信者の食卓ハコニワ郊外の雑居ビル。廃墟に見えなくもない襤褸ビルの奥地にある自称、雑貨店「伽藍堂」は、毎日16時から21時、必ず店を閉めている。
逆を返せば他の時間帯は真夜中だろうと早朝だろうと、店を尋ねれば顔布で表情を隠した六つ目の主人、レキシ・バララが店先で違法薬物などを嗜みながら出迎えてくれるが、上記の時間帯だけは「居留守」と書かれた看板が下げられ、どれだけノックをしても声をかけてもドアをぶち破ろうとしても、決してそのドアが開くことはない。
その時間は彼にとっては大切な、毎日の儀式の時間だからである。
そこに立ち会える人間はたった二人しかいない。
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想像と現実が入り乱れ共生する最先端の街、ハコニワ。
小綺麗なメインストリートには洒落た店ばかりが軒を連ねているが、街の歴史は短くはない。
一歩、路地裏に入れば日用雑貨や食品をやや乱雑に並べて売る古き良き、言い方を変えれば時代に取り残されたような商店がいくつもある。
レキシは、薄暗いそのような店の方が肌に合った。売られているものも乱雑だが、ゴチャついたディスプレイに並ぶ食材を手にとって選ぶ方が、色々とアイデアも浮かぶ。そんなことを考えながら、戸棚に放り置かれた人参を手にとって眺める。
…今日はどうするか。
「彼ら」の好物と冷蔵庫の食材を思い浮かべ天秤に掛ける。
昨日は和食だった。毎日でも自分はいい。「彼」も文句は言わないだろう。ただ「彼女」はそうでもない。洋食がいいとごねていた。それならば。
脳内会議の結果、決まったレシピに少しくたびれた人参を買い物かごに放り込む。
小さな鼻歌。
それを聞くものは、誰もいない。
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レキシ・バララは器用である。
小手先の技術であれば、何であれ一目見てしまえばどうとでもこなせるし、応用もできる。故に料理も得意分野だ。
一回レシピを見れば制作過程のイメージはある程度浮かぶし、そのとおり作業ができる。
適当に目分量で作っても軽く店が出せるモノを作れる勘と舌をもっていると自負している。
我ながら、ほんま器用やわぁ。と自賛しながら、店の一番奥の奥。間接照明で彩られた薄暗いキッチンにて着物の袖を襷で括りあげ、分厚い防音の手袋を脱げば並べられた食材を器用に切り刻み、捌いていく。
苦ではないが、ただの作業。
基本的に食事を生活の重きにおいていないレキシにとって、凝った料理をする理由は自身のためではない。
ぼんやりと、仕事の事。あの手首を誰に売ろうだとか、あの想像者のパーツをどうやって回収しようだとか、そんなことを考えながら目を細めて丁寧に飾り切りした人参を鍋に放り投げて行く。
くつくつ白く煮える鍋の中でに、オレンジの星やハートが舞う。…今より「彼女」が幼い頃、食わず嫌いで野菜を食べるのを嫌がった。その対策の名残で未だ野菜は可愛く飾り切りをしている。今ではこんなことしなくても食べるのだが、可愛らしい物を好む彼女にはこの方が嬉しかろうと続いている習慣。
湯気が香りを纏う瞬間は唯一、料理の工程の中で好きかもしれない。今日も上手く行ったと笑みを浮かべていたら、袖口をくいと引かれた。
振り返れば、やや口をへの字にした、無表情の少女がこちらを見上げている。
その姿に、纏っていた顔布を少しだけ口元を晒しレキシは声をかけた。
「おかえんなさい、五夏。」
ただいま。
彼女が目線でそう返すと同時に鍋の中へ目線をやる。その意図が汲み取れる自分は、声なき問いに答える。
「シチュー。…嫌やった?」
問いかけに目をぱちくりさせたあと嫌じゃない、と首を横に振る彼女に冷蔵庫を指さして指示をする。
「サラダ、お皿と一緒にテーブル持っててな。」
こくり嬉しそうに、頷く彼女を見送って料理の仕上げに入る。
…先程、仕事の指示を受けがてら呼び出した彼は来るだろうか。「布教」が忙しいとも行っていたが、ああ見えて律儀だ。用事が終われば来るだろう。
そうでなければ…花柄のタッパーにでも詰めて本部へ持ち込んでやる。
さてあの無愛想、信者の前でどんな顔をするか。
思い浮かべるだけで楽しくなっていると、準備がおわったと彼女が袖を引く。
「おおきに五夏。…もうちょっとしたら、食べよな。」
彼女を子供のように撫でれば、子供扱いしないで、と頬が膨らむ。それを指で潰してケラケラ笑っていると、ドアが開く音がした。
足音が、我らの王の来訪を告げる。
顔を見合わせて彼を出迎える表情に整えれば開くドア。
…どうやら、今日の食卓は3人で囲めるようだ。
「おいでませ、ボス。…本日もお疲れさん。」
(神の御下、信仰に集う者たちの食卓の話。)