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    汝、隣人を愛せよ

    @omaega_iuna_

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    POIPOI 7

    人間の花×アンドロイドの流 (+板金屋の水)(いうほどカプ要素はないです)
    みんな20さいくらいです
    デト…ビカ…ューマンみたいな世界観のゆるSF
    あんまちゃんと設定詰めてないからゆるめに読んでくだちい

    洞窟のようなつめたい暗さのなか、裸電球だけが無機質に灯っている。手術台と言えるほど丁寧なものではないが、似たような役割の、水平に置かれた台が照らされていた。そこに、長身の人間の男のようなものが横たえられている。黒い髪で、アジア人の骨格と人相に近いそれは、青年といってよい見た目だ。彼を両側から囲うように、同じような年頃の男が、二人、立っていた。
    「……あ、あっ、ん……は」
    彼らの手の動きに合わせて、横たえられた男は、細切れに声を上げ、身体を震わせる。目をはっと見開いたかと思えば、かたく閉じて、耐え忍ぶような表情も見せた。空気が汗ばむ。我慢がきかないように頭を掻きむしったのは、赤い頭髪の長身の男だった。
    「おい……オマエ、そのなさけねー声、なんとかなんねーのか!」
    「しらねー、勝手に出るんだ」
    「花道、騒いでないで、そっちのガン取ってくれ」
    バチバチと弾けるような音とともに、何度か閃光が瞬いた。溶接面を外し、青年は黒く汚れた革手袋の側面で汗を拭った。着古した作業着の胸元には、「水戸工業株式会社」と印字がある。身体を屈めて、横たえられた男の腹にあたる部分に顔を近づける。そこから剝き出しになった機械構造に、器用に手を添えた。
    「だめだ、ここの給電部分がいかれてる」
    「洋平、こいつ、電気で動くのか?」
    花道と呼ばれた男が、目を見張る。横たえられた男は、どこかきまりが悪そうに、目線を逸らした。水戸が少し困ったように笑う。
    「だいたいのアンドロイドは電気で動く。でもまあ、ガソリンもエネルギーとしては代替可能だ」
    恨めしそうに黒い髪を睨む赤髪は、油で汚れたスニーカーを履いていた。赤と黒のカラーリングのつなぎの背には、チェーンのガソリンスタンドの店名が大きく印字されている。
    「しかたねーだろ」動きを制限されている黒髪がぼやく。
    「あのときは、生きるか死ぬかだったんだからよ」

    時間は二時間ほど前に遡る。赤髪の男──桜木花道は、勤務先であるガソリンスタンドの事務室で、監視カメラを覗いていた。正確に言うと、監視カメラの映像は「映っていた」だけである。もう長いこと、この仕事をしている。まじめに監視するということもなく、手元のスマートフォンでNBAの試合を見ている時間のほうが長い。時折、セルフサービスの客の出入りを、視界の端で捉えているのが常だ。何かあったとしても、ボタンひとつで警備会社に通報される。
    深夜四時を回ったこの時間帯は、客足が最も減る時間だ。桜木のシフトもあと一時間ほどというところで、給油異常のアラートが鳴った。試合展開が盛り上がりを見せていることもあり、桜木はあからさまに機嫌を損ねた。給油異常とは、通常、吹きこぼれやノズルの故障で液体が漏れてしまっている際に、表示されるアラートだ。セルフサービスの際には、どうしても出てくるエラーではある。けれども、ここ最近では性能の向上に伴い、半年に一回程度しか見ていない。
    桜木ははたと、事の異常さに気付いた。通常、このアラートは給油の最中、ないしは直後に見られるものであるのだが、直近で客が入ったのは一時間ほど前になる。ざっとモニターに目を向ける。車の姿はもちろんない。けれども、端のモニターで動く影は見逃さなかった。人のかたちを、していた。
    桜木が勤める数年前には、盗難目的で忍び込もうとした輩もいたらしいが、そもそもスタンドには乗車をした状態でなければ入店ができない。車体管理ICチップは、随分前に全車に設置が義務付けられた。免許情報の紐づけ・盗難防止・保険加入情報といった観点に加え、店舗の防犯はもちろん、顧客情報の管理といった点でも活用された。つまり、そのICチップを認識しないと、店舗のレーンが開かずに入店できない仕組みになっている。人間が入ってこようものなら、瞬時に警備会社に通報されるはずだ。
    こいつは何者だ? 桜木が目を凝らしてモニターを見ても、分かる情報は少ない。ただ、随分と軽装備だ。ノズルをいじって何かをしようとしている。そんなにガタイが大きいようにも見えない。腕に自信を覚えている桜木は、苛立ちに任せて事務室を出た。
    該当の場所へ足を向け、人影を見つける。罵声のひとつやふたつ、浴びせてやっても足らないくらいだ。後ろから急に怒鳴りつけてやったら、どんな顔をするだろうか。半ば楽しさすら覚えた桜木だったが、勇んだ思いはその姿を見て、瞬時に引っ込んでしまった。しゃがみ込んだ若い男の見た目のそいつは、天を仰ぐようにして、給油ノズルを咥え喉を上下させていた。それも、実に美味そうに。
    「お、オマエ、なにやって」
    長い前髪の隙間で、同じように切れ長の瞳がちらりと桜木を向いた。空いている手で、「チョット待て」を桜木に命じる。本人はもう数回ほど、音が聞こえてくるほどにグビグビとやった。
    ようやくノズルから口を離し、ふーと一息をついた時、口の端から油が零れ、てらりと光る。大きな手が口元を拭うのを、桜木は呆気にとられながら見ていた。のそりと、若い男のようなものが立ち上がった。意外と大きな背丈に、またも桜木は圧倒された。
    「……怪しいヒトでは、ない」
    「一言一句嘘だろうバカモノ」
    両手を広げて見せたことから、危害を加えるつもりはないことは伝わってきた。しかし、ナニモノなんだコイツは。見間違いでなければ、飲んでいたのだ、ガソリンを。桜木は今自分の目の前にいる存在が、ヒトならざるものではないかと、構えていた。
    結果としては、その通りだった。
    黒い髪は、逡巡したのちによろよろと桜木のもとに近づいた。カメラの位置から隠れるようにして、パーカーを捲る。変質者だ!と桜木が早合点するよりも先に、その腹がぱっくりと割れて、鈍く光る機械がぎっちりと詰まっているのが見えた。手指や腕の動きに合わせて、モーターが動いている。パーツ同士の接合部から、先ほど飲んだと思われる褐色の液体が、じわじわと漏れ出ていた。
    「ヒトでは、ない」
    人間の言葉を使って、黒い髪はそう告げた。

