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    chabo_sen

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    chabo_sen

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    pixivに投稿済みのナツシン♀の続き。イベントの賑やかしに投稿したかったけど間に合わなかったので多分キリのいいとこまで…。

    ナツシン♀続き シンと外出した翌日、文句なしの成果をおさめて工房に顔を出した夏生を待っていたのは労いどころか罵詈雑言の嵐だった。
    「セバーソネザキさんとこ女連れで顔出したって?」
    「クソナツキの裏切者!!むっつりブキオタク!俺たちというものがありながらー!」
     人の口に戸は立てられぬ。自分がブキ科の連中にとって捨て置けない存在という自覚はあっても予想通りの流れに辟易する。
    「いや~ソネザキさんの勘違いですけど」
    「とぼけてもムダだぜ。ネタは上がってんだ!」
     そう威勢よく啖呵を切った先輩が掲げるタブレット端末の画面にはガンショップの防犯カメラと思わしき画像が映し出されている。
     といっても夏生とシンが俯瞰視点で向かい合っているだけなのだがお互い遠慮がないだけ距離が近く、こうして第三者目線になればそう見えなくもないというのがまたなんとも居心地悪い。
    (うわーだる…めんどくせー)
     心底嫌そうに顔を顰めていると野次馬していただけの現役学生達もタブレットに群がりだした。
    「金髪ギャル!?」「え~かわいくね?」「けっこうありそう」「拡大しろ拡大!」
     わいのわいのと回し見されるのは不快だがここで無理やり取り上げたりムキになって否定すれば火に油を注ぐだけ。このまま静観し、一過性の話題として消費されるのを待つのが利口だろう。実際何もないのだから。
     あくまで効率重視という名目で諦観を決め込むと、まだそこまで拗らせていない一年が興味深そうに首を捻る。
    「でも意外っすね~。セバ先輩こういう娘タイプなんすか」
     遠巻きの画像でも活発さが見て取れるスポーティーな出で立ちに短めの金髪。華奢ではないがメリハリのある健康体形。さすがに顔ははっきり映っていないため往生際の悪い生徒が加工アプリまで立ち上げ躍起になっていた。
    「これだけじゃよくわかんないよな~彼女の写真ないの?」
     研究員生である眼鏡の先輩からも揶揄うように振られ、うんざりしつつも指摘した。
    「だから彼女じゃねーし写真もねーっす。ていうか先輩会ったことありますよ。ほら、スラー襲撃事件の時に連れてきた暗科の」
    「え~?全然雰囲気が違……ってあっちの金髪!?」
     話を振られた先輩が真っ先に思い当たったのは晶の方だったがすぐにもう一人の存在を思い出した。何せ夏生の発明に振り回されてもへこたれず威勢を保っていた逸材である。インパクトはそちらの方がずっと強い。
     その反応にあの時工房にいた他の先輩達も戸惑い顔でタブレットをまじまじ見返している。
    「マジか~全然気づかなかったわ…」
    「つーかナツキお前女子相手にあんな武器触らせてたのか!?」
     糸目の先輩がこめかみを押さえて記憶を遡っていると強面の先輩が非難がましい声をあげる。そういわれても発端はシンが勝手に電気銃を触ったせいだし、そもそもアレを女子扱いされても夏生はまったくピンとこない。
    「まー頑丈なのが取り柄なんで」
    「耐久性で彼女選ぶの?」
    「うわっサイテ~!セバらしいっちゃらしいけど」
    「で、先輩どうだったんです?可愛い系?キレイ系?」
    「いや~どっちかっていうとイケメン系?」
    「ナニソレ……」
     適当な相槌を拾われて別方向から非難が飛んだが、取り付く島もない夏生に見切りをつけた生徒たちの矛先が目撃者である先輩達に向いたのはありがたい。
     さっさと自分の作業台へ逃げ、描きかけの製図を広げる。今日中に叩き台と呼べる段階まで進めたいのだがどうだろう。ぎゃあぎゃあとノイズの止まない空間にいやでも集中力がそがれ肩を竦めた。
    「いいな~俺も彼女欲し~」
     切実な呻きがそこかしこから響き出したところで予鈴が鳴り、学生らが座学へ向かったことで騒ぎはいったん収束した。
    「……だから彼女じゃねーって」
     まったく見当はずれの勘違いでこんなに盛り上がれるなんて本当におめでたい人たちだと、脱力気味にぼやいた。



     そう、夏生にとってシンは彼女なんてものじゃない。つまりシンにとっての夏生だってそんな大層な存在ではないというのに。
    (なんでこんなことになってんだ…)
