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    妖怪ろくろ回し

    ほぼほぼネタ箱。
    夜叉姫は先行妄想多々。

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    POIPOI 33

    妖怪ろくろ回し

    MOURNING弥勒と翡翠*


    「ほう! これはまた、久方ぶりのものを……」
    「知っているのですか、父上」
    「あぁ。昔はよく、旅すがらいただいたものです。この背徳的とも言える味、いやぁ 懐かしい限りです」
     サク、サク。
     せっかくだから少しお父さんと話していきなよ、これでも食べてさ。
     そう言ってとわがくれたのは翡翠が今まで見たこともない異国の菓子であった。きっちりと封をされているはずの袋を裂いて開ければあら不思議、濃厚な匂いがあたりに広がった。
    「奇怪な味だ」
    「なれど癖になる。いやはや思い出しますなぁ。こうしてよく、他愛のない話をしながらつまんだものです」
     隣には雲母を膝に乗せた珊瑚がいて、かごめがいて、七宝と犬夜叉が最後の一粒を取り合って。
     甘ったるい果物の汁を分けあって飲んだこともあった。口内に弾け飛ぶ刺激の強い、薬のような味のする甘い汁を飲んで犬夜叉が大暴れしたこともあった。とわが持っているものと似た、やはり大きな背負い袋を抱えた異国人のかごめがこうして菓子を広げてくれて──様々な飲食物を勧めてはくれたが、弥勒は知っている。この菓子を持ち込めるのは限りがあって、貴重なものだということを。
     仲 1338

    妖怪ろくろ回し

    MOURNING殺生丸と両親*


     殺すも生かすも心次第。
     然れど、いつ如何なる刹那であろうとも、殺そうとも生かそうとも忘れてはならぬことがある。命を愛でよ、それが殺すべき息の緒であれ生かすべき玉の緒あれ、分け隔てることなく。
    「皮肉な名前をつけたものだ」
     故に、殺生丸と。
     命を尊ぶ者になってほしいという願いと祈りの込められた赤子はしかし、そんな父の想いなど我知らず。とんだ暴れ馬となったものだ。気の食わぬ者は妖怪であれ人間であれ毒爪の餌食とし、ころころ玉遊びのように他者の命を奪うかつての可愛らしい赤子は、今まさに母の膝上で寝息を立てていた。
    「元気がよいのは結構だが……もう少し父としては慈しみの心があってもよかったと思うが……」
    「慈しみ、のう。闘牙さまの目は節穴か」
    「むぅ」
    「弱き者を苦しまずに殺してやるのもまた、慈悲の心だとは思いませぬか?」
    「……まぁ、下から数えれば……そうなるやもしれんが」
     少なくとも今はまだ相手を嬲り殺すような遊びを覚えてはおらぬだけよい。
     そんな言い方の佳人に闘牙王は大げさなため息を零したが、見目麗しき細君は気にした様子もなく笑みを美しい唇に浮かべたままだ。
    「それに、 1429

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    MOURNING殺生丸とりん*


     それは現つ御神やもしれない。
     茂みに潜り込んで見つけた、煌煌と降り注ぐ白い朝陽の下には少女が未だかつて知らぬほどに美しきひとの姿。村の外れから広がるこの慣れ親しんだ森がいつもと景色が違う、と感じた正体は『これ』だ。その人影が横たわっている箇所だけ樹冠が焼き尽くされたようにぽっかりと失われていたのだ。
     たぷ、竹筒の中で水が跳ねる。
     りんの村に住む者たちではない。行商でもない。どこからどう見ても落ち武者などという存在ではなく──陽光を浴び神々しさすら放つ者は今まで少女が短い命の中で見たこともない類のいきもの。
    「(きれい)」
     幼子の持つ数少ない言葉の中でそれを表現するにもっともふさわしいと思ったのが、美しさを褒め称える言葉。
     遠目で見ただけでも分かる。あれは人ならざる者であると。妖(あやかし)の類であるか、精霊であるか、それとも真なる神であるか。そのいずれであるかはさしたる問題ではない。重要なことは、その美しい人影がひどく傷ついているということ。卯の花よりも白く長い髪は、陽の光が角度を変えるごとに、ぱちくりとりんの大きな目が瞬きをするたびに色を変える。
     姫さまなど見た 2768

