妖怪ろくろ回し☆quiet followMOURNINGとわとせつな ##半妖の夜叉姫 * 完全な円を描く月夜に美しい音色が響く。 藍色に散らばる星々のきらめきは月の輝きによって隠され、月光は人気(ひとけ)のない森の中であっても煌煌(こうこう)と半妖の少女を照らしていた。眠れない夜にはこれを、と。姉を自称するとわが育った摩訶不思議な里で譲り受けた弦楽器を彼女は奏でていた。 名前はなんといったか、途方もなく聞き慣れぬ言葉だったはずだ。遠い遠い南蛮の楽器だという説明だけは辛うじて理解できたが、それ以上のことは分からない。「(……分からん)」 もっと曲を教えてもらえばよかった。 退治屋の里に於いてせつなは他人に教えを請う立場にあることは少なかった。最初こそ武具の扱い方は習ったものの、天性の直感と(今になって外野が言うには)父譲りだろう才覚のおかげで兄弟子である翡翠の世話にはほとんどならなかった。 要は、ほとんど人に教わったことのないせつなの手は詰まってしまったのだ。もっと、もっと。もっとたくさんあの時代の曲を聞いておけばよかった。 音の出し方は理解した。調弦の仕方も、手入れの仕方も習った。道具も一通り譲り受けた。けれど、その手は止まる。音を奏でていくだけの動作がそれ以上進まないのだ。「せつな」「……」「バイオリンの音聞こえたからさ、来ちゃった」「寝ていろ。弾くのもやめる」「いいよいいよ、眠り浅かっただけだし。もろは起きてないし。……せつなのバイオリン、聞きたくって」「人に聞かせるものではない」 そんな記憶をなくした真っ白な妹の素っ気ない口ぶりにも慣れてきた。 彼女はとわに対してのみキツく当たっているのではない。元来そういう性格なだけだ。妖怪との戦いの中で生き残るため、人間同士でありながら騙し騙されのこの世を親兄弟もいない少女が歩いていくため。 もろはのように豪放磊落になれない以上、せつなは心を内側に鎖ざし身を守っているだけで。「楽譜、持って来ればよかったね」「……」 余計なものだ、とは言わない。「折角ならもろは、歴史じゃなくて音楽の教科書入れてきてくれたらよかったんだけどなぁ」「……お前は弾けるのか」「バイオリンは無理。それ、萌ママのだし。……なんかないの? 退治屋で歌とか……踊りとか。そういう曲とかあれば……」 いいんだけど、と聞けばしかし、せつなは首を傾げる。「ないことはないが」 昔ほど規模は大きくないが、退治屋の里には腕自慢の人間たちが多く暮らしている。女子供も汗水垂らして生活を支え、女子供であろうともせつなのように腕があれば男たちに混じって退治に出る。退治に出れない男は女とともに武具を拵(こしら)え、飯を煮炊きし、仲間たちの帰りを待つ。 そして命からがら仕事を終えて帰ってくれば、里の広場で火を焚いて歌って踊って酒を呑んでのどんちゃん騒ぎ。騒々しい夜は好きではなかったが、それでも毎夜を眠れずただただ時を過ごすだけのせつなにとってはちょっとした慰みにもなっていた。 だから、歌はあるけど。「教わった調弦であの曲は弾けない」とせつなにしては珍しく諦めたようにため息をついた。「ふぅん。じゃあさ、歌ってあげよっか」「は?」「は? じゃないよ、もう。音が分かればバイオリンでも弾けるでしょ?」「…………そうだな。頼む」 せつなにしてはとても素直な言葉に思わずとわは頬を綻ばせる。「よっしゃ。じゃあ、何がいいかなぁ」 簡単な曲? 音楽の時間で習ったあれとか……それとか。戦国時代からある曲ってあったっけ? と、とわは少しばかり思考を巡らせていたが、すぐにそれはやめにする。この時代にない曲だってなんでもいい。どうせ奏でるのは、この時代でも海の向こうにすらあるかも分からないバイオリンなのだから。 