うさぎが きちんと つげる はなし…わくわくはっぴぃあにまるぱれぇど株式会社、医務室内。
荒い喘鳴、ぎしりと革がしなる音。一脚の拘束椅子。
…椅子の上にはスーツを纏った一人の少女が幾つかの拘束具できちりと縛り付けられている。
細い身体の至る所に食い込む拘束具に身悶え、荒い息を吐きながら、言葉を紡ぐ彼女を見下ろす大きな男が一人。
彼を見上げるように息を乱しながら少女は声を絞り出すように懇願する。
「……くまさんっ…お願い……もっと、モカのこともっっとちゃんと縛って…っ!…じゃないと…じゃないと…っ…」
そんな少女の懇願に男はーーーーーー
「…まっっじでいい加減にしてくれ。この状況、元気よく俺に懲役刑がつく絵面なんだよ。」
げっそりとした顔でそれでも求められるままに胴体にきりきりと拘束具を増やす男に半べそをかきながら、少女は訴える。
「…だってぇ…じゃないと…ほんと…ほんとに打ち上がっちゃうんだもん…」
「…訳がわかんねぇのよ。とりあえず落ち着いてくれ。」
…見事なエクソシストブリッジをキメながら彼女が飛び込んできたのが小一時間前。昆虫を思わせる動きで飛び回る彼女をなんとか捕まえ足と胴体を拘束して叫び声の合間に事情を聞き出したのが今しがた。
…誰もが知っていた事実をお互いだけ知らなかったことを知ったとして、ここまで半狂乱になるものなのか、という揶揄いを飲み込み、簡易キッチンで拵えたホットミルクにチョコレートの欠片を放り込む。
「…手は自由だろ。これ飲んで落ち着け。」
「………ありがとう…くまさん………。」
興奮がおさまった後の疲労感でくたりとしながらホットチョコを啜る姿を見ながらため息を一つ。
…野暮なことをしたかもしれない。人の色恋に自分が口を出せる立場ではないと知りつつ、要らぬ世話を焼いてしまった。
…しかしながら……頭を突っ込んでしまった以上中途半端はよくないだろう。いらぬ世話でも手を出した以上、最後まで焼いてしまうに限る。
「…ちっと外出るから。それ飲んでてくれ。」
「…え?…ちょっと!これ…外れないよ?!?」
「外したら飛んでっちまうんだろ。…いーからそこに居ろ。」
小さな頭を軽く撫でれば歩き出す。
……性格的に、あいつも動けてねぇだろ。
のらくらり、そんなことを考えながら足を進める。
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二人掛けの黒いソファに埋もれるようにうなだれて、じっと己の爪先を見つめてどれ位経ったのか。
今しがたの会話が全て夢の様で、信じられなくて、動いたらこの夢が覚めてしまいそうで、動けない。
…生まれてからずっと、自分は一人だった。
親の顔も知らず、孤児院で一人育ち誰かの体温を知ることもなく今まで生きてきた。
悪魔に思考も何もかも塗り替えられてからだって変わらない。他人の体温を知ることのメリットなんて、何一つ思い浮かばなかった。
……だからあの日、自分を殺せないと泣いた彼女を抱えて逃げ出した時、きっと自分はいつかの様にもう一度、心底気が狂ってしまったのだと思った。
…初めから、自分を贔屓した彼女の好意は感じていた。それを利用して、自分に都合の良い様に使えればいい。それしか、思っていなかったのに。
…側に置いておきたいと思った。明るい声が、小さな体が、自分を見つけてくれる両目が、隣にないと落ち着かなくなった。ただ、側にいて笑っていて欲しかった。
彼女が自分に抱かく好意はきっと憧憬で、いつかきっと本当の恋を知れば目が覚めてしまう。だから自分は、その目を塞いで、関係を暈した。色々な境界を虚ろにした。このまま。このままでよかった。彼女を失うくらいならこの関係に言葉なんか付けずにずっと彼女を捕まえていようと、そう思って、いたのに。
( 『うさぎさんの隣がいい。』)
……酷い醜態を晒した無様な告白を彼女は受け入れてくれた。
抱きしめられた感覚が抜けない。
あの時、自分は、なんといえばよかったのか。わかってる。わかっているのにーーーー
「やっぱ惚けてたな。うさぎ頭。」
背後のドアから向けられた言葉。振り返ればどこか呆れた様な顔のクマの被り物。…思わず手元に銃を取り出す。
「…hi。自ラ剥製にナリにくルとは思いマセんでしタヨfxxking bear。その空っポの脳味噌、今すグブチ撒けテ差し上ゲましょウか?」
「…惚けてた割に良く口が回るな。調子がいいじゃねぇの。…悪かったって。あんだけ見せつけられてたんだ。とっくにウエディングドレスでも選んでる仲だと思うだろうよ。余計な言葉で突っついたのは謝る。悪かった。」
銃口に怯むことなく御託を並べながら相手は部屋に入りダイニングテーブルに寄りかかって肩を竦める。…彼女が食事をする場所でもあるそこを汚すわけにもいかないので、渋々銃は仕舞う。
「…告白したのか?」
「……えェ。ご協力頂いタお陰デ最低な姿ヲ晒シまシタ。よクも余計な真似ヲ。……此処ガ自室じゃナケれバ今スグ貴方ハ蜂の巣デスよ。understand?」
「なんだよ。OKもらえたんだろ?そうカッカするなって。血圧上がるぞ?」
「……ソレは彼女ガ優しイカら………待て。何故貴方がソレヲ知ッてイる。」
「…意外と地獄耳なんだよ。おっさんこれでも、暇人なんでな。」
言葉を返すのも面倒でソファに沈み直す。
やはり殺そうか。そんな考えがよぎった瞬間、少しだけ真剣な声が降ってくる。
「所で。お前リス頭とどーなりてぇの?」
「……ど、ゥ、とは…」
「…一緒にいてくれるって言ってくれたリス頭に、お前さんはなんて返したんだ?」
「……え。そ、レは…」
「…要らんお節介だろうが言っとくけどよ。思いも行動も、言葉にしなきゃ伝わんねーの。愛してるなら、どうしたい?リス頭は言ったぞ。側にいるって。だったら、お前さんはどうするつもりだ。」
「……ゥ…。」
「…俺がいうべきかわかんねぇけど。…お前が、お前等が、したい様にすれば良い。止めるものもなければ留まる必要もない。《お前》の選択でいい。…きちんと言葉にして行動してこい。」
「…………」
「……あ。そういえば忘れてたけどよ。リス頭がごちゃごちゃうるせぇから、椅子に縛って転がしてきたんだよ。」
「………は?」
「……この場所は割と平和だが、ロリコンって噂のやつもいる。……童顔の女が縛られて転がされてたら……ヤベェかもな。はは。」
ぶわり、怒りと焦りで身体中の毛が逆立つ。
立ち上がり銃弾を相手の足元に1発だけ打ち込む。
「…覚えトけ!!後でテメェのXxx引き千切ッて犬ニ食わせてヤルかラな!!fxxking bear!!」
そのまま、転がる様に走り出す自分の背後に揶揄う様な声。
「…おー。…だいぶ前の口調に戻ったじゃねぇの。洗脳の精神治療も、もういらねぇかもな。」
(…俺達の事情に巻き込んで悪かった。その言葉はうさぎの耳さえ届かずにクマ頭の足元に落ちて、消えた。)
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…拘束してほしい、そう言ったのは自分であるが拘束したままどこかに行ってほしいとは言っていない。実に無責任ではないか。
そんな思いにむすりと両頬を膨らませリス頭は飲み終わったホットチョコのカップを傍に置いて拘束具と格闘していた。
…それにしても自分を放って、どこに行ったのか。正直、いつものクマ頭はそこまで無責任な男でもないのに。とため息をついた瞬間、医務室のドアがガラリと開いた。
やっと帰ってきたのか、と振り返ったリス頭の思考がピタリと停止する。そこにいたのは暢気な顔のクマ頭ではなく…被り物もつけずに必死な表情で佇むうさぎ頭の姿だったから。
「…遅くナッてすみまセン、My little genius。…大丈夫…デス、か。」
「…エッッ!!?…う、ぅん!大丈夫だヨ、うさぎさん!ほら!!手は自由だし!!(?)」
…自分のためにそんな必死に走ってきてくれたのか、と飛び上がりそうになるが、自分が望んだ拘束具がそれを許さない。その様子に気が付かないうさぎ頭は椅子の側に跪く様に、視線を合わせたかと思えば、そのまま、抱き包む。
「…よかった。」
状況を理解する前に心停止しそうになっているリス頭に、何も気がついていないうさぎ頭は続ける。
「…私、大切なコトを伝えテいまセんデシた。…こンな私ニ、貴女ハ、側に居テくれると言って下サッたのに。だカラ、もう一度だけ、キチンと伝えサセて下サい。」
するり、柔らかな頬を大きな手のひらが包む。緑色の目が彼女を捕らえる。
「……私もずっと、貴女の隣がいい。それ以外何も望まない。…どうか、ずっと、側にいて下さい。」
真剣な声で伝えれば、耐えきれなかった様子で、覆い被さる様に唇へキスが落とされた。
「愛しています。モカ。」
その声はその前に聞いた告白よりもひどく真っ直ぐで、キャパシティオーバーで遠くなる意識の底でも、しっかりと、響いた。
(その後、のんびり帰ってきたクマ頭が宇宙への射出失敗でなんだか大変なことになってる二人を見つけるのはもう少し先のお話。)
(うさぎ頭が告げる話)