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    MOURNINGとわとかごめ*


    「とわちゃん聖ガブリエルなの? すごいじゃない、草太やるぅ!」
     かごめは大喜びで腕に力こぶを作る真似事をした。
     どんな運命のいたずらかは知らないが、こうしてもう二度と会うことはないだろう家族たちのことを他人伝いであれ耳にできたのは嬉しいことこの上ない。
    「でもまだ、全然通ってなくて。馴染む前にこっちに飛んで来ちゃったというか、戻って来ちゃったっていうか……」
    「そっかそっか。でも大丈夫よきっと。おじいちゃん、欠席の理由考えるの得意だから」
    「例えば?」
    「えっと……」
     水虫が爆発した。朝起きたら目から血を流していた。静電気がひどすぎて触ったもの全てから火花が出た。
     ありとあらゆる病気をでっちあげた後にもかごめの祖母は彼女が中学を休む理由をずっとずっと考え続けてくれていた。なれば、孫が中学をいつまでやもわからない欠席する理由を作り上げるなんて簡単なことだろう。
    「やだ、そういう理由で私休んでることになってるの?」
    「きっとそうよ。でもよかった。みんな元気にしてるみたいだし……」
     十年と余年。
     最後に見た弟・草太はぶかぶかの学ランを着た中学生だったというのに、聞けば、あ 2775

    妖怪ろくろ回し

    MOURNINGせつなと犬夜叉*


    「殺生丸はよ、分かってたんだぜ」
    「……」
    「すぐちょっかいかけてきやがるし、おれを何かと半妖呼ばわりしてくるし……なに聞いたって答えねぇし。……でも……おれには分かるぜ」
    「……」
     せつなは答えない。
    「おれのおふくろはさ、死んだんだ。ずっと小さい頃に。……おやじもおれが赤ん坊の頃死んだ。殺生丸からしたら人間の女とその子どものために自分の父親が死んじまったもんなんだ」
     だからってあれやこれやと因縁をつけられ続けるのも困った話だが。
     しかし犬夜叉もまた、今こうして可愛い可愛い愛娘と共に在る中とあっては、殺生丸が彼の『愛娘』にしたことを納得できずとも理解はできる。とにもかくにも言葉というものに重点を置かない異母兄は全てを行動で示す。それが分かりにくい、と言われ、時に冷酷であるという印象を──あながち間違ってはいないが──相手に抱かせる。
    「父は子を守らぬのか。崖から蹴落とすのが愛情か」
    「おれならそんなこたぁしねぇ。……でも……おれが知ってる半妖たちはみんな、おれも含めて……妖怪の父親なんてすぐ死んじまうか、一緒にいられねぇほうが普通だ」
    「!」
     地念児の父親もそう。たい 2221

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    MOURNING殺生丸とご母堂*


     牛車くらい貸してやろう、持っていけ。
    「あの小娘は身寄りもいないのだろう。ならば嫁入り道具なども持ってはおるまい。ここのものを持っていくがよい」
     化粧道具一式から香道具まで。箪笥に長持に美しい反物の数々。
     見目麗しき女妖怪はあれやこれやと家来どもに命じて殺生丸が口を挟むことも許さず慌ただしく貢物を用意させた。鞍には米俵まで積んである。全く、あの小娘を嫁にしたのであれば一度この母の元へ連れてくるのが道理だろう。そんな『当たり前』を指摘したところで聞くような息子でないことはとうに分かっていた。
     かつて父が人間の小娘に心奪われて以来か弱き人の種を嫌悪してきた息子がこうも手のひらを返すとは、とそれでも女はどこか嬉しそうに笑みを浮かべた。
    「要らぬと言っておろう」
     それに対して息子が口にするのは相も変わらない言葉。
    「ならば小娘を連れてこい。それで免じてやろう」
    「誰が連れてくるものか」
    「……根に持っておるのか?」
     いまだに?
     問えば殺生丸は眉間に刻んだ皺をさらに増やすのみ。
     どこまで知っていたのかは今となって問い正すつもりもないが、今でも気に食わないことは確か。冥道へ 1858

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    MOURNING殺りん(妄想)*


     涙の粒を拾う。
     貝殻のように美しく指先に伸びていた爪は割れ、いつもりんを守っていた男の筋張った手には無数の刀傷。青白い顔(かんばせ)から溢れるもう数えきれなくなった涙を指先で弄ぶように受け止め、乾いた血の上をそれは滑り血で赤黒く染まった着物の上へと落ちていく。
    「殺生丸、さま」
     泣くな。
     頭を撫でてやりたくともこれ以上は腕が上がらない。
     全く、西国の大妖怪が子に産まれておきながら、数百の刻を生きながら、それでも尚この有様か。殺生丸はどこか他人事のように無様に転がる己の隣でさめざめと泣き続ける娘の赤らんだ目元に触れた。
     痛みはない。
     戦いの最中には感じていたはずだが、こうして全てが終わり再びりんの吐息を感じられることを知ったその瞬間、全ては忘却の彼方。動かぬ身体のことも、砕けた手指のことも、千々に引き裂かれた毛皮のことも、全てどうだっていい。
    「……りん、」
     焼けた喉を鳴らせば絞り出されるは獣の唸りにも似た声音。
     今頃あの姫どもは大慌てでこちらへ向かって来ていることだろうか? 旅の最中、方々でさぞ耳が痛くなるほどに聞かされたことだろう。父たる殺生丸という妖怪がど 1263

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    MOURNINGりんとせつな(妄想)*



    「せつなの髪、殺生丸さまそっくりだね」
    「私の……?」
     うん、そう。
     りんは嬉しそうに自分よりもすっかり背の高くなった娘の黒髪を櫛で梳いた。美しい細工が施された櫛も殺生丸がかつてりんに持ってきたものだ。こういった類の価値をりんは知らないが、とてつもなく上等だ、という話だけは聞いている。けれどりんの髪の毛は何をしてもごわごわと櫛を弾くし、放っておけばすぐに広がり散らかってしまう。
    「見て、こんなに綺麗」
     白い手が黒い髪束をとり、せつなの眼前へとそれを運ぶ。
     背に流れ落ちる一房の赤を抱いた黒髪はされるがままに櫛を受け入れ、するりするりと落ちていく。
     それなりの手入れはしているがそこまでの手入れはしていない、と言うせつなの言葉は真実だろう。産まれながらに彼女の髪は殺生丸のそれをしっかりと受け継いでおり、風がなびこうが雨にうたれようが美しいままだ。
    「自分では……分からない」
    「ほんと? じゃあ今度殺生丸さまの髪、触ってみて」
    「触らせてくれる、のか……?」
    「大丈夫。もし駄目って言われたらりんに任せて!」
     父娘関係は今の所最悪だ。
     どれほど高尚な理由があろうとも、どれ 1939

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    MOURNING殺生丸ととわ(妄想)*


    「この髪、好きじゃなかった」
     娘は告白した。「この髪の色のせいで……色んな奴らに目つけられて。本気になればあんな奴ら一発だったけど、草太パパと約束したから」と。
     だからいつもやりすぎない程度に反撃して返り討ち。けれど中途半端に闘争心に火をつける結果となり、喧嘩を売られるたびに相手の人数は増えていった。白髪、脱色、ヤンキー、メッシュ女。今まで言われた悪口の数々はもう覚えていないほど。
    「……」
     父親は黙ってそれを聞く。
    「私は……自分が半妖だって知らなかった。せつなの髪は真っ黒で……私は白くて。昔はなんとも思わなかったんだ、髪の色なんて。草太パパも萌ママも芽衣も私とは違う色だったけど……気にしたことなんて なかった」
     けれど街へ一度出れば。
     自分と同じ髪色の子供なんて見たことがなかった。お父さん外国人? とか、お母さんは? とか、親の話を聞かれてもとわは何一つ答えることもできなかった。草太だけはとわが何を言おうとも信じてくれたし、彼女の髪の色も「綺麗だね」と言ってくれていた。
     それでも好きにはなれなかった。
    「……だから厭うか」
     この髪を。
     するととわはふるふると 1485

