業終了ではないのだ。なにせまだあれが残っている。
    「ねえ、千空ちゃん。卵豆腐もそろそろいいんじゃない?」
    「おー、火傷しねえように開けろよ」
     そわそわと千空にゲンが尋ねれば、落ち着けと小さく笑われながら作業用の革手袋を渡された。その手袋をいそいそとつけ、重い鉄の蓋を開き、むわりと一気に立ち上る湯気に顔を引きながら今度は木の蓋を開く。出汁と卵のやさしい匂いになんだか泣きそうになった。蓋の内側についていた水滴を中に落とさないように注意しながら避ければ、白い湯気がゆっくりと晴れていく。子どもたちといつもの面々で上から覗き込む。
    「やべー! しっかり固まってんじゃねえか!」
    「とってもきれいなんだよ!」
    「ほう、これはなかなか……」
    「出汁のいい匂いしてるじゃないの~!」
     きれいな黄色が箱の中に敷き詰まっていた。気泡も白波もない真っ平らな黄色だ。千空が串をすっと刺して火の通りを確認する。出来た小さな穴からちろりと出てきたのは透明な出汁。
    「よーし、中も固まってる。問題ねえな」
     卵豆腐をすっと包丁で四角形にカットすれば柔らかすぎず硬すぎず、ちょうどいい具合でゲンの口の中で唾液が湧いてくる。
    苦労してとってきた卵が大量の卵豆腐に変身した。味見したくてたまらないけれど、この美しい黄色の塊を欠けさせるのも忍びない。卵の三倍以上の量になって卵豆腐は出来上がった。千空の言う通り二〇個が妥当な数だったのだ。
    鍋に入れるまで我慢だ、待っててね卵豆腐ちゃん、とゲンが内心で語りかけながら切り分けた卵豆腐を別皿に入れてると、村人たちがぞろぞろと橋を渡り自分の家の鍋を回収しにきた。千空が「火にかけたらちゃんと肉の色が茶色に変わってから食え。味足りなかったら塩かけたり魚醤垂らせばいい。この黄色いやつは最後に鍋に入れて温める程度な。味ついてっから」と村人に説明しながら鍋と卵豆腐を配っていった。
     おいしそう、と口々に言いながら満面の笑みで千空にお礼をいう村人たちにゲンも口元が綻んだ。女性陣が鍋を渡したら料理がかえってくるなんてねえ、とにこにこしていたので、ゲンまでにこにこしてしまった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator