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    kubikubiri3

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    消えてしまいたい少女の願いを食らう蜂

    焼女地獄①(冷たい青空の情景。どこかの学校の屋上の風景。
     
    一人のセーラー服の少女とだらしなく制服を着崩した大柄の少年。暗い顔の少女に、どこかバツが悪そうに煙草を吸っている少年。しばらくの沈黙ののち煙草を投げ捨てて、少年は少女に何かを告げる。

    はっとした顔の少女。花が咲いたように慎ましく笑えば、屋上から走り去っていく。

    残された少年。複雑なその表情に隠れた失恋を空の蒼だけが見ていた、)



    焼女地獄 ①



    …遠くに瞬く星が、もうずっと前に死んだ星の光であると誰かに話したことがある気がする。

    …それが、どんな時に交わされた言葉かは覚えていないがそれでも、冷たい記憶が蘇らないということは、悪い思い出ではなかったんだと思う。


    …私がこのビルの屋上を「その場所」として選んだ理由に大きな訳はない。

    受付がなくて、エレベーターが動いていて、人の気配が少なくて、屋上までまっすぐ忍び込めたから。
    見上げたそのビルの影が大きな墓標を思えて…これからすることに、ぴったりだと思えたこともある。

    想像通り。屋上のフェンスから見下ろす夜の風景も、空の星の瞬きも…自分がこれから飛び降りるには最高の景色だった。


    夜風に煽られながら巡らせる自分の人生。
    瞼の裏側に浮かぶのは、やさしい嘗ての笑顔。



    一緒に生きてきた時間。
    ずっと一緒に居たかった相手。

    まっすぐな性格が、やさしい瞳が、自分を曲げない頑固さが全部が、好きだった。ただただ、あの人の横にいたかった。それが、どんな形であれ…自分は、幸せだったのに。



    (『気色悪い。二度と俺の前に現れるんじゃねぇ。』)



    心を深く抉った、彼の言葉。
    信じてた、やさしい言葉を。
    この思いを否定されても良かった。
    ……ただ、撫でてほしかった。見捨てないでほしかった。


    …でも。すべてはもう、手遅れなのだ。




    …自分がここで死ねば彼も葬列には会いに来てくれるはず。卑怯でも、意味がなくても、何でもいい。

    私はもう、自分自身を消し去りたい。それだけなのだ。



    大きく、息を吸い込んで、最後にもう一度、死んだ星空の光を目に焼き付ける。

    僅かに内側からしみ出してくる恐怖をぎゅっとかみ砕いて、手を、放そうとした瞬間だった。







    「死ぬには良い夜ですがその下には植え込みが。
    旅立つにはあと30センチ左がよろしいですよ。お嬢さん。」







    掛けられた声に全身が硬直して、フェンスから手が離せなくなる。
    高鳴る心臓に気が遠くなりそうになりながら、後ろを振り返る。



    開く音もしなかったドアの前。

    夜を切り取った様な男がその前に立っていた。



    ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

    無機質な蛍光灯に照らされた部屋の中。

    応接室なのだろう部屋。上等なソファーと、趣味のいいテーブル。その上に置かれた透明なティーポットには、一体どんな味がするのか不思議な蒼い色の紅茶が注がれ静かに波打っている。



    「マロウブルーというハーブティーでして。
     色は薄気味悪いですが落ち着くにはいい味ですよ。」



    自分の前に腰かけた喪服を思わせる黒いスーツの男。

    人間離れするほど整った表情がにこにこと柔らかい笑みを浮かべて告げるものだからついティーカップに口をつけてしまう。独特な香りが心臓にしみる。


    「いやはや申し訳ない。従業員が全て帰ってしまって、碌なお持て成しもできず。」

    「…あの。その…お気遣い、なく。」


    …男は笑顔を崩すことなく紅茶を啜る。



    …彼は自殺しようとしていた自分を強い言葉で止めることはしなかった。ただ、

    『どうせ死をお考えなら、素晴らしいご提案が。
     寒い夜ですし、お部屋で少しだけお時間をいただけませんか?』

    と、何かの勧誘の様に笑顔で自分に提案してきた。


    …状況のアンバランスさに拍子抜けしたのと、人前で飛び降りるのも嫌だな…と、彼に従ってフェンスから離れ、そのビルの一室に案内されて現在に至る。

    …ご提案、というのは何なんだろう。正直、あまり興味も恐怖も疑念もわかないのは中断こそしたけれど、自分の人生を終わらせることに迷いはなくて、胡散臭い商品の販売や新興宗教の誘いを受けても、もうなにも失うものはないし、従う気もない。


    そんな自分の虚無を見つめる様に微笑む男が指を組む。



    「…不躾な質問を一つ。…良ければ、貴方があの場所から旅立とうとした理由を教えていただけませんか?」


    鈴でも転がすような、中性的なトーンの声が心臓に刺さる。


    「…あ、の。」

    「ああ、ご安心下さい。貴女を慰めたり引き留めたり…そんな無粋なことはなく。…物静かな貴女を死に至らしめる程の原因は何だったのだろうと。純粋に興味が沸きまして。」

    「……」


    少しだけ低くなったトーンが、心に忍び込む。
    色付く唇から目が離せなくなる。


    「…ここには僕しかいません。…貴女の言葉を盗み聞くものも、記録するカメラも。何もない。

    …貴女は、きっとこの後また死のうと思っているのでしょう?でしたら…少しでも心を軽くしていった方が、いい。…ね?」


    …どこかで、この胸の内側を吐露したかった自分が、彼の目に捕らわれるまるで、蜘蛛に喰われる蠅の様に。カマキリに喰われる蝶の様に。

    気が付けば、乾いた唇は訥々と言葉を紡ぎ始める。



    「すきな、ひとが、いたんです。とても、ずっとすきな、ひと。そのひとに、こく、はくをしたんです、けど、でも……、ひどいことばで、ひてい……されて…」



    (『気色悪い。』)



    「…ほんとうに、ずっと、ずっとすきだったんです。ずっと、すきで、でも、だめだって、わかってて、わかってたから、だから、だから、つたえなかった…でも…だめだってわかってても…つたえたくて、きいてほしくて、……なのに。」



    (『二度と俺の前に現れるな。』)




    「……そのことばが、ずっと、かたときも、ぬけなくて、すきなのに、にくくて、つらくて、あいたくて、でもあえなくて、つらくて、くるしくて…」


    気が付けば、自分は、子供のように涙を流している。…嗚咽で、かき消されてしまいそうな言葉を、一言一句逃さないように微笑みを浮かべた男は小さく頷いている。



    「まるで……まるで、じぶんのあたまのなかが、ぐちゃぐちゃになってくさってしまったみたい……じごくみたいで……だからもう、もう、おわりにしてしまおうって……」


    「…なるほど。」



    自分の言葉を聞き終えた男の口元が、三日月に歪む。



    「…実にお辛い思いをされた。…それだけの純真で無垢な思いを無下に為さるそのお相手は……それはきっと、不誠実な方なんでしょうね。」


    男の言葉にカッとなる。
    思わず反射で叫んでしまった。



    「…違う!!兄さんは、そんな人じゃない!!」


    叫んだ後に、血の気が引く。自分の一番隠さなければいけない「秘密」を何も考えず見ず知らずの人間に告げてしまった。しかし、吐き出した言葉は、引っ込められない。

    楽しそうな三日月が、揺れる。



    「…あ、その、ちがう…違うんです…その…」


    「合点がいきました。…ご安心を。…言ったでしょう?ここには誰もいません。下らない常識にその思いを否定なさることはない。誰かを思う気持ちに血縁など関係はございませんから。」


    しかし。


    「…お兄様は、そうではなかったようですがね。」

    「……」


    「貴女の、命を捨ててしまうお気持ちに、お変わりはないのですか?」


    「…もう、つかれてしまった。…兄に告白したあと、兄は行き先も告げずに消えてしまった。…いまも、会えてない。二度と会うこともできないかもしれない。…私は、兄の中では妹でもなんでもなく…気色の悪い、異常な存在の筈なんです。だから…」


    「…なるほど。…やはり貴女は、提案を勧めるに、相応しい方でした。」



    話を聞き終えた男が、流れる手付きで、胸ポケットに手を入れる。

    差し出された四角い紙。
    上質な紙に印刷された名刺にはただ一言記された英語。




    Scavenger’s



    「申し遅れました。…赤口逢美と申します。
     貴女の様に己の内側の汚物の様な、腐敗していく感情に苦しむ皆様を救うご提案させていただくプロフェッショナルです。」




    気が付けば伸ばされた掌。


    冷たい指先が俯く自分の顎をなぞればそっと顔が彼の方へと持ち上げられる。

    きれいで、その指先の様に冷えた笑顔が、再び私を捕える。



    「貴女の望みを、最上級の形で「処理」させては頂けませんか?」
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