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    MOURNING琥珀と邪見*


     また難題を。
     燕の子安貝を取ってこいと言われた方がましやもしれない、こんなことでは。否、命じられた『使い』の難易度はそれほど高くはない。ただ単に「着物を買ってこい」と砂金の詰まった巾着を投げつけられただけだ。
     たったそれだけのことではあるが、相手が悪い。
    「(殺生丸さま、そういうところあるよな……)」
     見た目こそ見目麗しい妖怪であるが、蓋を開けてみれば傍若無人と言っても過言ではない男だ。確かに、琥珀には殺生丸に命を守られた恩義はある。それはあれど、だからといって使い走りになったつもりもなくば下僕になったつもりもない。
    「なんだ琥珀、浮かん顔をして」
    「……殺生丸さまご自身のほうがこういうの、向いてると思うんですけど」
    「ばぁか。あのお方が慣れてたらそれはそれで怖いわい。あれくらいでちょうどよい」
    「そんなもんです?」
    「そんなもんじゃ」
     齢数百といえど、あの殺生丸という妖怪は今の今まで女に貢物などしたことはない。
     父が母に贈り物をし、そして十六夜という人間の小娘にも多くのものを与えたことは知っている手前、男は女に貢ぐものだと考えている節すらある。それはいい、それは。 1194

    妖怪ろくろ回し

    MOURNING殺生丸と十六夜*


    「あぁもう、どうしようどうしよう……ごめん殺生丸! 少しだけでいい、ただ抱いてるだけでいいから翡翠を見ておいてくれ!」
     戻ってくると言ったはずの法師さまは戻ってこないし、琥珀は薪割りに行ってしまったし、かごめちゃんも楓さまのところに行っちゃったから。だから少しの間でいい、少しだけ見ておいてくれ!
     とまぁ、つまるところ殺生丸に拒否権などない様子でまくしたてられ、妖怪はやわらかい受け物を退治屋の女から受け取った。
     喃語ばかり口にする赤子のことを知らない訳ではない。珊瑚、琥珀、金と玉の名を持つ娘たちに翡翠。よくもまぁ人間にしては大層な名をつけたものだが、そんなことはどうでもいい。お願い、と赤子を押し付けてきた母親は確かに大忙しらしく、飛来骨を握りしめて家を出て行った。外れに妖怪が出ただとか村人が叫んでいたからだろうか。
    「……解せぬ……」
     請われれば殺生丸は妖怪を始末してもよいとまで思っていたのに、どうしてこうなるのか。
    「あ、殺生丸さま」
    「……」
    「さっき珊瑚さまが妖怪退治だって出て行ったけど……翡翠、こんなところにいたんだ」
    「……やる」
    「だめですよう、せっかく寝てる 2271

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    MOURNING琥珀と殺生丸(妄想)


    「なぜ私の邪魔をする」
    「……どうしても、です」
    「返事になっておらぬ」
    「…………」
     琥珀は息を吸った。
     尊大な物言いは変わらない。人間にとっての十と余年は幼子が立派な戦士になるには十分すぎる時間だが、妖怪にとってはそれこそ矢よりも疾く消え去っていくだけの刹那。人にとっての永遠さえ、殺生丸にとってはただひとときでしかない。
     故にそんな瞬きの合間に性格が変わることなんてない。
    「なぜだ 琥珀」
    「……確かにせつなは殺生丸さまのご息女ですが……退治屋の仲間です。退治屋の仲間は家族も同じ。彼女がどう思おうが……生まれがどうであろうが、もう せつなはおれたち退治屋の家族です」
    「……」
    「家族に 家族を殺させやしません」
    「…………」
    「おれは奈落の手にかかり、自分の父と退治屋の仲間を殺しました」
    「……貴様」
    「抗えなかったなどと言い訳はしません。家族だけでなく……多くの罪なき人びとを この手で。姉上すら……りんをも殺そうとしたのは事実だ」
    「だからなんだと言う」
    「どんな理由であれ、おれはせつなに家族を殺させるつもりなどありません。例えそれが、殺生丸さまの御心だったとしても 2151