ソ・ファ・ミ・ファ・レ・シ・ミ ファはシャープだから半音上げて。 とわの唇が刻むちょっと外れた音程は無視して、口から発せられる音の名を耳で聞き、弓を滑らせる。今まで聞いたこともない旋律は思い通りの曲にはならず、せつなは眉間に皺を寄せてしかめっ面を作りとわの音を追い上げる。ソ、と彼女が謳う旋律はこの音。ファ、はこれ。この調なら半音上げて。「下手くそ」 やってられない、とせつなは弓を動かす手を止めた。「えーっ」「お前の歌じゃ分からん」「そんなこと言ってもなぁ」 じゃあ楽譜、地面に書く? 人より夜眼が長けているのも、人より睡眠時間が少なくても平気なのも、人より耳が──ちょっとばかし良いのも。今なら分かる。もろはが言うにはとわの父親は大妖怪・殺生丸。たかが半分、されど半分。妖怪の血をその身に持つとわがそこらの人間よりも運動神経が良いのはおかしな話ではない。 月明かりしか光のない地面に拾った長い枝で五線譜を描き、合ってるかな? と独り言を呟きながら音階を記していく。「……」「ごめん、やっぱ分かんないや。楽譜なんて書かないからなぁ」「……もとより期待していない」「ちょっとはしたくせに」 何か言ったか? とでも言いたげなせつなの上目にとわは「あはは」と笑ってだけ返す。「他にないのか」「じゃあ……」 それはいいから、もっと音が単純なものを。 レ・ファ・ソ ソ・シ・ド とわの口が音を示し、せつなの弓が弦の上を滑る。 満ちた月が天上で笑うなか、白と黒の双子は不協和音を奏で続けた。Tap to full screen .Repost is prohibited 妖怪ろくろ回しMOURNING翡翠とせつな*「あぁもう、何を怒っているんだ!」「構うなと言っているだろう!」「だから、それがなぜだと聞いているんだ、せつな!」 かしましい声があぜ道に響き渡り、ずんずんと大股で歩くせつなを追って小さな化け猫を抱えた翡翠が重たい飛来骨を背負って走る。なぁ、話を聞け、いいから、とにかく。そう言ったって眼前を進む年下の少女は聞く耳を持ってくれそうにはない。 しかし呼び止めようとする側の翡翠もまた、伝えたいことはたくさんあるのに伝えるべき言葉はなにも浮かばない。 けれどここで彼女を見送ってしまってはいけないと青年はもう一度「せつな!」と大きな声で名を呼んだ。「……」 そして、娘は立ち止まる。「叔父上の話を聞いていたろう。お前が半妖だからといって……」「……」「あぁいや、そうじゃない。叔父上は関係なくて……その、俺はお前が半妖だとは知らなかった。腕っ節の強い女子(おなご)だとばかり思っていた」 しどろもどろに目を泳がせながら翡翠は言葉を選んではそうじゃない、違う、と一人芝居を繰り返す。 せつなはその姿に呆れてため息をつき、「……それがなんだと言う」 と言い放てば、目の前の 1932 妖怪ろくろ回しMOURNING弥珊と翡翠*「さぁともあれ酒です、翡翠。ほら珊瑚も」「えぇっ 酒?」「当たり前です。めでたいことがあれば酒。万病の薬でもありますから」「もう、法師さまは飲みたいだけでしょう?」「母上」「翡翠。父上の相手をしてやって」 金烏と玉兎もいればよかったのだが、と弥勒は徳利かに口をつけた。「母上まで」 翡翠は非難の声をあげたものの、苦笑を浮かべながらも肩に手を置いた母親がそう言うのだからそれ以上の悪口は飲み込んでしまう。母上は甘いんですよ、と苦し紛れの言葉も、「そうだね。だけど今日くらい許してやって」なんて言われてしまえばそれで終わり。「珊瑚、ほれ珊瑚。お前もだ」「私はいいよ」「いいからいいから」「あっ もう」 引っ張らないで法師さま。 