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    母乳カクテルミナアレ。母乳本のやつだけど短いのであげちゃう

    カルーアミルク 下品な金の指輪を嵌めた指がカードを捲る。場に出た5枚のカードに対して、挑戦者の手札はエースが2枚。ナッツフルハウス(エースを含む、同じ役の中で最高のハンド)だ。ポーカーにおいて、かなり強い手と言って良いだろう。
     挑戦者はすでに勝利を確信しているのか、すでにフォールした取り巻きと共に脂ぎった笑顔を並べている。傍で見ている私でも分かる、あからさまな視線が、対面に座るディーラーの褐色の肢体を蛇のように舐め回す。
     黒のタキシードを模したボンテージの衣装。カマー・ベスト風のトップスは襟ぐりが大きく開き、はち切れんばかりの胸元がそれを余計に押し上げている。ホルターネックの背中は肩甲骨も露わに、逞しい背筋とキュッと絞られたウエストのラインが美しい。綺麗に割れた腹筋から鼠径部に下れば、隠しきれないホットパンツの膨らみに辿り着く。後ろを向けば尾てい骨の割れ目と、まん丸の尻尾が見えるだろう。もちろん、頭にもピンと立ったウサギの耳──そしてトドメに、真っ赤なソールのハイヒール。
     このカジノの名物の一つであるディーラーは二人とも美しく、扇情的で、強い。より過激な"ご褒美"を賭けて山と積まれたチップも、鼻息の荒い挑戦者も、常連であれば見慣れた光景だ。
     挑戦者の視線に、しかし当のディーラーは眉一つ動かさなかった。ただ挑戦者を一瞥して、無造作に自分の手札を捲る。
     深緑の羅紗に並んだカードは6が2枚。
    「フォーカード──俺の勝ちだな」
     愕然とする男達を尻目に、艶っぽい唇が扇情的な弧を描く。ギラリと輝く紫の瞳は、いったい何人を魅力して来たのだろう。
    「悪いがチップは貰ってくぜ」
     慣れた手付きがチップを回収してゆく。手持ちを全てスッたらしい男達は聞くに堪えない悪態をつきながら腰を浮かせたが、ディーラーのひと睨みで大人しくなる。これも毎度の光景だった。
    「アレク!」
     カジノに似つかわしくない、明るい声がホールに響く。このカジノのもう一人のディーラーだ。
    「ミナト」
     立ち上がったディーラー──アレクが駆けてきたミナトを抱きとめる。ミナトの格好もアレクと同じバニー衣装だが、アレクの毛並みが黒なのにに対してミナトは真っ白だ。二人が互いの背に手を回すと、豊かな胸が二人の体の間で潰れる。良い目の保養だ。
    「勝った?」
    「当たり前だろ」
    「よかった。下品な人たちだったから」
     ミナトの指がアレクの二の腕に絡みつく。ハイヒールが股下を縫って、褐色と乳白色の脚が重なり合う。
     モノトーンの兎の耳の先端が触れ合う。
    「君があんな奴らに好きにされるところは見たくないな」
     穏やかに笑うミナトの瞳は、しかしどこか妖しげな色香が滲む。艶っぽい視線に、紫の瞳にも熱が灯る。
     ふと横を見ると、私と似たような客達がディーラー達の痴態に鼻の下を伸ばしていた。彼らに勝つ自信のない客達はこうやって、客寄せのサービスのおこぼれに預かるしかない。しかしこれだけでも、高い入場料を払ってでも見る価値がある。
    「お前こそ負けるんじゃねぇぞ。この前負けやがった」
    「ごめんって。でもアレクもこの前サービスしてたじゃん」
    「うるせぇ仕事だ」
    「おれもだよ!」
     ──間に挟まりたい
     そんなことを考えながらイチャつく二人を眺めていたが、不意にミナトがこちらを振り返った。水色の瞳と、パチリと視線が合う。
    「あなたも挑戦する?」
     ミナトの言葉に、アレクまでこちらを見る。二対の瞳に見つめられて、私はただ手と首を横に振るしかできなかった。一瞬で顔が熱を持ち、じわりと手に汗が滲む。
    「そっか」
     宝石のような瞳は、呆気なく逸らされてしまう。仕方ない。所詮私はモブなのだ。
    「じゃ、頑張ってねアレク」
     ちゅ、とリップ音を立ててキスをすると、ミナトはドリンクの盆を片手にルーレットの方へ駆けていった。ポンポンと揺れる尻尾が可愛らしい。アレクも頭上の耳を揺らしながら、カードゲームのテーブルの周りを周っている。また一人、お尻を触ろうとした不届き者の手をピシャリと撥ねつけた。
     すると、アレクに話しかける男がいた。遠目でも分かるスーツの仕立ての良さ、場慣れした雰囲気。明らかに普通の客とは違う。
     それを裏付けるように、アレクが好戦的に笑った。
    「またあんたか」
     男は何やら親し気にアレクと話している。常連なのだろうか。ディーラーと会話ができるだけでも羨ましいというのに、男は自然な手つきで素肌の腰に手を回す。
    「おい、お触りは禁止だ」
     片眉を上げたアレクがピシャリと手を叩いても、男は飄々としている。痛いなぁ、と笑う男が、アレクをテーブルへと誘う。
    「フン、勝ちっぱなしにはさせねーからな」
     その台詞にドキリとする。この男はディーラー相手に勝ち続けているのだろうか?