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    MOURNING琥珀ととわとせつな(妄想)*


     父はどのような人となりであったか。
     時代樹からぬるりと『出て』きたせつなは静かに尋ねた。
    「せつな。お前が殺生丸さまの息女だということはおれも知らなかったんだ」
    「そんなことはもういいんです」
    「……信じてほしい せつな。お前が何を聞き、何を見、何を考えているかはおれには分からない。けれど……おれの知る殺生丸さまは今まで会ったどんな人や妖怪よりも気高い方だった」
    「私はこの目で見たものしか信じない」
    「ならばその時代樹の言葉もまた、真実とも限らない」
     そうだろう? と琥珀は表情を緩めた。
     もし殺生丸の娘であると知っていれば。知ったところで彼女を優遇したかは分からない。けれど、あの頑なに閉ざした心の慰みにでも父・殺生丸の昔話でもしてやれたかもしれないのに。
     とはいえ。
     一度『そうである』と言われると最早このせつなという少女の父親は殺生丸以外考えられない。今までどんな育ちをしてきたかは不透明なままだが、あの物言い、態度、そして類稀なる戦闘への才能。妖怪退治という危険極まりない仕事にも怖気付くことなく、かつて琥珀の姉・珊瑚がそうであったようにまだ幼いながらも堂々とした居住 2208

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    MOURNINGせつなととわ(妄想)*


    「パ……パパ!」
    「?」
    「パパって! 呼んでもいい!?」
     見慣れぬ服を着た娘の片割れは興奮したように紅潮した顔でそう叫んだ。
    「ぱぱぁ?」
    「……父親、という意味らしい」
     もろはの疑問にせつなは丁寧に教えてやる。
     育ての親である『草太ぱぱ』なる人物はそれ自体が名前かと思っていたが、どうやら違うらしい。『ぱぱ』という呼称は子供が甘えて父親を呼ぶための──せつなの母親が亡き彼女の父を『おっとう』と呼ぶのと同じ。
     その音自体全くもって聞いたこともないが、『あの時代』ではそう呼ぶ子供たちは多いそうだ。
    「草太ぱぱは草太ぱぱで、殺生丸が本当の『ぱぱ』か」
    「おそらく」
     せつなの父親でもあるんだろう? と聞いても彼女は知らん顔。
     どうせ記憶もないし、例え記憶があったとしてもとわのようにはしゃぐ気にはなれない。せつなにとって『家族』と言えそうなのは、退治屋の仲間たちだ。身寄りのないせつなを温かく受け入れ、出自も分からぬ無愛想な娘を仲間として共に妖怪と戦ってきてくれた、彼らのこと。
     どれほど似ているだとかなんだとか血の匂いが同じだと言われようと──とわと同じで──突然現れて実の 1645

    妖怪ろくろ回し

    MOURNINGせつなと殺生丸(妄想)*


     ふざけるな、と娘は激昂した。
     そんなことをしてまで人間を我が物にしたかったのか、と実の父親を問い詰める形相はその父生き写しだ。静謐の中で燃え盛る青い炎のように、無音の中で荒れ狂う大波のように彼女は怒り狂う。ちょっと、やめなよ。そう言うとわの言葉など当然聞こえていない。
     夢と記憶を奪った胡蝶をけしかけたのが父親だと知れれば。
     彼女の怒りは尤もだ。とわは住んでいた場所から弾き出されたとはいえ、何一つとして奪われていない。懐かしく暖かな夕陽を脳裏にしかと刻み込んだまま、いつか再会することを願いのうのうと生きてきたのだから。妹の苦しみを理解してやることなど不可能なのだ。
    「我が眠りを奪っておいて、尚そう言うか!」
    「……」
     父親は答えない。
     どうしてせつなの夢を奪ったの?
     どうしてせつなから眠りを奪ったの?
     どうして 妹から記憶を奪ったの?
     貝殻よりも固いとわの口が開くことはない。尋ねなければならないことは多い。愛する妹から優しい夜の眠りを奪い去った理由を問い質さなければならなかった。例え如何なる理由があろうとも──娘の夢を奪うほどの理由があるのなら──それを教えて欲 1956