     現在、夏生はシンの住まいであるアパートのリビングで客用と勧められたクッションに腰を下ろしている。
     発端としては坂本商店までシンを迎えに行った夏生だが、シンは一度帰って支度してから合流するつもりだったため帰路に同乗し、そのままお邪魔しているというだけで実にシンプルなもの。
     それなりの社交性と交友関係に恵まれた夏生は友人の家にあがるのはもちろん手持ち無沙汰に待つのだってはじめてではない。
     ただそれは同性に限った話であり、一人暮らししている異性の家でサァサァと響くシャワーの音を聞かされるのはワケが違う。少なくとも18歳の青少年にとっては。
     わざわざ予定を早めて顔を出した夏生のせいといえばそうなのだが、一応こちらは車で待とうとしたのだ。だというのにこのポンコツエスパーは夏生の気遣いなど意に介さず「茶出すから中で待ってろ」と半ば無理やり車から追い出し、家に入るなり夏生の前に二リットルのペットボトル麦茶とコップを並べ。
    「じゃシャワー浴びてくるから」
     それだけ言ってバスルームに消えてしまった。午前中は力仕事が多かったと話していたが夏生を家にあげるなら着替えだけでもよかっただろうに。
     赤の他人相手に不用心にもほどがある。まして同世代の異性でもあるのだが、こんな気のない態度ひとつとってもまったく意識されてないのがわかった。脈がない、どころかただの屍である。
    (だからそんなんじゃねーって)
     ブキ科の先輩達に散々冷やかされた記憶が蘇り、なんとも釈然としない気持ちでシンと会う時は常備している脳波遮断フードをすっぽり被る。
     確かに今日は日差しが強いし車内で待つのは厳しかったかもしれない。そう少しでも自身を納得させようとベランダへ視線をやればヒラヒラと風に靡くシルエット。乾くのを待つ衣服ひとつひとつを脳が判別してしまう前に視線をテーブルに置かれた麦茶のラベルに無理やり戻す。ノンカロリー飲料の成分表は実にシンプルだ。
    (2…3…5…7…11…13…17…19…23……29……)
     本当にそんな気は一切ないのだがなんとなく素数など数え始めたのに、時おり止まってはまた響くシャワーの、何らかの動作を思わせる水音の生々しさが18歳の思考を阻害する。
     大人しく携帯で動画でも眺めていようとテーブルに置いたカバンに手を伸ばし、そのカバンごしになにやら視線めいたものを感じた。視界の奥に佇むのはラックに並ぶ写真立ての群れ。
     それだけなら気にも留めないがその中の一番大きな写真、恐竜の被り物を身につけキメ顔をするシンと坂本太郎の姿は見たことなくても覚えがあった。
    (確かラボの…)
     シンが過ごしたラボの表の顔である科学博物館。そこの記念撮影で撮られてる写真、だったはず。観光価格もいいとこだったため買うバカいるの?と疑問に思って覚えていたのだが、そのバカがここに居たという事実に笑えてきた。
     それになんとなく気がよくなって立ち上がる。ノリノリでポーズをとる恐竜人間コンビの手前にも普通サイズの写真立てがいくつもあった。
     坂本の家族と遊園地にいる写真。同僚の少女と中華街で派手な帽子をかぶっている写真。ラボで撃たれたスナイパーとトロフィーを手に肩を組んでいる写真。etc…。
     近しい人間との写真達はどれもがバカ丸出しの笑顔で、坂本家との写真は本物の家族のように見えるし、少女との写真は姉妹のようで、スナイパーとの写真は、どうみても男の出で立ちだから男友達がいいとこだろう。
    (連中との写真ばっかだな)
     恐らく坂本太郎の元で一般人になってからのものしかない。プロの殺し屋が残したくなるような思い出なんてそうそう作れるものじゃないし、家族が大切なんて家ぐるみで物騒な稼業に就いている夏生だってわかる。成人してようやく手に入れた『これ』が今のシンにとっての大事な繋がりなのだろう。



    (なんでこんなことになってんだよ)
     一方浴室でシャワーを浴びているシンも夏生とまあまあ似通ったベクトルで頭を抱えていた。
     夏生を待たせて浴室に入るまでは何も感じていなかったのだが、いざ無防備な姿で体を洗いはじめると自室に誰かの気配があるという状況が妙に気になりだしてしまう。これまで自宅に招いたことがあるのはルーくらいだし、あの時はお互い泥酔状態だったため早々と雑魚寝して終わった。
     元殺し屋という経歴から他人の気配をつい意識してしまうシンだが、警戒ついでに心を読めばそれなりに安心できる。だが今回は相手が悪い。
    (セバの奴、フード被ってんな…)
     例の遮断フードを身につけているらしい夏生の思考は全く流れてこない。気配は感じても読めないという状況はあまり遭遇したことがなく、それがシンのテリトリーで起きているというのがより落ち着かなくさせた。
