脱兎!雪だ!
雪が降った!
雪が降った!
天気予報に見え隠れする雪だるまがやっと白い雪を降らせた。
12月も半ばを過ぎた22日。想い人である伏黒恵の誕生日を祝うため、狗巻棘はどうしても雪が降ってほしかった。
降り始めた雪は弱弱しく、かすかに積もった雪を集めて小さな半球を作る。用意しておいた南天の葉を2枚差し、赤い実を2つ埋め込めば小さな雪ウサギの完成だ。
バケツに用意した南天は授業でのランニング中に敷地内で見かけたものだ。勤勉な伏黒はやれ冬の季語だの喉飴の材料になるだのと高説を垂れ、最後に脱兎の目みたいだと優しく笑った。その時に狗巻棘は決めたのだ。今年の誕生日には南天で作った脱兎を贈ろう。雪の少ない東京で誕生日に脱兎の群れを贈れたら、ついでに告白してもいいかもしれないと。
空を睨んで【雪よ降れ】と願いを重ねた功績だろうか、雪ウサギが1つ2つと増えるにつれ、雪の降りも強くなってきた。粒の大きなボタン雪が狗巻の頭を白く飾った。
妙に静かな深夜0時。エアコンだけでは足りないような足元から上がってくる寒気にそろそろ布団に入ろうかと伏黒が文庫本を閉じた頃、「クシュン」と野外から盛大なくしゃみが聞こえた。
慌ててカーテンを開くと一面の銀世界。そして、脱兎に見紛う雪ウサギの群れ。どういうことかと目をみはれば視界の端で明るい色の髪が揺れる。白い息を吐き、嬉しそうに笑う狗巻はもう一度大きなくしゃみをした。
どうしてこうなった。
狗巻は目の前でシュンシュンと霧を噴き上げる加湿器を前に口にくわえた体温計をふらふらと揺らした。その身を包む暖かいスウェットもふかふかのベッドも暖かい部屋も、後輩である伏黒の物だ。
寒空の下、調子に乗って雪ウサギを作っている間に風邪をひいてしまったらしい。伏黒に見つかった途端、着替えさせられ、布団に詰められ、熱だ薬だ安静だと看病が始まってしまった。想い人に構われる面映ゆさに頬を緩めながら、それでもせっかく作った脱兎の群れの感想くらいは聞いておきたい。何やらキッチンで作業している伏黒に声をかけ、窓の外をもう一度見てほしいと願った。
「見ましたよ。雪ウサギの脱兎がたくさんでうれしいです。先輩が一人で作ったんですか」
「ひゃけ」
喜んでもらえたならうれしい。告白のタイミングは逃してしまったけれど、それはまた次の機会にしよう。
「パンダ先輩や真希先輩は手伝ってくれなかったんですか?」
「おかか~」
誘ってないよ。
「虎杖や野薔薇に手伝わせてもよかったんじゃないですか」
「ツナツナ」
一人で作りたかったんだ。
「……どうして一人で作りたかったんですか」
「ふふ。高菜。めんたいこ!」
恵を喜ばせたかっただけだし。
伏黒は無言でベッドサイドに戻ると枕元に小皿を置いた。
「これは俺からの脱兎です」
行儀よく並んだリンゴのウサギに喉が渇いていたのだと手を伸ばすと、急に伏黒が覆いかぶさってきた。間近で感じる体温に心臓が跳ねる。慣れたはずの体臭に包まれ、胸が詰まる。
「どうしてここまでしてくれたんですか」
耳元に響く低い声が脳の神経をじりじりと焦がす。
「どうして一人で俺を喜ばせたかったんですか」
吐息が耳に触れて、背筋がびりびりと震える。
「俺のことが好きなんじゃないですか」
驚いて見上げると真っ赤な顔が見下ろしていた。
「・・・」
口をついた返事は声にならなかった。
「俺も好きです」
かすかに触れた唇から伏黒は狗巻へプレゼントを贈った。