     アレクは脚を組んで男と向かい合う。ムチムチの太腿が目に毒だ──私はこの肢体を盗み見ることしかできないのに。
    「テキサスホールデムでいいな」
     男が鷹揚に頷くと、カードが配られる。レイズ、という呟きと共に積まれたチップに度肝を抜かれた。
    「ハッ、何させる気なんだか」
     アレクは平然とレイズを受ける。大金を賭けておきながら、「ナイショ」と手を組む男はあくまで楽しそうだ。 
     カードの配布とレイズを繰り返し、チップの山に恐怖を覚えた辺りで漸くコールの声が響いた。
     男の手がカードを捲る。
    「Aのフルハウス……」
     アレクの眉間に皺が寄る。苦々しげな手付きがオープンしたカードは──Kのフルハウス。
     観客がどよめく。ニコリと微笑む男に、アレクは舌打ちを零した。
    「あんた人のカード見えてんじゃねぇだろな」
     「そうかもね」と煙草に火を付けた男は飄々としている。アレクは拗ねたように鼻を鳴らすと、山と積まれたチップを金色のコインに交換してゆく。
     月の模様が彫られたコインが、照明の光に金色に輝いている。"ご褒美"に必要な金貨が、こんなに沢山。
    「それで?お大臣様は俺に一体何をさせる気で」
     頬杖を付いたアレクが口角を上げる。ゴクリ、と生唾を飲み込む私をよそに、男はゆったりと紫煙を吐き出した。薄く煙をたなびかせるその様も、絵になる男だ。
     ──とりあえず、カクテルが飲みたいな
     男の言葉に、アレクは片眉を上げた。呆れたような、面白がっているような、そんな表情だ。
    「アンタもいい趣味してんな」
     おまかせでいいな、と立ち上がると、アレクはバーカウンターの方へ歩いて行った。そしてグラスとリキュールの瓶を手に戻ってくる。
     ハイヒールの曲線美を眺めながら、私は訝しんでいた。大金を払って得る"ご褒美"が、ただのカクテルなハズはない。──口移しか、もっと過激な飲ませ方、とか。
     私の邪な妄想をよそに、アレクがグラスにリキュールを注ぐ。そこでふと、妙なことに気づいた。
     カクテルのはずなのに、コーヒーリキュール以外のボトルがない。
     どうするんだろう──そんな私の視線の先で、男がグラスを手に取った。アレクの肌のような、コーヒー色の液体がグラスの底で踊る。
     男の指がアレクを呼ぶのを合図に、アレクが男の座る椅子の背に手をついて屈み込んだ。片膝がクッションに乗りあがり、ソールの鮮やかな赤が目を刺す。男の吐き出した紫煙の最後の一口が、ライムグリーンの前髪を揺らした。
     男の見つめる目の前で、褐色の指がカマーベストのボタンにかかり──ボタン一つで留められていた布地は、あっさりと2つに分かれた。
     男からは、きっと、豊満な胸だけでなく、先端の突起も全て見えているのだろう。普段ベストに隠されているそこは──私には知る由もないが──肌よりも幾分濃いチョコレート色で、艷やかで、思わず口に含みたくなるような、そんな乳首のはずだ。
     ベストのカーテンの下で、淫靡なご褒美は続いてゆく。アレクの手が動いて、自らの胸を掴むのと、男がグラスを上げるのは同時だった。
     パタタッ……
     微かな水音がする。断続的に聞こえる、グラスの底に液体が注がれる音。実際、グラスの水面が上がっているから、それは間違いない。
     ──なら、この白はなんだ。
     白い、トロリとした液体が落ちてくる。ベストで隠されたグラスの縁から、透明な斜面を伝い、褐色のリキュールと混じり合ってマーブル模様を描く。
     カルーアミルク。唐突に浮かんだ単語が、頭の中でグルグル巡る。私の妄想と欲が脳味噌の中でマーブル模様を描く。カルーアミルク、きっとそうだ。真相は、アレクと男にしか分からないけれど。
     なんて、甘美なご褒美だろうか。

     気がつけば、グラスは一杯になっていた。
     男が薄茶色のカクテルに口をつける。相変わらず美味しいね、と目を細める男に、アレクはただ鼻を鳴らして答えた。ギシリと大きく椅子を軋ませて立ち上がると、ベストの前を閉じてしまう。
     ただ、私は見ていた──離れる直前、アレクがハンカチで胸を抑えていたのを。そのハンカチを、ベストの内ポケットに仕舞ったのを。
     あのハンカチだけでも貰えないだろうか。そんな浅ましいことを考えながら、私はVIPルームに消えてゆく二人の背中を見送っていた。
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