    「たしかにヒトではないが、怪しくはあるだろう、確実に」
    もうほとんどきれいに繋がった腹を眺めながら、桜木はぶつくさとぼやく。明け方に近い時間帯に、桜木は自営業をしている水戸の工場に飛び込んだ。眠い目を擦りながらも、何事かと作業場を開けてくれたのである。
    「そう思うんなら、警察か工学省にでも電話すりゃあよかったじゃねえか。すぐに回収に来てくれたろうに」
    そう言う水戸も本音ではない。今度は頭部を開きながら、何やら弄り回している。カチャカチャという音が、桜木の毛穴を逆なでた。
    「なんつーか、わりとセンシティブな絵面だな」
    「そりゃあ、こんな野良工場で野良アンドロイドの修理なんて、普通しないでしょ」
    一般的な自動車や自動二輪車の修理、整備を専門とする業者の水戸は、黒い頭の中身に見える、センサーの類は極力触らないようにしていた。いわゆる脳みそであり、魂だ。アンドロイドの普及率が五割に上ろうとしている今でも、製造・整備に関して民間業者の介入はごく一部である。いじるにしても、ここ数十年で設立された、工学省の認可を得なければ違法行為にあたる。桜木はそれを知らずして、水戸を頼ってしまったのだが、それが彼の口から語られることもない。
    「で、調子はどうだ? ルカワよ」
    椅子の背に腕をだらんとひっかけて、桜木が特段興味もなさそうに聞いた。頭を閉じれば、すっかり人間なのだ。
    「……ワルかねー」
    「助けてもらっておきながら、なんだその態度は」
    「ドーモ、……水戸洋平」首を回して当該者を見る流川。
    「はっはっは、学習元が見てみたいぜ」
    工具をしまいながら、水戸がジョークを飛ばした。もう空もすっかり白んでいる。桜木は、次のシフトに入っている者を、無理やり電話で呼び立てて、現場を押し付けていた。なあに、たった一時間の早出だ。明らかな寝不足の顔をしていたが、来てくれたのだから意気はあったのだ。急病人でな、と適当なことを言って去る桜木を見送る表情は、憎しみともあきらめとも形容しえない表情だった。
    「それにしても、案外早く終わったもんだな」
    「ま、おれの腕にかかっちゃあ、ね……という冗談は置いておくとして、最低限動かせるようにしただけ、だからな。性能なんて、二の次よ」
    勝手知ったるように、桜木は事務所からコーヒーを淹れて持ってきた。せめてもの労りだ。自由を得た流川は、身体の感覚を確かめるように、腕や膝を曲げ伸ばしている。
    二人は美味くも不味くもない、いつものコーヒーをずずっと啜る。あんなに美味そうにガソリンを飲めるなんて、と桜木は流川のことを少し羨んでいた。空になった作業台には、大判の分厚い本が数冊載っていた。日に焼けて色のついた薄い紙は、年季を思わせる。二十年ほど前の西暦と「今買える!アンドロイドカタログ」というタイトルが大きく載っていた。
    「紙の本なんて久しぶりに見たな」
    「この数年後には、もうこのカタログも印刷物では発売されてないよ。遺産みたいなモンだよ」
    二十といえば、桜木と水戸の年齢である。正確にいえば、桜木が二十、水戸が二十一ではあったが。薄く柔らかい束をぱらぱらとめくる。この当時はまだ、機能性を重視した形状であったり、タブレットを基盤とした副産物的なもののほうが主体だったようである。ヒト型のものは、二ページほどしか掲載されていない。そして当該ページに、工場内をウロウロしているあの「流川」のモデルは掲載されていないのだ。
    「前後二、三年にも載ってない。そもそもヒト型っつうのは、ココから五年経ったあたりで爆発的に増えたはずだ。一般流通に伴って、法整備が為されたのも、そのころだ」
    「じゃあアイツは、ナニモノなんだ?非売品か?」
    「それだったら、そういう機体情報になってるはずだ。あのシリアルは販売個体にしか付かない」
    「なら、流通記録が残ってんじゃねえのか」