     JCCでの一件で夏生からシンへの敵意や害意がもうないのは理解している。今日だってシンの誘いを受けてくれる流れでわざわざ出向いてくれた。お世辞にも性格がいいとはいえないひねくれ者だがシンにとっては信頼に足る友人、なのだ、多分。
     向こうがどうかは知らないが少なくともシンはそう思っているはずなのに、その夏生の存在に今は焦りめいた居心地悪さを覚えてしまう。呼び出した自分がそんなものを感じていることに自己嫌悪を覚え、もやもやとした何かを濯ぐように熱いシャワーを頭から浴びる。流れ落ちた泡が薄く弾けながら排水溝へ流れていくのを見送り、大きなため息を水音に紛れさせた。
    (まーフロ出りゃいつも通りだろ)
     そう結論付けて浴室を後にする。ドライヤーの最大風量で手早く髪を乾かし、脱衣所にあらかじめ用意しておいた服を身につける。
     シンプルな白のブラウスにハイウエストのキュロットスカート。スカートなど進んで買わないシンだが先日ルーと行ったカンフー映画のついでに連れ回された折、色違いを勧められ購入したブツである。
     また彼女と出かける時にはいてみるかと考えていたが、商店は少人数で回しているためなかなか休日が合わず今日までタンスの肥やしになっていた。それがこんな所で役に立とうとは。
     シンとしても動きやすい普段着の方が落ち着くし妙な手合いに絡まれることもなくなるので都合がいいのだが、今日のところはしかたない。申し訳程度の化粧に古傷隠しのハイソックスを合わせればまあそれっぽく見えるだろう。



    「何してんだよ」
     夏生がぼんやり写真を眺めているうちに身支度を終えたシンが出てきた。
     なにやら一端の、女に見える服装を横目に認め、そこに関心めいたものを覚える前にそそくさと視線を戻す。つられて夏生の視線を追ったシンはその先にある被り物師弟写真に頬を緩めた。
    「カッケーだろこの坂本さん」
    「いや、この写真買うバカ居るんだなって」
    「てめー!」
     夏生の憎まれ口に悪態こそついたが最早二人にとってこの手のやり取りは反射のようなもので、シンは気にすることなく写真撮影を勧められた件を語りだす。
     なんともどうでもいい話を惰性で聞いてやっているので相槌もひどく適当だ。だが当のシンは思い出話ができることそのものが楽しいらしく特に気にする様子もない。
    「これ懐かしいなーシュガーパーク?だっけ。この時のハナちゃんこんなに小さかったんだな」
    「……こういうとこ好きなの?」
     商店に身を置いて間もない頃の思い出に目を輝かせたシンに、夏生が世間話のていで口を開く。
    「いや好きっていうか坂本さんの所に来てなかったら絶対行かなかっただろうし……まあどんでん会に襲われたりとかいろいろあったけど楽しかったぜ。今度いったら普通にジェットコースター乗りてーな」
    「絶叫系なら○○がスゲーの揃ってるけど」
    「へーセバもそういうとこ行くのか。あ、そうそうこっちは平助と参加したサバゲ―大会なんだけど…」
     シンの年齢や性格を考えれば低年齢向けアトラクションが多いシュガーパークより楽しめそうな施設はいくつかある。その中で思い浮かんだひとつを口にするとシンは意外そうな声で夏生を見上げたがそれだけで、すぐ他の写真に話題を移していった。
     エスパー&スナイパーコンビにかかれば完全にヌルゲーだったという自慢話を聞き流しながら、夏生はひどい肩透かしを食らった気分になる。
     生まれも育ちも裏社会寄りの人生だが、交友関係はメリット次第で取捨選択できるくらいには恵まれている。その中で関わってきた同世代の異性ならばさっきの夏生の口ぶりを誘いと解釈して食いついてくるのが常だった。もちろん大抵その気はないので適当に濁すだけなのだが、内心そんな反応を予想していた夏生はシンの素っ気ない態度に拍子抜けした。
     だってそういう遊びがしたいという口ぶりなのだからそう反応すると思うだろう、だからわざわざ口にしたというのに。そこまで考えてシンという人間の我欲がひどく希薄であることを思い出す。
     この写真達だって大抵は誰かの都合や希望に合わせたものだろう。今日の用事とやらも誘いはシンの方だったが行き先は夏生の趣味を汲んでいる。家訓の人助けなんてお為ごかしを抜きにしてもこの有様だ。極端な生い立ちからあらゆるものが新鮮で楽しめるという性質ありきとはいえ難儀なもの。『行きたい』の一言でもあれば夏生だって相応の返事はしてやれたというのに。
    (いやいやいや、そうじゃねーだろ……)
     これでは夏生がシンに何かしてやりたいみたいだ。そもそも他人に合わせるなんて夏生のガラじゃないし、そうしてやってもいい特別なんて家族くらいのもの。
     それに夏生にとってシンがそうでないように、シンにとっての夏生だってそうじゃない。だからシンの反応こそ正しく、はなから気をつかうことそのものがお門違いなわけである。考えなくてもわかるような結論に手間取る夏生自身の思考がわからなくて、ふと昼食がまだなのを思い出した。
