またあの時をキスをしてとある森に虎杖家という普通の家族が住んでおりました。
虎杖夫婦は子どもを欲しがっていましたが子どもを授かる前に母親が亡くなってしまいます。そこに突然現れた羂索という魔女が母親の脳を乗っ取り、あろうことか男の子を出産したのです。
その子どもは悠仁と名付けられました。
悠仁は人よりも丈夫でとても元気な子でしたが、もっとおもしろい存在にしたいと企んだ母親(以下羂索)の策略によって血を分けた兄たちと戦わされることになったのです。
この、常軌を逸する羂索の言動を怪しんだ祖父と父親は邪魔者として毒殺されてしまいました。
悠仁はなにも知りません。
自分以外に兄弟がいることも知らされておりません。
同時に他の兄弟たちも腹違いの弟がいるとは知りませんでした。
ある日、狩人だという二人組を相手にした悠仁は初めて人を殺めてしまいます。
悠仁はとてもショックを受けましたが正義感の強い子だったので、森に住む者たちを脅かす存在として狩人たちを返り討ちにするのでした。
「俺の弟たちを殺した奴がいる」
「虎杖悠仁と言うそうだよ」
羂索に聞いた特徴を元に、殺された弟たちの仇を討つ為に凄腕の狩人である長兄の脹相が動き始めました。
「虎杖悠仁!!弟の仇!!!!」
森の中では目立つ髪色をもつ悠仁は間もなく脹相に見つかってしまいます。
悠仁は己の膂力に自信がありましたが、今まで相手してきた狩人とは異なる初めての敵に苦戦します。
奇妙な飛び道具を駆使する脹相によって深い傷を与えられた悠仁は死闘の末に気絶してしまいました。
木にもたれかかる悠仁にトドメをさそうとした瞬間、流れてきた血によって虎杖悠仁は自分の弟だと理解った脹相は目下の光景と脳内に流れ込む情報に狼狽えます。
脹相は、羂索に騙されて兄弟同士で殺し合いしてしまったという事実にひどく錯乱し、よろめきながらその場を離れました。
深い森の奥に一人残された悠仁のところに漏瑚という小人が通りかかりました。
漏瑚は兄弟同士の殺し合いが行われていたとは知らずに、森の中を元気に走り回っていた悠仁が別人のように虫の息だったことを不思議に思い、自分たちの住処へ運んで宿儺の指を与える事にしました。
"宿儺の指を食べれば力がみなぎってくる"
小人たちの世界ではそう言い伝えられていた宿儺の指でしたが人間には猛毒で、さらには意識を失っている人間にものを飲ませることは非常に困難だとは知らず、悠仁の喉に指を詰まらせてしまいます。
元気づけるつもりが悪名高い魔女の息子を昏睡状態にさせてしまったことに追い詰められた漏瑚は仲間の小人たちに助けを求めます。
小人たちに伝わる古い文献にはこう書かれてありました。
『真実の愛のキスによって毒は取り除くことが可能である』
──真実の愛とは何なのか。
漏瑚率いる小人たちは悠仁の母親であり魔女の羂索に包み隠さず経緯を話しました。
「で?だから何?はぁ〜つまらないねぇ」
脹相ごときに敗れた者には興味がないといった態度で羂索は森から去っていきました。
我が子への愛などそもそも無かったのです。
悠仁を愛する者はこの世にいないのか…小人たちが諦めかけたその時、恐ろしい形相をした脹相が小人たちの住処に押し入ってきました。
「どけ!!!俺はお兄ちゃんだぞ!!!」
狩人が何故ここに!?
魔女の呪いだ!殺されてしまう!とパニックになった小人たちは散り散りになって去っていきます。
やがて脹相は未だ目覚めない悠仁が横たわるベッドを見つけました。
悠仁が弟だと分かったあと脹相は現実を受け止め、頼むから生きていてくれと切に願いながら悠仁と思われる微かな血のにおいを頼って広大な森を探し回っていたのです。
森に住む小人がやたらと騒がしかったのを不審に思い、尾行したことで再び悠仁に会うことが叶いました。
しかし、
「悠仁…俺のせいでこんなことに…」
血の気のよい悠仁の健康的な肌色も今や脹相よりも青白く、赤で濡れた血だけが脹相への罪を突き付けるように際立っていました。
小人たちの話を盗み聞きしていたとはいえ、キスで毒を取り除くことができるという話は聞いたことがありません。
さらには猛毒とされる宿儺の指を解毒できるものなどこの世に無いと言われています。
「今助けてやるからな」
弟第一の脹相に躊躇などありませんでした。
自らが宿儺の指の猛毒に当たろうとも構わない、ただ助けたい一心で脹相は悠仁へ口付けをします。
それはとても長く、深い、深いものでした。
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やがて脹相の鼻筋にある一線の呪印からたらりと血が流れ出し、二人分の体液が交わり溢れ出ようとする悠仁の唇へ溶け落ちました。
すると、
ごくん。
口付けによる唾液や溶け出した血液が潤滑となり喉に詰まっていた宿儺の指はするりと悠仁の腹へおさまったのです。
「ん……ぅ………?」
鼻にかかったような甘い声音を発しながら身じろぐ悠仁の気配を察して、おそるおそる目を開けた脹相の目の前には長い冬眠から覚めた動物のような琥珀色の大きなつり目がありました。
「お前ッ!!!!何すんだよ!!!?!!」
目覚めた瞬間に自分を殺しかけた相手が目の前にいたら、それも息がかかるほどの距離にいたら驚くのも無理はありません。
悠仁によって突き飛ばされた脹相でしたが背中の痛みよりも悠仁のことが気掛かりでした。
「悠仁!!体は大丈夫なのか?毒は?気持ち悪くはないか??」
「それ以上近寄んな!妙な真似したら次こそ」
興奮した熊のように毛を逆立てる悠仁をこれ以上刺激しないように敵意がないことを、羂索に騙されて兄弟同士で殺し合いをさせられていたということを、悠仁が眠っている間に起こったことを脹相は順を追って慎重に話しました。
やがて、落ち着きを取り戻した悠仁は襲われた際にできた傷が塞がっていることに気が付きます。
目の前の男が言った小人たちの話によれば、宿儺の指の効能は取り込んだ者に力を与える反面、猛毒により人間を死に至らしめるというものでした。
『真実の愛のキスによって毒は取り除くことが可能である』
実際に悠仁の体には毒による影響がないことと、原理は分からないものの自らを「お兄ちゃん」と名乗る男の愛あるキスに助けられたからだと納得しました。
途端に悠仁は気まずそうに小屋の外へと歩き始めます。
「…助けてくれてあんがと。話は分かった、今から羂索をぶん殴りに行く」
「俺も行く」
「ついてくんなし!!」
「悠仁は恥ずかしがり屋さんなんだな」
「……お前の名前は、なんていうんだよ 」
「脹相。お兄ちゃんと呼んでもいいぞ」
はじめこそ奇妙な関係の二人でしたが、脹相による献身的な態度と真っ直ぐに注がれる愛情にやがて悠仁は警戒を解き、寝食を共にするほど信頼を寄せ、次第に情を受け入れるようになりました。
そんな二人の羂索を探す旅はそう長くもなく、各地で悪事を働いた羂索は乙骨という執行者に処されたと知り、二人は再び故郷の森へと戻ってきたのです。
「またあの時のキスをして」
ここは、深い深い森の中──
終わらない蜜月期を邪魔するものなどない森の奥で二人は末長く幸せに暮らしたのでした。
めでたしめでたし。
(完)