珊瑚は言われるがままに弥勒の前に腰を下ろすと、押し付けられた盃にとくとくと音を立てて注がれる香り高い酒を鼻で味わった。「母上まで」「……いいんだ、翡翠」「いやぁ、これで私の夢はひとつ、叶いましたね」「そうだね、法師さま」「夢? どういうことです、父上 母上?」「まぁまぁいいから。とにかくお呑みなさい、翡翠」「はぁ」 いささ 2128 妖怪ろくろ回しMOURNING殺りん*「りんは……きっと死んじゃうね」 十年先か、二十年先か、五十年先か、それとも明日か。 それは誰にも分からない。いかな殺生丸といえども、天に座すあの全智を持つとすら見える彼の母親であれど、誰一人としてそれは分からない。更に言えば、死すはりんではなく殺生丸やもしれぬ。 命とはそのようなものだ。「……」「でもね、桔梗さまがそうだったみたいに……もしかしたら、生まれ変わってまた会えるかもしれないね」「……」「そしたら殺生丸さま、りんを見つけてくれますか?」「断る」 殺生丸は即答した。 何を血迷ったことを言っているのかとも言いたげな視線を少女にやった妖怪はしかし、膝の上で困惑した表情を浮かべたりんの髪の毛に長い指を差し入れた。指であっても通らぬほど強張った髪に彼は少しばかり目を細める。「殺生丸さま……」 あのかごめという女は。 桔梗という名の、犬夜叉などという半妖に心を奪われた巫女の生まれ変わりであるというのは事実だろう。だが、間違いなくあの女は『別人』だ。最初こそ似た匂いを纏わせてはいたが、桔梗の多くを知らぬ殺生丸ですら彼女らの言動は互いにかけ離れてた場所にい 1548 妖怪ろくろ回しMOURNING三人娘* 手繰る。 今までの大切な記憶たちを。 縄を綯うようにもうずっとずっと昔のことにすら思える、今までのことを。 思い出せなくたって過去を捨てる必要なんてないんだ、と教えてくれた姉を名乗る仲間がいた。思い出したくもない、忘れたいことまで無理に覚えておく必要なんてないんだ、と教えてくれた従姉妹を名乗る仲間もいた。「全く、お節介な奴らだ」「誰がお節介だって?」「……自覚はあるのだな」「そりゃあ、毎回言われたらちょっとは自覚するってば」 いつからいたのか、とわは笑いながらせつなの隣に腰掛けた。「そうそう。とわはもうちょっと冷徹でもいいんじゃねえの? 双子だってのに、せつなとは正反対だな」「もろは」 頭の後ろで腕を組みながらやってきたもろはもまた、とわと反対側に座り込んだ。「はは。でもせつなだってお節介なときもあるよ」「私は……」「ま、確かに。変なところでせつなも頑固だし、妙なところで拘ったりしてさぁ」 そのせいで散々な目に遭ったこともあったっけ。火鼠の衣を纏った少女はけらけらと声をあげた。「で、結局みんな揃って振り回されてさ」と続け、長い階段を降った先、楓の 1578 妖怪ろくろ回しMOURNING弥勒と翡翠*「ほう! これはまた、久方ぶりのものを……」「知っているのですか、父上」「あぁ。昔はよく、旅すがらいただいたものです。この背徳的とも言える味、いやぁ 懐かしい限りです」 サク、サク。 せっかくだから少しお父さんと話していきなよ、これでも食べてさ。 そう言ってとわがくれたのは翡翠が今まで見たこともない異国の菓子であった。きっちりと封をされているはずの袋を裂いて開ければあら不思議、濃厚な匂いがあたりに広がった。「奇怪な味だ」「なれど癖になる。いやはや思い出しますなぁ。こうしてよく、他愛のない話をしながらつまんだものです」 隣には雲母を膝に乗せた珊瑚がいて、かごめがいて、七宝と犬夜叉が最後の一粒を取り合って。 甘ったるい果物の汁を分けあって飲んだこともあった。