    「……腹減ったな」
    「そーだな。適当に食ってこうぜ」
     ぼんやり空いた小腹にうやむやごと押しつけてぼやくとシンは朗らかに同意する。人の気も知らないでと内心吐き捨て、そこでようやくフードを脱いだ。



     目的地に併設されたファストフード店で遅めの昼食を済ませながら展示場の入場券を受け取る。いくつかの大学の工学部によって設けられた展示会は企業や専門学生向けのもので、招待ありきのチケット制だった。
     誘われた時点ですぐに詳細を確認し、なんでシンがそんなものをと疑問に思ったが展示には興味あるので黙っていた。とはいえ実際に入場券を受け取ると単純な疑問が口をつく。
    「店の常連から貰ったんだけど、なんか、ノルマみたいのあるっていうから……」
     なんでも常連の大学生から招待枠の消化に来てほしいと頼まれたという。また人助けかとゲンナリしたが、どこか歯切れの悪い物言いが気にかかった。
    「そいつ男?」
     半ば確信しながら突っ込んでみるとシンはドリンクのストローを咥えたまま小さく頷く。
     工学部なんてブキ科ほどではないにしろ野郎率が圧倒的に高い。想定通りの答えではあるが、なにやらバツの悪そうな顔をしているシンをじっと眺めているとやがて根負けした様子で深々とため息をついた。
    「その人に挨拶したらセバの好きに回っていいから」
     投げやりな言葉といつになく女らしい服装に、何となく察してしまった。

     会場は大学が主催なだけあってか私服姿の学生も多く、完全部外者の二人が浮くこともない。
     件の人物はモニター関係の展示ブースで作品のデモンストレーションや解説を担当していた。赤みかかった茶髪の青年は来場者にパンフを配ってはスライドを操作して何やら説明している。やがて人のはけたタイミングを見計らってシンが近づくと青年は露骨に顔を輝かせた。
    (わかりやす…)
     こんなのエスパーじゃない夏生にだっていやでもわかる。そしていつもの調子で挨拶したシンが夏生を指し示すと青年は当惑した様子で会釈してきた。明るかった表情は見るからに強張っており、さすがにここで追い打ちをかけるほど性悪でもないためご愁傷様の意をこめて軽く頭を下げると、シンはそのまま何言か交わしてから足早に戻ってくる。
     夏生に肩が触れるギリギリまで近づいてから「じゃーな」と陽気に手を振った。それを横目に踵を返すとシンも大人しくついてきてなんとなくむず痒い。そんな自分達を彼がどんな目で見送ってるか、確かめたいとは思わなかった。


    「常連減らしたなー」
     別のフロアへ移動したところで夏生の方から口を開くとシンは苦々しそうに顔を顰めた。
    「お前があんな遠回しなお断りすんの、意外」
     脈アリなら異性を連れてはこないだろう。しかもわざわざ『デート』らしい服装までしてきたあたり、シンは最初からそのつもりだったのだ。
    「仕方ねーだろ。向こうが何もいってこないんだから。俺はエスパーだからあなたの気持ちは知ってますけどごめんなさい、なんて言えるかよ」
     シンにも罪悪感はあるようだが言い分としてはもっともである。
     他人の思考が読めるということは自身に向ける感情も筒抜けだ。それが単純な恋情の類であればまだマシだろうが、異性の下心に晒される感覚というのはさすがに想像もしたくない。
     手っ取り早く諦めさせるため工学関係に興味があってそれなりに空気が読める夏生に白羽の矢が立つのも理解できた。普段は商店に寄りつかないおかげで真偽の確かめようがないという点でも都合がいいだろう。
     うまいこと利用されたのは理解したが先日の件もありここはお互い様といえる。そのせいか悪い気はしなかった。
    「確かに。ハッキリしねー奴が一番タチ悪いしな」
     慎重派なのか草食系なのか知らないが、よりにもよってこのくそエスパーを選んだのが運の尽き。それにしてもブキ科の先輩達といい世の中もの好きが多すぎる。さっきの青年だってあの展示を一人で切り盛りするだけの能力がありそれだけ期待もされているはずだ。
    「アイツ真面目そーだしまともっぽく見えたけどなー。やっぱりデブ専?」
    「殴んぞ」
     からかい混じりに穿ってみるとシンはジト目で睨みながら握りこぶしを作る。
     シンにとっての坂本太郎が憧れや敬慕の対象であることはこれまでの長くない付き合いからも察している。ありえないと知りながら口にしただけの軽口に、シンは緩く首を傾げて続けた。
    「なんつーか、まだそういうの考えたことねーし、坂本さんも俺くらいに葵さんと出会ってその、一目惚れ?だったっていうから……俺も縁があればそんな相手に会うんじゃねーかなーとか」
     シンには似つかわしくないマジレスに言葉を失う。驚きではない。そんな所まで坂本リスペクトかと鼻で笑えばおしまいな話なのに、唐突に吐露されたシンの恋愛観に思考が回る。
