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    kubikubiri3

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    男の希望と少女の願い

    焼女地獄 ➁狭い派出所の中、一日の終わりを日誌に綴り終わればもう時計の針は8の文字を通り過ぎようとしている。

    小さく伸びをすれば、ややサイズの合わない制服がきしと軋む。今日も、異常はない。実に平和な一日。

    …警官になってまだ日が浅く、こうやって書類仕事と簡単な相談事ばかりの日々ではあるが、最初先輩に脅され、身構えたような凶悪な事件が起こるわけでもなく、ただただ人々の暮らしを見守れるような仕事内容に安堵のため息を吐く。

    ……ふと、デスクに置かれた新聞の文字に目がいったのは、最近発生している連続婦女失踪事件の内容が載っていたから。

    …連続、婦女、失踪…そんな言葉を見ると、連想して心配してしまうのは、自分の大事な妹の事。

    …彼女は、元気だろうか。

    …ふと、考えを巡らせ、あまりにも突拍子もない心配に小さくため息を吐く。…どれだけ心配したところで、確認が取れなければどうしようもない。


    …なにより、連絡を断っているのは自分の方だ。


    …彼女には、まだ暫く会えない。どれだけ大事な家族であっても…大事だからこそ会えない。

    …あの日、彼女に告げられた言葉。

    …きっと、気の迷いだとは知っている。知っているが…その迷いが、彼女の人生に影響してしまったらと、思うだけでゾッとする。


    だから自分は…


    …はぁ、と被りを降ってため息をもう一つ。身支度を整える。さし当り今日は直帰。早く帰って疲れを取りたいと思いながら派出所をでた少し先。

    建物の影に、街灯の影に溶けるような大きな人影がこちらを待ち構えているのが見えて、思わず身構えるも、見覚えのある姿に思わず声が漏れた。


    …赤茶けた髪と、記憶よりはだいぶ大きな体躯と。それでも変わらない横顔とセブンスターの煙。


    「…等、活…?」

    「…よぉ。生きてたか。」


    呼び掛ければ燻らせていたタバコを地面に吐き捨て、物騒な返事が自分を捉える。

    …そこに佇んでいたのは、中学、高校と学び舎を共にした友人だった。親友と言っても過言ではない相手。

    …懐かしさに一瞬顔が綻ぶも、すぐに気まずくなるのは、そんな親しい相手であるにも拘らず、彼女と連絡を断つ過程で、高校の卒業と同時に連絡を一方的に全て絶ってしまったことを思い出したから。


    「…あ、の。久しぶりだな?えっと…」

    「…4年。」

    「まじか、そう考えると、ほんと……久しぶりだわ…はは…!」


    乾いた笑みと、下手な返事を返しながら相手に近づく。…元気だったか、今何をしてるのか…聞きたいことは山ほどある。…何より、今まで連絡一つ取れてなかったことも、謝りたかった。

    俯いたまま、ふと過る疑問。

    「…お前、そういえばどうしてここに…、…え?」



    顔を上げた自分が最後に見たのは、その相手が棒のようなものを振り上げる瞬間で。

    避けることもできないまま自分の頭部に振り下ろされたものが特殊警棒であったとか、瞬間頭を庇うことも出来ずに吹っ飛ばされた情けなさだとか、相変わらず化け物みたいな力だなぁなど考える余裕もなく自分の意識は朦朧となる。



    「…くたばるなよ?とっておきの客がお前を待ってるんだからよ。括。」



    囁かれた言葉の意味もわからぬまま、頭部から流れる生暖かい錆鉄の香りを感じながらワゴン車の荷台に放り込まれたところで完全に意識が途絶えた。



    ++++++++++++++++++++++++++++++++++++





    「…如何でしょう?ご提案のプランは。」




    どこかぼう、と霞んでいく頭の中に目の前の美しい男の声が染み込んでいく。


    「貴女はお兄様の世界から消えたいと仰るが…貴女の思いを理解されることもなくただ消えてしまうのはあまりにも…許せない筈だ。…貴女の苦しみを、想いを、お兄様の中に刻むのです。」

    「…き、ざむ…」

    「…そう。刻む。消えないように。お兄様の記憶の中に貴女が永劫、残り続けるように。灯る火を眺めただけで、貴女を思い出すように。深く深く、刻みつける。その為に…先程のプランをご提案させていただきました。…」

    「………」

    「…不安も、御最もです。…貴女に直接ご確認頂けないことがこのプランの唯一のデメリットですから。…しかし、僭越ながら私は人の心を掌握する仕事に従事しておりました身。その技術をすべて駆使して…貴女の願いを叶える為に、全霊を尽くすと誓いましょう。」

    「………」

    「……貴女の献身一つ。予定されていた死をお借りする事で…お兄様を貴女だけのものにして差し上げられる。貴女が死んだ後もきちんと私どもがそれを証明しましょう。貴女の想いの成授も。…復讐も。貴女が、安らかに眠れるように。」


    冷たい手が私を撫でて、その端正な顔が微笑むだけで、もう何も考えられなくて黙って頷いてしまう。

    …何より、彼の提案はとても素晴らしいものだった。彼の言葉に従うだけで、私の中に淀むもの、恨みも未練も綺麗に収束するのがわかる。

    憎くて、辛くて、愛しくて、離したくない兄さんを。永久に私だけのものにする最高の、プラン。


    「それでは依頼のご確認を。…これより弊社一同の手で貴女のお兄様への想いを処理させていただきます。貴女のお名前は黒縄掬。お兄様のお名前は…黒縄括。彼の世界に、貴女の存在を刻みつける。…貴女の貴重な死を用いて。…未来永劫、彼が貴女以外をまともに愛せないように。」

    「………はい。」

    「…依頼料については、貴女の身辺を整理させて頂く際に遺品を現金に返させて頂く形でお受け取りしましょう。…碌なものは何も残ってない?…いえ、いいんです。この依頼は半ば、貴女とのご縁で僕が受けた仕事ですから。何も…そう、何も気にしないで、大丈夫。」


    彼が手元で書き上げた一枚の書類を、私の目の前にそっと添える。


    「では。契約書にサインを。」


    …重たくて軽い万年筆を手にとってサインをする…

    直前、一つの惨忍な考えがまるで、爛れた脳を切り拓く錆びたナイフのように、差し込まれる。

    手を止めた私を促そうとする彼に私は震える声で尋ねた。



    「あの…ひとつだけ…プランを…変更することは…できませんか。」

    「…変更、ですか。」



    震える声で、願いを喉から絞り出せば、不思議そうに彼が小首を傾げる。



    「…不可能では御座いません。しかし…少しだけ理解しかねる。…その理由をお伺いしても?」


    訝しむような顔の相手に、ゆっくりと自分の願いを告げる。一言一言、絡まる糸を解くように。

    …私の本懐を理解したのであろう彼の口元が、少しづつ三日月の形へと歪んでいく。先程の微笑みとは違い、獲物を弄ぶ猫のような笑みであったけれど、そんなことは、もうどうでもいい。


    「…貴方はやはり、弊社で依頼を受けるに相応しい方だ。…プランの変更を承りました。叶えて差し上げましょう。貴女の、その願いを。」


    その言葉ににこりと笑みを返して、手元の、戻れない地獄行きの書類に自分の名前を綴る。






    なにも、こうかいは、ない。







    「依頼、成立。それでは参りましょう。
     …阿鼻叫喚の地獄へ。お兄様を伴って。」
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