口内に弾け飛ぶ刺激の強い、薬のような味のする甘い汁を飲んで犬夜叉が大暴れしたこともあった。とわが持っているものと似た、やはり大きな背負い袋を抱えた異国人のかごめがこうして菓子を広げてくれて──様々な飲食物を勧めてはくれたが、弥勒は知っている。この菓子を持ち込めるのは限りがあって、貴重なものだということを。 仲 1338 妖怪ろくろ回しMOURNING殺生丸と両親* 殺すも生かすも心次第。 然れど、いつ如何なる刹那であろうとも、殺そうとも生かそうとも忘れてはならぬことがある。命を愛でよ、それが殺すべき息の緒であれ生かすべき玉の緒あれ、分け隔てることなく。「皮肉な名前をつけたものだ」 故に、殺生丸と。 命を尊ぶ者になってほしいという願いと祈りの込められた赤子はしかし、そんな父の想いなど我知らず。とんだ暴れ馬となったものだ。気の食わぬ者は妖怪であれ人間であれ毒爪の餌食とし、ころころ玉遊びのように他者の命を奪うかつての可愛らしい赤子は、今まさに母の膝上で寝息を立てていた。「元気がよいのは結構だが……もう少し父としては慈しみの心があってもよかったと思うが……」「慈しみ、のう。闘牙さまの目は節穴か」「むぅ」「弱き者を苦しまずに殺してやるのもまた、慈悲の心だとは思いませぬか?」「……まぁ、下から数えれば……そうなるやもしれんが」 少なくとも今はまだ相手を嬲り殺すような遊びを覚えてはおらぬだけよい。 そんな言い方の佳人に闘牙王は大げさなため息を零したが、見目麗しき細君は気にした様子もなく笑みを美しい唇に浮かべたままだ。「それに、 1429 recommended works @cherrymoon_snowPAST 雪風(ゆきかぜ)。DONEとわたそ~惚れてしまったコミカルなお顔もかわいい普段のクールなお顔もかっこいいけれど男装の美少女たまらん uruha_TDOODLE「NEW ERA」発売おめでとう!!! 火燈弥紗💀🔥Skeb募集中DONE夜叉姫7話のとわが寝てる間にせつなが頭撫でて欲しい(願望)※せつとわ 妖怪ろくろ回しMOURNING三人娘*「思い出せなくたっていいよ。ううん、思い出さなくたっても、かな」「……突然何を言う」「もろはと話したんだ。これからのこと……っていうか、これまでのこと、かな」「そーそ。夢の胡蝶は探すし、せつなの記憶と夢が戻るならそれに越したことはねぇけど」「……」「せつなぁ、そんな顔すんなって。とわ説得するの大変だったんだからな」「話が読めん。説明しろ」 バイオリンの手入れをするせつなの元にやって来た二人は突然そんなことを口にした。 夢の胡蝶に近づける手がかりはなく、行く先々で血の繋がりはあれど記憶のひとかけらも残っていない実父(らしい)・殺生丸の娘どもと難癖をつけられる日々を送ることにももう慣れた。胡蝶に追いつけないことへの苛立ちはあれど、結果として三人が妖怪退治をすることによって救われるひとたちの笑顔を見れば遠回りも徒労ではない、なんて思い始めた矢先。「説明もなにも、そのまんまの意味だぜ」「だから、それがどういう意味だと聞いている」「……私たち、もう仲間 だよね」「……そうだな」 些細な違いはあれど、おおかた同じ目的を志す旅の道連れ。 せつなととわは退治屋に、も 2157 ろふとんDOODLEもろは 雪風(ゆきかぜ)。DONE今日は17話!11話で、千代ちゃんに救いの手をさしのべるとわちゃんがイケメンすぎた。惚れる。 雪風(ゆきかぜ)。DONE「私 理玖のことが好きだ!」萌え死んだ…ありがとう… 雪風(ゆきかぜ)。DONEとわちゃんは、世間の「誰かが取り決めたルール」に負けじと自分だけの色…すなわち個性を大事にして生きて欲しい。