Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    妖怪ろくろ回し

    ほぼほぼネタ箱。
    夜叉姫は先行妄想多々。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 33

    妖怪ろくろ回し

    ☆quiet follow

    とわとせつな

    ##半妖の夜叉姫

    *


     完全な円を描く月夜に美しい音色が響く。
     藍色に散らばる星々のきらめきは月の輝きによって隠され、月光は人気(ひとけ)のない森の中であっても煌煌(こうこう)と半妖の少女を照らしていた。眠れない夜にはこれを、と。姉を自称するとわが育った摩訶不思議な里で譲り受けた弦楽器を彼女は奏でていた。
     名前はなんといったか、途方もなく聞き慣れぬ言葉だったはずだ。遠い遠い南蛮の楽器だという説明だけは辛うじて理解できたが、それ以上のことは分からない。
    「(……分からん)」
     もっと曲を教えてもらえばよかった。
     退治屋の里に於いてせつなは他人に教えを請う立場にあることは少なかった。最初こそ武具の扱い方は習ったものの、天性の直感と(今になって外野が言うには)父譲りだろう才覚のおかげで兄弟子である翡翠の世話にはほとんどならなかった。
     要は、ほとんど人に教わったことのないせつなの手は詰まってしまったのだ。もっと、もっと。もっとたくさんあの時代の曲を聞いておけばよかった。
     音の出し方は理解した。調弦の仕方も、手入れの仕方も習った。道具も一通り譲り受けた。けれど、その手は止まる。音を奏でていくだけの動作がそれ以上進まないのだ。
    「せつな」
    「……」
    「バイオリンの音聞こえたからさ、来ちゃった」
    「寝ていろ。弾くのもやめる」
    「いいよいいよ、眠り浅かっただけだし。もろは起きてないし。……せつなのバイオリン、聞きたくって」
    「人に聞かせるものではない」
     そんな記憶をなくした真っ白な妹の素っ気ない口ぶりにも慣れてきた。
     彼女はとわに対してのみキツく当たっているのではない。元来そういう性格なだけだ。妖怪との戦いの中で生き残るため、人間同士でありながら騙し騙されのこの世を親兄弟もいない少女が歩いていくため。
     もろはのように豪放磊落になれない以上、せつなは心を内側に鎖ざし身を守っているだけで。
    「楽譜、持って来ればよかったね」
    「……」
     余計なものだ、とは言わない。
    「折角ならもろは、歴史じゃなくて音楽の教科書入れてきてくれたらよかったんだけどなぁ」
    「……お前は弾けるのか」
    「バイオリンは無理。それ、萌ママのだし。……なんかないの? 退治屋で歌とか……踊りとか。そういう曲とかあれば……」
     いいんだけど、と聞けばしかし、せつなは首を傾げる。
    「ないことはないが」
     昔ほど規模は大きくないが、退治屋の里には腕自慢の人間たちが多く暮らしている。女子供も汗水垂らして生活を支え、女子供であろうともせつなのように腕があれば男たちに混じって退治に出る。退治に出れない男は女とともに武具を拵(こしら)え、飯を煮炊きし、仲間たちの帰りを待つ。
     そして命からがら仕事を終えて帰ってくれば、里の広場で火を焚いて歌って踊って酒を呑んでのどんちゃん騒ぎ。騒々しい夜は好きではなかったが、それでも毎夜を眠れずただただ時を過ごすだけのせつなにとってはちょっとした慰みにもなっていた。
     だから、歌はあるけど。「教わった調弦であの曲は弾けない」とせつなにしては珍しく諦めたようにため息をついた。
    「ふぅん。じゃあさ、歌ってあげよっか」
    「は?」
    「は? じゃないよ、もう。音が分かればバイオリンでも弾けるでしょ?」
    「…………そうだな。頼む」
     せつなにしてはとても素直な言葉に思わずとわは頬を綻ばせる。
    「よっしゃ。じゃあ、何がいいかなぁ」
     簡単な曲? 音楽の時間で習ったあれとか……それとか。戦国時代からある曲ってあったっけ?
     と、とわは少しばかり思考を巡らせていたが、すぐにそれはやめにする。この時代にない曲だってなんでもいい。どうせ奏でるのは、この時代でも海の向こうにすらあるかも分からないバイオリンなのだから。
     ソ・ファ・ミ・ファ・レ・シ・ミ
     ファはシャープだから半音上げて。
     とわの唇が刻むちょっと外れた音程は無視して、口から発せられる音の名を耳で聞き、弓を滑らせる。今まで聞いたこともない旋律は思い通りの曲にはならず、せつなは眉間に皺を寄せてしかめっ面を作りとわの音を追い上げる。ソ、と彼女が謳う旋律はこの音。ファ、はこれ。この調なら半音上げて。
    「下手くそ」
     やってられない、とせつなは弓を動かす手を止めた。
    「えーっ」
    「お前の歌じゃ分からん」
    「そんなこと言ってもなぁ」
     じゃあ楽譜、地面に書く?
     人より夜眼が長けているのも、人より睡眠時間が少なくても平気なのも、人より耳が──ちょっとばかし良いのも。今なら分かる。もろはが言うにはとわの父親は大妖怪・殺生丸。たかが半分、されど半分。妖怪の血をその身に持つとわがそこらの人間よりも運動神経が良いのはおかしな話ではない。
     月明かりしか光のない地面に拾った長い枝で五線譜を描き、合ってるかな? と独り言を呟きながら音階を記していく。
    「……」
    「ごめん、やっぱ分かんないや。楽譜なんて書かないからなぁ」
    「……もとより期待していない」
    「ちょっとはしたくせに」
     何か言ったか? とでも言いたげなせつなの上目にとわは「あはは」と笑ってだけ返す。
    「他にないのか」
    「じゃあ……」
     それはいいから、もっと音が単純なものを。
     レ・ファ・ソ ソ・シ・ド
     とわの口が音を示し、せつなの弓が弦の上を滑る。
     満ちた月が天上で笑うなか、白と黒の双子は不協和音を奏で続けた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited

    妖怪ろくろ回し

    MOURNING弥勒と翡翠*


    「ほう! これはまた、久方ぶりのものを……」
    「知っているのですか、父上」
    「あぁ。昔はよく、旅すがらいただいたものです。この背徳的とも言える味、いやぁ 懐かしい限りです」
     サク、サク。
     せっかくだから少しお父さんと話していきなよ、これでも食べてさ。
     そう言ってとわがくれたのは翡翠が今まで見たこともない異国の菓子であった。きっちりと封をされているはずの袋を裂いて開ければあら不思議、濃厚な匂いがあたりに広がった。
    「奇怪な味だ」
    「なれど癖になる。いやはや思い出しますなぁ。こうしてよく、他愛のない話をしながらつまんだものです」
     隣には雲母を膝に乗せた珊瑚がいて、かごめがいて、七宝と犬夜叉が最後の一粒を取り合って。
     甘ったるい果物の汁を分けあって飲んだこともあった。口内に弾け飛ぶ刺激の強い、薬のような味のする甘い汁を飲んで犬夜叉が大暴れしたこともあった。とわが持っているものと似た、やはり大きな背負い袋を抱えた異国人のかごめがこうして菓子を広げてくれて──様々な飲食物を勧めてはくれたが、弥勒は知っている。この菓子を持ち込めるのは限りがあって、貴重なものだということを。
     仲 1338

    妖怪ろくろ回し

    MOURNING殺生丸と両親*


     殺すも生かすも心次第。
     然れど、いつ如何なる刹那であろうとも、殺そうとも生かそうとも忘れてはならぬことがある。命を愛でよ、それが殺すべき息の緒であれ生かすべき玉の緒あれ、分け隔てることなく。
    「皮肉な名前をつけたものだ」
     故に、殺生丸と。
     命を尊ぶ者になってほしいという願いと祈りの込められた赤子はしかし、そんな父の想いなど我知らず。とんだ暴れ馬となったものだ。気の食わぬ者は妖怪であれ人間であれ毒爪の餌食とし、ころころ玉遊びのように他者の命を奪うかつての可愛らしい赤子は、今まさに母の膝上で寝息を立てていた。
    「元気がよいのは結構だが……もう少し父としては慈しみの心があってもよかったと思うが……」
    「慈しみ、のう。闘牙さまの目は節穴か」
    「むぅ」
    「弱き者を苦しまずに殺してやるのもまた、慈悲の心だとは思いませぬか?」
    「……まぁ、下から数えれば……そうなるやもしれんが」
     少なくとも今はまだ相手を嬲り殺すような遊びを覚えてはおらぬだけよい。
     そんな言い方の佳人に闘牙王は大げさなため息を零したが、見目麗しき細君は気にした様子もなく笑みを美しい唇に浮かべたままだ。
    「それに、 1429

    recommended works