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    フォラクレのクリスマス話。ドイツの小さな街にて。
    なお、アンティ…が成功したIf設定です。

    ##フォラクレ

    Stille Nacht ~静かなる聖夜~ 雪混じりの冷たい寒風が、クレーバーを嘲笑うかのように吹き抜ける。
     耳が千切れそうな冷たさに、帽子を忘れたことを激しく後悔する。だがクリスマスイブには店も開いていない。
     クレーバーは鼻をすすった。ふと、人前で鼻をすするのはやめなさいと博士に言われたことを思い出す。
     だが、もうここに博士はいない。
     もう一度、派手に鼻をすすると、冷たい空気が脳天を突いた。馬鹿だった。
     だが冷たい空気と一緒に、甘く香ばしい香りが鼻をくすぐった。クンクンと探る。たぶん、これは広場の方だろう。あてもなくフラフラしていた足は、突如目的をもってサクサクと雪を踏みしめた。
     街の広場には、一応クリスマスツリーが立ち、クリスマスのデコレーションがされている。見回すと匂いの元はすぐ見つかった。広場の片隅の小さな移動屋台。暖かい明かりの元、大きな銅鍋の中で、ローストアーモンドがかき混ぜられている。クレーバーは引き寄せられるようにそちらへ歩いていった。店員が、コーン型にした包み紙に、砂糖をたっぷり絡めたアーモンドを入れて客に渡している。前のカップルが嬉しそうに受け取って離れていくと、店員がクレーバーへ視線を移した。
    「Ein」一つ、と言いながらポケットを探って小銭を出すと、店員は眉を上げて何か尋ねた。
    「え?」怪訝な顔をすると、クリスマスらしからぬ仏頂面の店員は表情を変えずにもう一度繰り返す。だが何を聞かれたのかさっぱりわからない。アーモンドごときに、一体何を聞くことがあるんだ。何も言わないクレーバーに、店員は肩をすくめ、もういいというように次の客の方を見た。
     クソっ、一体なんでこうなるんだ。
     店員に一瞥をくれ、クレーバーは諦めて泥混じりの雪を蹴散らしながらその場から去った。
     博士の国の言葉。
     フォラー博士と、博士の仲間たちに少しでも近づきたくて、少しでも認められたくて、一生懸命勉強したのに。この忌々しい言葉は、何年たっても自分には出来るようにならなかった。
     ポケットの中でぐっと拳を握る。
     鼻がツンとするのは寒さのせいだろうか。鼻先を伝う鼻水を肩で無造作に拭う。
     教会の横を通ると、中から歌声が聞こえてきた。
       Stille Nacht, heilige Nacht…
         静かな夜、聖なる夜……
     だが、意味がわかったのはそこまでだった。英語と同じ歌詞だっただろうか、と考えかけて、そんなこと考えてなんになるんだと鼻をならす。
     もうどうでもいい。もうこの言葉をものにしようと頑張る必要もない。
     自分の役目は終わったのだ。
     自分が博士のもとにいる理由はなくなった。もう自分がいる必要はなくなったのだから。
     そう悟った時、気づけば少ない荷物を手に列車の駅に立っていた。観光案内所で教えてもらった通りに買った切符は、この街に自分を連れてきた。来てみればなんてことのないつまらない街。だが、それが自分には相応しかったのだろう。
     通りのベンチに腰をおろす。積もっていた雪が尻を濡らす。
     時折通り過ぎる人はクレーバーのことなど見向きもしない。家族と一緒に歩いていく人々。明かりのともった窓から聞こえて来る人々の笑い声。
     冷たく沈黙するクリスマスイブの夜空は、今の自分にとって孤独そのものだった。静かで聖なる夜なんて、恵まれた人のものでしかないのだ。
     ふいに眠気に襲われる。
     暖かいベッドで満足に寝たのはいつだっただろう。いや、もしかするとこの眠気は、雪山で遭難する時みたいなやつだろうか。
     それならそれで構わない。首をすくめ、クレーバーは瞼が落ちるに任せた。