     あの青年には一目惚れしていない、だから断った。それはきっと他の人間にも言えることで、仲間としてつるんでるスナイパーも、編入試験で知り合った弟も、もちろん夏生に対しても。
     シンに対してそんなつもりはないと再三否定し続けてきた夏生だが、ここにきて相手も同じであるとはっきり理解する。
     別にシンが夏生に対して気がある可能性なんて考えたことすらない。お互いに最悪だった初対面をそれなりに昇華して、都合のいい、気の置けない、友人…と呼ぶのは薄ら寒いが友好的な関係を保っていく。そんなものだと思っていた。だから何も問題はない。何も変わることはない。なのに。
     唇が冷える感覚と共に薄ら汗がにじみ出る。喉奥がひりついて、思うように声帯が動かない。
    「……はー、ロマンチック似合わねー」
    「うるせーな。わかってるよ」
     吐息ごと絞り出した声に力はなく、気の抜けた呆れ声に聞こえなくもない。おかげでシンはチッとガラの悪い舌打ちを零すと照れ隠しのようにパンフレットを広げる。
     夏生が聞きたがっている講演は最後の枠だからまだ時間があり、目当としてるブースも多くはないため午後だけで回り切れるはずだ。
    「じゃこの辺から見てくか~。センサーがどうとか言ってたよな」
    「おー」
     シンの指し示したポイントに頷いて背中を追う。そこからの記憶はなぜかあやふやで、事前にチェックしていた軽量化と小型化に関する講演もいまいち頭に入らない。どうせわからないんだから別行動してろと言ったのに、わざわざついてきて早々と眠りの世界へ旅立ったシンの安らかな間抜け面がひどく気に障った。
     最後まで心ここにあらずのまま講演は終わり、講堂がザワつきだしたところでようやくシンが目を覚ます。
    「……んー…終わった?」
    「ご清聴ありがとうございました、だって」
     たっぷり嫌味を含ませていうとシンは恥ずかしそうに頭を掻く。左側頭部についた寝ぐせが目について、手を伸ばしてやろうかどうか考えているうちにシンが立ちあがった。
    「じゃーなんか食って帰る?変なこと付き合わせたし奢ってやるよ」
     愛想笑いで露骨に機嫌を取ろうとするシンにわかったうえで乗ってやるのが普段の夏生だが、今ばかりはいつものノリで笑いかける態度が気に入らなかった。
    「いや、いい。早いとこ仕上げたいヤツあるから」
     すげなくあしらい、携帯で交通機関の時間を確認する。定期便の発着場とシンの自宅は反対方向、誘ってきた学生の目がある可能性を考え最寄りのバス停で解散の運びとなった。
     道中軽口を叩く気も起きない夏生にシンは講演の感想なんかを聞きたがったが、ろくに頭に入らなかった手前何もいえず「どうせ言ってもわかんねーだろ」と誤魔化した。
     口にしてから突き放すような物言いになっていたことに気付いたが、シンにはきっと響いていない。現に別れ際も「またな」と能天気に笑っていた。
     遠回しに振った学生のことも、夏生に与えたささくれも、シンにとってはどうでもいいことなのだ。何も変わりはなしない。夏生だってそのつもりのはずでいたのに。

     寮に戻るなりシャワーも浴びず自室のベッドに横たわる。今日は歩いただけなのに倦怠感がひどい。工房に顔を出す気にもなれず、ぼんやり電灯を眺めながら浮かぶのはシンの言葉だった。
     一目惚れ。確かに第一印象は大事だ。夏生だって最初から面倒そうだと直感した相手とはなるだけ関りを持たないタイプである。そういう意味では最悪だったシンとワケありとはいえ関わり続けているのがそもそもおかしい。
     向こうはすっかり友達気分のようだが夏生はまだシンの置き所を決めあぐねている。極端な話ここで切ってしまってもいい。真冬やグローブの存在はあっても所詮は他人、元々利害関係から繋がった仲である。希薄になれば勝手にフェードアウトするだろう。
     そこでメッセージアプリが音を立てた。小刻みに三回鳴ってからノロノロ手に取ると着信欄にはシンの名前。
    『お疲れー今日は助かった』
    『今度なんか礼するからな!』
     ありがとうと尻尾を振る柴犬のスタンプで締められたメッセージ欄を眺め、はぁと重い息を吐く。
    (既読つけちまった…めんどくせ)
     携帯を力なくベッドに放って仰向けだった体を横向きに倒す。メッセージ画面が開かれたままの携帯を睨み、つい反射で開いたことを悔いてももう遅い。このタイミングじゃ既読はバレてるだろうがすぐに返信するだけの気力もない。ならもうこのまま無視でいいだろう。
     さっきまでそんなことばかり考えていたはずなのに、夏生の賢しい頭は課題スケジュールや実習の日程から次に会える日時を勝手に割り出していた。
    (いや、なんでだよ)
