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    mame

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    mame

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    出ロデ 未来捏造、付き合わないふたり

     厚い雲を抜けた先に突然開ける視界。
     眼下に広がるまるでミニチュアのように見える街並み。
     雲が地上に落とす巨大な影が、飛行機のコックピットからはよく見える。
     雲間からさす光の柱は黄色なんかではなく、いくつもの色彩が混ざりそれでいて透明で。
     機体を傾けぐるりと方向を変えて、行き先を見据える。
     辿る空路の真下にある緑に覆われた山だって、人の足で歩けば登って下りるまで一体何時間かかるんだろう。それを文字通り軽く飛び越えていく。
     次第に地上が近づいてきて、足元にあった雲の位置が頭上に移動すれば重力がぶわりとかかり、徐々に人間に戻っていく。高速道路を走る車の姿を目視してしまえば、もう己はただの人でしかなくて。
     機械の翼は轟音を鳴らし、ガコンと音を立てて出したタイヤから伝わる激しい振動に、鳥ではない事実をたんと思い知らされ、そうして暫くぶりに地に足をつける。ただの、飛べない人間になる。
     ーーーー夢と希望と絶望が一瞬にして襲いかかってくるその着陸の流れが好きだと話したら、久しぶりに会った友人が眉間に皺を寄せたまま首を傾げたので、酒を煽り上機嫌だったロディは歌うように己の感覚を音で紡いでやった。
    「ロディは自分が人間なことに絶望するの? 君が人間だったのは僕としては有り難いことなんだけど」
     そうしてロディの前に現れたのは、理解したような、していないような。否、口ぶりからして、納得をしていないのだろう。好意的ではない表情でロディの隣で缶ビールの縁を下唇に当てながらそんなことを言う出久だ。
     ふたりは現在、出久の一人暮らしの部屋のリビングで、明日揃って休日ということもあり晩酌をしている。
    「へえ、なんでだ」
    「だってこうやって一緒にお酒飲んだりできないよね」
    「それだけかい、ヒーロー?」
    「ううん、言い出したらキリがないけどさ……同じ時間を過ごすのは難しいだろうな、とか……そもそも君が鳥だったら僕たち出会えていたかどうか」
     だからロディが人間でよかったよ。
     ゆるく微笑んだ出久が、眉尻を下げてロディを見やる。その出久に対し、ふぅんとあからさまに気のない返事をしてやると、出久がお気に召さなかったかな、と浮かべた笑みに苦味を混ぜた。
     ロディはというと、くぴ、と冷えた缶チューハイを口に含んで飲み込んでから、下唇をむいと突き出した。癖なのはわかっているし、子どもっぽいのでそろそろ治したいのだが、治らないからこそ癖なのだ。
    「気にいるとか気にいらねえとか、そういうんじゃなくて……」
    「うん」
     ロディはそもそも、もしもの話が好きではない。
     あのときこうしてたら、こうなっていたら、なんて考えると諦めがつかない典型的なパターンになるのだ。だからもしもの話は切り捨てる。それがロディの生き方だった。
     最悪の状態から、過去を振り返り、今よりいい状態だったかもしれないなんて、考えるだけ虚しかったから。ヒューマライズの一件があってから後悔も反省もして、諦めることだってしなくなったけれど、もしもの話はそれでもロディは考えなかった。
     ただ、この出久が言った、出久とロディが出会わなかったかもしれない、もしも。
     このもしもに関しては、考えるだけで脳を侵食していたアルコールがさっと抜ける感覚を持った。
     最良の状態から、もしもの過去を考える。そんなもしもの話があるのだな、と、ある種の新発見。恵まれた環境にいる人間が行う娯楽のようなそのもしもの話は、全くロディには馴染みがなくてーーなんて考えてから、別に隣にいる男が手放しに恵まれているとは言えないことを思い出す。
    「俺が鳥で、デクが人間だったら、」
     肩口に大人しく座っている己のピンクの羽を持った魂に視線を投げれば、なんとも言えない表情でロディを見つめていた。
     もしもの、最悪の話。悪趣味にもほどがある娯楽にも似た、考えるだけで腹の底がどろりとしたものに覆われる、もしもの話。
     出久がロディの横顔を見つめているのがわかる。せっかくのアルコールが醒めてしまった。ロディは一気に残りの缶チューハイの中身を体内へ流し込む。酔わなきゃやってられない。
     第一、ロディは人間であることを絶望していない。出久はそこから履き違えている。
     自分で飛べる鳥でない絶望は、ロディの希望であり原動力だ。だから飛ぶ手段である飛行機に乗りたくてパイロットになって、人間なことを思い知らされてまた空を目指すのだ。
     自分で飛べる術を持っていたら空には憧れず、あの運命の日も、警察から逃げることだって自分でしていたはずで。
    「それでも、お前に惹かれてたんだろうよ」
     ぽつりと、独り言のようにロディは呟いた。しん、とふたりしかいない部屋が静まり返る。
     自分の独壇場であるはずの空中を駆け抜ける緑の閃光。空中を手玉にとり黒い鞭を伸ばす姿を見るだけの、出会いとして成立しなかった、ただの鳥でも、きっと。人間のくせにと目が離せなかったに違いない。
     べこ、と隣から間抜けな音がした。ピャッとピノの焦るような鳴き声が耳元で聞こえて、ロディが音の出どころを見れば、もともと大きな目をさらに見開いた出久がロディを凝視していた。片眉を跳ね上げ、何事だと首を傾げれば、出久が「これで無自覚なんだよなあ」と盛大に顔を歪めてぶつぶつと言いながら、ひしゃげた缶ビールの形を整え始めた。音の発生源はアレらしい。スチールじゃなかったか、それ。
     そんな出久を一瞥してからロディは唇で三日月を描いて、ハッと吐き出した息と視線を一緒に殺風景な天井に投げた。
     ばーか、自覚してるよ。この上ないほど、お前に惚れてるってことはな。言うつもりはないけどさーーなんて、毒を内心で吐き出しながら。ただの人間のロディにとっては、たまに会ってこうやってぐだぐだと何でもない時間過ごして出久と別れるのが、丁度いいのだと言い聞かせているので。
     出久がきっといま考えているような、もしもの話は、いらないのだ。
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