     ウールのコートの襟元をかき寄せ、フォラーは寒風に背を押されるように雪の積もった通りを歩いた。ブーツの足元は、正確な動きで凍っている所を避けながらも、せわしなく雪を踏みしめる。
     クリスマスのイルミネーションには目を止めず、通りを行く人々を見ていた視線がふと止まった。軽く緩んだ口元からふっと白い息が漏れる。
     本当にここにいたとは。
     自分と同じ名前の街がある―ドイツの地図を見ながらクレーバーがそんなことを言っていたのはいつだっただろう。自分でもそんなことは記憶の隅にすら置かなかったはずなのに、彼が消えた時、ポトンと零れ落ちるように思い出したのは不思議だった。そのあとは、逃げ出したこの犬の足あとを追うのはそれほど難しくなかった。
     頭を垂れて身を竦める彼の前に立つ。だが彼は気づかないのか身動きしない。
     乱れた金髪の髪にはうっすら雪がつもっている。帽子をかぶれとあれほど言っていたのに。
    「クレーバー」
     ベンチの雪を払い、隣に腰をおろす。
    「クレーバー?」不安を感じ、その顎に手を伸ばし顔を持ち上げる。
     点々と白くなった彼の睫毛がかすかに揺れる。
     うっすらとその目が開き、そして自分の顔を見つめた。
    「博士……?」溜息のような声が漏れる。「なぜ……」
    「それは私の質問だ。なぜ勝手に出ていった?」
    「もう俺は……」必要ないと思って、と掠れた声が言う。
    「馬鹿な」
     クレーバーの体が小さく震えフォラーにもたれかかる。
    「もう、すべて終わったから…だから…」
     フォラーは黙ってその肩に腕をまわした。雪が静かに舞う空を見上げる。
     自分は、成功したはずだった。
     アンティキティラは自分たちを狙い通りの時と場所に連れてきた。
     計画通りに実行し、目的を果たした。
     失敗しなかったのだ。
     だが、自分は神になれなかった。
     結局、世界は変わらなかった。一人の指導者を殺したところで、歴史の歯車を少し変えたところで、生み出された新しい歴史は、世界は、落胆するほど代わり映えしなかった。
     この星にいる数十億人の運命を操ることなど自分には、いや誰にも出来ないのだ。最後にはそう悟るほかなかった。
     そう悟ってから、勢いを失った自分は、この若者を落胆させたのかもしれない。
    「ああ、そういえば」
     フォラーはふと思い出してポケットを探った。
    「腹がへっているだろう?」
     クレーバーは頭を上げ、差し出された赤と白の包み紙を見た。少しばかりクシャクシャになった温かい包み紙から、甘く香ばしい匂いが漂う。
    「さっきそこで売ってたのでね」
     クレーバーがふっと小さく笑う。
    「なぜ笑う?」フォラーが聞くと、別に、とクレーバーは首を振り、手袋を外すと指先でぎこちなく一粒をつまんで口に入れた。大穴の開いた手袋にくるまれていた彼の指先は赤くなっている。
    「冬はこれに限るな」フォラーも一つ摘まむ。温かいグリューワインでもあれば完璧だが。
      Stille Nacht, heilige Nacht...
     教会から柔らかな歌声が聞こえる。
     ああ、なんて静かで平和な夜なのだろう。世界は毎年飽きもせずこの日を迎える。
    「Danke……Vielen Dank, Hr. Voller……」
     目を伏せたクレーバーが小さな声で言う。その発音は十分に正確で、彼が自分のもとで過ごした年月を思い出させた。
    「さぁ、暖かい場所へ行こう」
     欠伸をするクレーバーを抱えるようにして立ち上がらせ、ホテルへ向かう。
     ホテルに着き、部屋の暖房をつけて、目が閉じかけている彼をベッドに入れると、すぐに寝息をたて始めた。彼の濡れた外套を椅子にかける。
       ...Schlaf in himmlischer Ruh…
        優しき少年よ 天国がごとき安らぎのなか眠れ……
     フォラーの頭の中で、さっき教会から聞こえた歌が頭の中で流れる。
     神になどなる必要はなかったのだ。
     自分には祖国や世界の運命を変えることなどできないが、その腕の中の一人を抱きとめるだけで十分だったのだ。
     少年と言うには年をとりすぎている目の前の寝顔を見つめる。
     いつもの革のカバンから、ラッピングされた包みを取り出した。
     最低限のものだけ入れて出てきたつもりなのに、なぜかこれもちゃんと入れていたらしい。ベッドの横のサイドテーブルにそっと置く。包みの中のドイツ最高品質の暖かい革手袋と帽子は、彼を少しばかり暖めてくれるだろうか。
     ポケットから、クシャクシャになったアーモンドの包み紙を取り出し、残っていた一粒を口に入れる。
     静かに更けていく聖夜に、カリカリと小さく軽やかな音が響いた。
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    Ordet_er_frit_

    DONEフォラクレのクリスマス話。ドイツの小さな街にて。
    なお、アンティ…が成功したIf設定です。
    Stille Nacht ~静かなる聖夜~ 雪混じりの冷たい寒風が、クレーバーを嘲笑うかのように吹き抜ける。
     耳が千切れそうな冷たさに、帽子を忘れたことを激しく後悔する。だがクリスマスイブには店も開いていない。
     クレーバーは鼻をすすった。ふと、人前で鼻をすするのはやめなさいと博士に言われたことを思い出す。
     だが、もうここに博士はいない。
     もう一度、派手に鼻をすすると、冷たい空気が脳天を突いた。馬鹿だった。
     だが冷たい空気と一緒に、甘く香ばしい香りが鼻をくすぐった。クンクンと探る。たぶん、これは広場の方だろう。あてもなくフラフラしていた足は、突如目的をもってサクサクと雪を踏みしめた。
     街の広場には、一応クリスマスツリーが立ち、クリスマスのデコレーションがされている。見回すと匂いの元はすぐ見つかった。広場の片隅の小さな移動屋台。暖かい明かりの元、大きな銅鍋の中で、ローストアーモンドがかき混ぜられている。クレーバーは引き寄せられるようにそちらへ歩いていった。店員が、コーン型にした包み紙に、砂糖をたっぷり絡めたアーモンドを入れて客に渡している。前のカップルが嬉しそうに受け取って離れていくと、店員がクレーバーへ視線を移した。
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