    「そのはず、なんだけどなあ」
    誌面とタブレットの画面を交互に見比べながら、水戸はため息交じりに呟く。自分たちと同じ年に生まれた「流川楓」は、流通販売されたという証を体内に刻みながら、その証人がネットの海のどこにもないのだ。
    水戸がアンドロイドの整備をするのは、実は初めてではない。それこそ、「ちょっと油を差して」程度のことは、知り合いの範囲だったら暗黙で受けている。物理的な駆動の面では、大体の仕組みは同じようなものだ。システムに関しては畑違いでも、身体は直せる。だからこそ、流川の中身の異常さに気が付いたのだ。
    躯体の中で使われているパーツや機械が古すぎる。近年産業界で遅れを取っている、自動車や自動二輪車なんかよりもずっと古いものが使われていたのだ。メモリを読み込めばシリアルナンバーが表示されるが、流川においてその必要はなかった。人間の心臓に位置するパーツに、その番号が刻まれていたからだ。
    シリアルナンバーは、製造年度と製造番号、販売個体か特定所有個体(研究機関や官公庁での製造・管理個体、非売品個体、プロトタイプなどが後者に該当)を表すアルファベットで構成されている。流川の胸には、二十年前の一月一日に製造された、このモデルの第一号目であることが刻まれていた。そして、一般に流通された個体であることも。そのなかで一際いびつだったのは、英数字の文字列の下に「流川楓」と日本語で刻まれていたことだった。同じあしらいの刻印だ。後から突発的に刻んだということではなさそうだ。
    修理の最中で、水戸は流川に「自分を識別する記号を言えるか?」と聞いたが、ピンときている様子はなかった。シリアルナンバー、製造番号と言い換えても同じことだった。けれども「名前は?」と問いかけると「ルカワカエデ」と自然に応答した。
    外部パーツを他の機器から使いまわすことも少なくはなかったので、もしやとも思ったが、見当違いのようだった。この心臓部にあるパーツは、生まれた時から彼が持つものだった。
    動力は本来、ガソリンと電気のハイブリッドのようである。給電の方は、機械自体が復旧不可能なほどに破損している。ガソリンをメインの動力にするため、廃車予定の錆びた車のボンネットを開けて、パーツを取り出す。他の手で直せない部品は、古い型の自動車や自動二輪車から取ってくるしかなかった。もうほとんど、クラシックカーを搭載したような流川の中身は、マニアが見れば垂涎モノだったろう。それもあって、燃費は正直、かなり悪い。ひどいときのランボルギーニくらいだった。さらに、重量もかなりのものになってしまった。外殻や駆動自体に問題はないが、おそらくは人間としての振る舞いをするなかで、相当の弊害があるだろう。
    ともあれ、実際のところ、もう一歩でも遅ければ、流川の状態は手遅れにあったことは間違いない。パーツ自体がかなり熱を持っていたため、ガソリンへの引火の危険性があった。そういう点では、古い型の車のパーツを使うことは、ガソリン燃料との親和性は高かった。
    これだけの損壊があれば、規定上は工場送りにされているはずだ。本来の管理下を離れ、街中をうろついていたこともいまだに疑問である。しかし、不法投棄はアンドロイド流通が始まって以来の根深い問題だ。政府も対策は徹底しているが、未だ解決には遠い。この個体も、そういった類なのだろう。
    廃棄アンドロイドから、流通可能なパーツを正規非正規問わず、水戸はありがたく譲り受けることがある。その経験上、流川という個体は、古い型ということを差し引いても、相当ひどい使われ方をされてきた。そんな印象を受ける。水戸に、ひとつの仮定が浮かび上がる。
    (……こいつ、きれいな見た目、してるな)
    特にこの近年で、アンドロイドの見た目や動作は、ずいぶんと人間と近いものを目指すようになってきた。性能の基盤自体は比較的早いうちに成熟したものの、ことデザインに関しては少し遅れる形で完成度を上げていった。それは、機能面ではなく、人類がアンドロイドと「関係」を築こうとしたことに他ならない。介護、家事手伝い、教育、経営、または新しい家族の形として。自分たちと同じ見た目にすることで、種の数が減っていく危機感から目を逸らしていくだけだと、論ずる者もいた。