    妖怪ろくろ回し

    MOURNINGとわとせつな*


     完全な円を描く月夜に美しい音色が響く。
     藍色に散らばる星々のきらめきは月の輝きによって隠され、月光は人気(ひとけ)のない森の中であっても煌煌(こうこう)と半妖の少女を照らしていた。眠れない夜にはこれを、と。姉を自称するとわが育った摩訶不思議な里で譲り受けた弦楽器を彼女は奏でていた。
     名前はなんといったか、途方もなく聞き慣れぬ言葉だったはずだ。遠い遠い南蛮の楽器だという説明だけは辛うじて理解できたが、それ以上のことは分からない。
    「(……分からん)」
     もっと曲を教えてもらえばよかった。
     退治屋の里に於いてせつなは他人に教えを請う立場にあることは少なかった。最初こそ武具の扱い方は習ったものの、天性の直感と(今になって外野が言うには)父譲りだろう才覚のおかげで兄弟子である翡翠の世話にはほとんどならなかった。
     要は、ほとんど人に教わったことのないせつなの手は詰まってしまったのだ。もっと、もっと。もっとたくさんあの時代の曲を聞いておけばよかった。
     音の出し方は理解した。調弦の仕方も、手入れの仕方も習った。道具も一通り譲り受けた。けれど、その手は止まる。音を奏でていくだけの動 2221

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    MOURNING殺生丸ともろは(妄想)*


    「いーのかよ、こんなんでさ」
     姪を名乗る四半妖の小娘は唇を尖らせた。
     あ、これ食べる? と大きな大きな風呂敷のようなものから彼女が取り出したものはいつか見たことのある食べ物。時折犬夜叉やかごめたちから臭っていた、アレだ。芋と脂と何かの臭いが混じった、とにかく臭いの強いもの。そんな印象しかないが、この世に似つかわしくない見慣れぬ文字が刻まれたそれは『あちら側』から持ち込んだものだということはすぐに分かった。
    「食わぬ」
     それは鼻が曲がる。
    「……そこには返事するのかよ」
     じゃアタシが独り占め。もろはは嬉しそうに袋を破り、薄暗い川辺にあの臭いが漂い始める。
    「……臭い」
    「風下に座るからだって。言っとくけど、アタシは動かねぇからな」
    「……」
     答えない殺生丸のほうをもろははちらりと一瞥し、再び視線を袋の中に戻す。もう残りは少ない、折角ならみんなで分ければよかったかな、とも思ったがすぐにその考えは捨てる。どうせせつなはこの目の前の殺生丸と同じで「臭い」と言って切り捨てるし、とわはあぁ見えてすぐに遠慮する性格だ。いずれにせよ一人で食べることになっただろうし、と容赦なくそれを口 2454

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    MOURNING殺生丸と刀々斎(妄想)*


     カーン カーン
     小気味いい音が鳴る。人っ子一人見当たらない薄いぐらい洞穴で老翁が刀を叩く音は恐ろしいほどに響き、無言の続く空気を叩き割る。
    「(だぁから嫌だったんだけどなぁ)」
     口から火を噴く刀鍛冶の妖怪はいつまでも慣れることのない妙な緊張感に冷や汗を垂らした。
     犬の大将から頼まれていなければ金輪際関わりたくないとすら思えるその刀の持ち主たる妖怪は口を閉じたまま刀々斎の近くで微動だにせず座ったままだ。すぐ終わる、その辺で待っていろと告げたのは老妖怪自身だが、出来上がったら持って行くとでも言えばよかったと遅すぎる後悔を今更ながら抱く。
     随分と丸くはなったものの、それでもこの殺生丸という男は気まぐれが服を着て歩いているようなものだ。以前ほど激しい気性ではないし、出会い頭に「殺すぞ」なんて物騒な言葉を投げつけてくることもなくなったが、それでも不機嫌を丸出しにした殺生丸とは口を聞きたくないのが本音だ。
    「……刀々斎」
    「んだ」
     弟と共々揃って人間の小娘に入れ込み、あろうことかその間に娘まで儲けてもその性格はひん曲がったままだ。
    「私は 父上と同じ轍は踏まぬ」
    「まだなんも言 1892