     ちぐはぐな思考に渋面を浮かべ、のっそりと上半身を起こす。携帯に映し出される柴犬のスタンプをぼんやり眺めていても矛盾は晴れない。そもそもいつかの買い物のように理由さえなければ夏生がシンと関わる必要はないのだ。
     あれから今日までに幾度か会う機会はあったが、それも誘いがどうの借りがどうのいう曖昧さで理由らしい理由はない。夏生にとって必要かそうでないかでいえば後者であるはずだ。
     島外に出るコストや時間を加味すればデメリットが大きいのは明らかだというのに、そこまでして顔を合わせる理由を考えなかった。まあ一緒に居て不快ではないし、エスパーも使い方次第では便利だし、まずシン自体が扱いやすい。だから友好関係を保ってやるのはやぶさかでないと甘く見積もってやっていただけのこと。
     ならばここで無理に切る必要もなく、これまでの通り都合が合えばつるむだけでいいのになぜそれに躊躇いを覚えてしまったのか。
    (だって会ったところでなあ)
     シンにその気はないのだと、思いがけず知らされた事実が頭を過り、ここでそいつを引き合いに出した己の思考にゾッとする。まるでその気を期待して会っていたみたいだ。ありえないと頭ごなしに否定しようにも、その可能性に気付いた瞬間燻っていた矛盾があっさりとほどける。
    (えーマジか、サイアク……)
     胸中で毒づき、もう一度シーツに身を投げる。自分があのくそエスパーに懸想していたという事実はもちろん自覚したタイミングも最悪だ。違うそうじゃないと無意識にフタをし続けた挙句、ようやく認めたこの期に及んでなお苛立ちが先に立つ。
    『ハッキリしない奴が一番タチ悪い』
     俺じゃねーかと昼間口にした言葉が盛大なブーメランになって返ってきた。
     とはいえアクションを起こして遠回しに意思表示されただけあの青年の方がマシだろう。こちらは失恋と呼ぶのもおこがましい。
     だって初対面からあのザマで、単純バカで、口が悪くて、手が早くて、不器用で、色気もなくて。発明バカな夏生の中にも漠然と形成されていた異性のタイプとやらには到底そぐわない。夏生の器量なら多少の選り好みはできる自覚もあるし、もっと扱いやすくて楽な相手はいくらでもいるのだ。
     そうやって否定する材料を並びたて、無価値だ不要だと納得しようとする己を俯瞰して虚しくなる。
    (なんかこういう話あったなー)
     すっぱい葡萄だ。手に入らないものに文句を垂れて蔑んで、自分には要らないものだったと思いこむ。自身の無能に目をそらした負け犬の詭弁。理系思考で何事も一歩引いて観察してしまう性分の夏生はこんな時まで淡々と自己分析してしまう。
     いじましい現実逃避を自覚して、背を丸めるようにうずくまる。悲しくて涙が出るとかショックで言葉が出ないとか、そういった感情はない。ただただ悔しい。
     合理主義の夏生だが反面負けず嫌いなふしもある。脳波遮断フードだってそう。エスパー能力を封じていればラボの敗北はなかったという悔しさひとつで世界に二人といないエスパー対策をわざわざ講じてしまった。原因であるシンと予期せぬ再会を果たしたおかげでこの発明はそれなりの功を奏したわけだが、こうなってはそのくそエスパーに二度もしてやられたように感じる。
     無論シンにそんなつもりはないだろう。だがその鈍さに腹を立てる身勝手な己も居た。シンの家で遊園地の話を振った時だって予想外な反応の薄さに肩透かしをくらった気持ちでいたが、今考えると夏生がシンに抱いていたのは予想ではなく期待だったのだろう。
     何かをしてやる理由をシンの方に求めていた、それだけのこと。自分の方がよほど遠回しだと思うと頭が痛い。
     さっさと諦めてしまう方がラクなのはわかってる。変なプライドや負けん気に感けるよりずっと有益だと理解してなお、理屈を置き捨ててしまうのは夏生がシンという葡萄をすっぱいとは思っていないからだ。
     アレは辛くもあり苦くもありけして万人受けするものではないだろう。だが夏生にとって嫌ではない甘さをこれまでの馴れ合いで確信してしまっていた。蓼食う虫も好き好きというが毒を食らわば皿までともいう。ならばどうすべきか。
     学生と社会人で住まいは遠く、趣味も合わない。気の利いた誘いなんてガラじゃないし、まずシンの方が一般的な感性が適用されない人種である。それこそ勝手のいい武器のひとつでも作ってやれば大喜びするだろう。友達感覚で。
     ああまったく考えれば考えるほど面倒くさくて嫌になる。それでも頭は勝手にアレコレと巡らせているのだから重症だ。そうやってベッドの上でダラダラと思索に耽ることしばし。
     やがて転がした携帯を手にとるとスヤスヤと眠る黒猫のスタンプをシンへ送り、別のメッセージ画面に切り替えた。



     展示会のやり取りから丸一週間。商店から帰宅したシンは自室のクッションにあぐらをかいて、変わり映えしない夏生とのメッセージ画面を睨んでいた。
     もう寝るという意味合いのスタンプから何の連絡もない。元々頻繁にやり取りするほど親しいわけではなく、先日のように顔を合わせる機会に二言三言で調整するくらいなのだが今回ばかりは勝手が違った。
    (やっぱイヤだったよなー)
     現地まで黙ったまま恋人のフリをさせたことだ。
     例の常連、いや元常連からシンへの態度には商店の仲間にも気をつかわせていたためそろそろなんとかせねばと悩んでいた。そんなタイミングのお誘いをこっそり聞いていたルーに「アイツと行けばいいネ。顔はマトモだしこんな時くらい活用させるヨ」と入れ知恵されたのがきっかけである。
     夏生はああ見えて面倒見のいいところがあるため理由を察しても最後まで付き合ってくれたが、何とも思ってない相手にそんな役を押しつけられていい気はしないだろう。その辺を知るのもいやで会場に着いてから一度も夏生の心は読めなかった。
     おかげで三日とおかず顔を出していた元常連はあれから姿を見せない。そのお礼をしたいと考えても優先するべきはJCCの研究員生という特殊な立場にいる夏生のスケジュール。基本的にシンは合わせる側であり、それ以前に会う会わないという選択肢も部外者が立ち入れないJCCに住む夏生にある。向こうがその気ならこのまま音信不通になっても不思議はなく、そうなっても仕方がないと納得するだけの理由もあった。
     シンがこうして気を揉んだところでどうしようもないのはわかっている。それでも変わらないメッセージ欄を眺めずにはいられず、だがシンからメッセージを送るとなると指が止まる。付き合ってもらった礼は簡素ながらすでに送っているし、件の青年が現れなくなったと報告したところで夏生にとってはどうでもいいだろうし、その話題に触れること自体イヤかもしれない。
     かといってシンに夏生を誘うようなネタはない。坂本商店の世話になるまで娯楽関係は縁遠く、今も商店の仲間に誘われてようやくといった具合だ。
     そもそも夏生が何を好むかもシンはろくに知らない。せいぜい武器作りに関係することやちょっとした食の好みくらいで、余暇をどう過ごすかなんて聞こうともしなかった。取り柄ともいえるエスパーだって電気街の時みたく夏生の望みがなければ何の役にも立てない。
     シンにどれだけ稀有な能力があろうと、難しい数式や構造を理解し豊かな発想と努力を重ね、栄誉ある賞を賜ってなお発明や研究を続ける夏生の方がよっぽど立派な人間だ。
     殺し屋をやめて一般人となったシンにとってはそれこそ住む世界から違う。
    (まあ別に今更どうこうは思わねーけど)
     所詮は他人。不要となって切り捨てられる人間は殺し屋時代に幾人も見てきたし、置いていくことも置いていかれることも初めてじゃない。その辺はとっくの昔に割り切れてるつもりだ。
     それに今のシンには商店の家族もいる。夏生一人に愛想尽かされたって大丈夫、何も変わらない。寂しいかそうでないかでいえばそりゃ寂しいに決まってるけれど、そう感じているのがシンだけならどうにもならない。
     そんなことをぼんやり考えていると着信音と共に新たなメッセージが表示された。
    「ぅわっ!」
     驚きにてのひらから滑り落とした携帯を慌てて拾い上げる。バクバクと跳ねる鼓動を煩わしく感じる反面、夏生からの反応にひどく安堵した。やはりただの考えすぎだと胸を撫でおろしながらメッセージを黙読し、今度はその内容に首を傾げる。

    『ラボの所長ってまだ生きてる?』
    「はぁ?」

     夏生からのメッセージを要約すると、シンの育ての親である朝倉所長にアポを取れるかという内容だった。
     そういえば夏生はスラーがラボを襲撃した際にバイトとして雇われた過去がある。先日のお使い帰りに食事した時も朝倉のことを見知っている口ぶりであったし、シンの知らないやり取りがあったのかもしれない。
     あまり深入りするまいとその場の返事は保留し、とりあえず朝倉に『会って欲しいやつがいるんだけど』とだけ送った。



     それから約半月後、シンはとある商業施設内の駅ビルで夏生を待っていた。
     駅を中心にショッピングモールや公園緑地、映画館や水族館などが併設され多くの人で賑わっている。とはいえ平日の昼過ぎとあって子供や学生の姿は少なめだ。ショッピングモールへ続く連結口で壁を背に、休日を満喫する若者や移動中のサラリーマンが次から次へと行きかう様を、うっかり心を読まないよう無心を意識しながら眺めている。
     今日身につけているのはオーバーサイズのTシャツに黒のカーゴパンツ。この手の体型が覆われる服装であればそういう手合いに声をかけられることはまずない。つまり誰かさんと並んで歩いても変な誤解が生まれたり勘違いされることもないのだ。
     気にしすぎだとわかっているが夏生と当たり障りなく過ごすにはこれが一番だろう。シンだって着慣れない服よりずっと楽だし、待ち人もすぐこちらを見つけてくれた。
    「おい」
     立ち止まった気配に顔をあげる前に声がかかる。いつものフード付きジャケットを羽織った夏生が呆れ顔でシンを見下ろしていた。前に顔を合わせてからひと月も経っていないので当然だが特段変わった様子はない。そのことになぜか安堵してしまう。
    「すぐ気づけよ。元殺し屋」
    「あー悪い。考え事してたわ」
     覇気のないシンの返事に夏生の眉がかすかに寄った。いつもなら考え事なんて似合わないといった軽口が飛んでくるはずなのだが、夏生は「そう」と簡素な相槌だけでショッピングモール方面に足を向ける。相変わらずのマイペースさに苦笑して後を追う。
    「こっち?」
    「ちょっと待て、俺もここ来るの初めてだから……えっと、E棟二階の…」
     尾久旅博物館の地下研究所はスラー一味により崩壊したが、救出された職員達は同業者のツテや出資者からの紹介を経て新たな研究所や施設に身を置いている。
     朝倉も現在はこのショッピングモールを中心とする大規模商業施設に隠された研究所で一職員として研究に没頭しているというが、部外者をいれるわけにはいかないためモール内のコーヒーチェーン店まで足を伸ばしてもらう手筈となった。
     待ち合わせの十分前には到着したが朝倉はすでに窓際のソファー席を確保していた。さすがに白衣は場違いすぎるとポロシャツにスラックスというラフな出で立ちで、テーブルに両肘をつき顔の前で手を組む、いわゆるゲンドウポーズで待ち構えている。
    「久しぶりーおっさん」
     見知った相手との再会は嬉しい。それが浅からぬ仲であればなおのこと。気安く手を振りながら駆け寄るシンに、心なし険しかった朝倉の表情が柔らかいものになる。
    「元気か、なんて聞くまでもねーな」
    「あたりまえだろ。おっさんこそ研究所籠りきりで腰曲がってねーか?」
    「うるせーよクソガキ」
     屈託ないやり取りで再会を喜ぶ二人だが、朝倉の視線がシンの後ろに佇む夏生に向けられたところでまた険しいものに戻ってしまった。
     夏生の前科を考えれば当然の反応である。シンから見ても明らかに歓迎されていない空気をいかに仲裁するべきか、考えているうちに朝倉は眉間にシワを寄せたままポンと手を打った。
    「……お前、もしかして尾久旅のラボ襲った時のガキ」
    「あーはい。バイトで」
     閃き顔の朝倉に夏生は気の抜けた声で肯定する。悪びれなく認めた夏生に朝倉の方が困惑の目をシンに向け助けを求めてきた。
    「えっと、あれからいろいろあってさ。とにかく悪い奴じゃねーから!」
     とっさに出たフォローはフォローと呼べないほど雑であったが、シンの口ぶりに夏生が過去の件に関わった青年であると確信できた朝倉は手のひらで額を押さえた。そのまま何やら考え込んでいると思えば、おもむろに懐からカードホルダー取り出すなりシンへ投げ渡す。
    「ここの研究所のキーだ。尾久旅ラボの連中もお前の顔が見たいってさ。中に行き方のメモが挟まってる」
    「は?いいけどおっさんとセバ二人って……」
     夏生が朝倉を呼び出した理由はここまで聞かずじまいだが恐らくラボのことだろう。いくらバイトとはいえやらかした内容が内容のため穏やかな話にならないことは想像に難くない。
     二人きりにする不安がどうにも拭えず動けないでいると、朝倉は夏生を見上げてアゴをしゃくる。
    「二人で話した方がいいよな?」
     言い聞かせるような口ぶりだがやたらドスがこもっている。その違和感は夏生にも伝わったらしく訝し気な顔で首を傾げていた。
    「なあ、お前なんていってこの人呼んだの?」
    「会って欲しい奴がいるとしか伝えてねーけど」
    「あ~~~~」
     ラボ襲撃に与していたと正直に伝えれば応じてもらえない可能性もある。朝倉には悪いが夏生の希望が叶うようシンなりに気を利かせたつもりだったが、答えを聞いた夏生は心底面倒そうな顔と声でこめかみを押さえていた。
     そのやり取りを傍らで見守っていた朝倉と夏生の目が合い、夏生がなんともいえない虚無顔で頭を振ると朝倉も何かを察した様子で気まずそうに視線をそらした。一人だけ何が何だかわからず、いっそエスパーしてやろうかと身構えたシンの肩を夏生がポンと叩く。
    「いいから、行って来いよ。注文まだだし」
     それだけ言うと朝倉の向かいに腰を下ろす。二人掛けソファの手前に座られたため所在なく立ち竦んでいると朝倉も促すように頷いた。
    「何かあったらすぐ呼べよな」
     両者にそれだけ言い残し、後ろ髪をひかれながら店を出る。その後ろ姿が雑踏へ紛れ完全に見えなくなったところでどちらともなくため息を吐いた。
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