    そんなふうに、現存する種族に介入するためには、自然さというものが不可欠である。デザインに関しては、不快感を与えない平均的な造りが好まれ、良くも悪くも「印象に残らない」ことが望まれた。
    ところが、この流川という個体はどうだ。趣味嗜好はそれぞれあれど、明確な意図を持って手掛けられたデザインとしか思えなかった。水戸の仮説というのが、此処である。
    ──人間の倫理を脅かす存在として、記録から抹消された個体なのでは?
    まだ、水戸たちの年代の人々に自我が芽生えていないころ、急激に成長するアンドロイド産業界には複合的な問題があった。機能面、安全性、経済的問題。その他に、犯罪の助長、倫理の欠如、宗教的側面……。極端に言えば、機械と婚姻関係を結ぶことが是か非かという論争が、最も盛り上がっていたころだ。この点に関しては、永遠に結論が出ることはない。ただ、条例上は不可能であることが明らかにされている。
    アンドロイドを犯して壊せば、器物破損にはなるが強姦にはならない。自分が所有している個体であれば、罪に問われるどころか、破損の程度によっては一般的なメンテナンスで修復して済まされることもある。多少システムをかじったことがあれば、該当のメモリーのみを消去することもできた。検索すれば方法をまとめたページも数多く出てくる。
    機械と呼ぶには自分たちに身近すぎる。人間と呼ぶには温度が無さすぎる。その宙ぶらりんな存在をうまく使えるものが、政治家になったり悪党になったりする。
    流川はおそらく、ヒトの欲を満たすために生まれた個体だ。そして、正義の元に抹消された。そう考えない方が、不自然だ。
    彼の腹の中をいじったとき、特定の部位で「それっぽい」反応があらわれたことも、今となっては辻褄が合う。製造者の趣味かと思うと、水戸は苦笑いをしてしまうが。
    ドゴッ、という重たい音が響く。何事かと顔を向けると、桜木が開口したまま固まっていた。
    「お、おい洋平! こいつ腕吹っ飛んだぞ!」
    「なんか押したら飛んだ」
    「あー、安心サポートサービスですねそれ」
    「むやみに押してんじゃねー!あとコキャクのキョカなくオプションをつけるな!」
    水戸はつい先日、近所の子供たちの自由研究で、発射動力のパーツ作りを手伝った。それを思い出して、ほんの遊び心で流川の腕に仕込んでみたのだ。大昔のアニメーションに見る、「ロケットパンチ」なるものが非常にセンセーショナルで、印象に残っていた。結構な飛距離のそれは、壁のコンクリートに当たって地面に転がっている。さすがに、自力で戻ってくる仕組みの研究開発までは手が回らなかったので、飛ばした本人がその足で回収してくるしかないのだ。
    「これ、百害しかないサービスだな」
    「まあ、これが“利”になるときって、あんまり良くない状況な気もするけど」
    のろのろと腕を回収しに行く流川の背中を、二人で眺めていた。

    「で、これからどーすんだ?」
    水戸がコーヒーを淹れなおし、桜木と流川の顔を交互に眺めた。工場の予備のオイルディスペンサーに入れたガソリンを、流川はジュースのように吸っている。困ったように頭を抱えているのは桜木だ。
    「ドースルったって……」
    横目で覗いた流川の表情は、どことなく眠そうだ。燃費が悪いと聞いたので、その影響もあるだろう。
    水戸は、桜木にはすべての説明をしなかった。告げたことといえば、本来であれば警察か工学省に連絡をして、流川を引き取ってもらうのが正規の手続きであること。それをすれば、流川はおそらく廃棄処分されること。この二点である。
    もちろん、水戸の立てた仮説であるとか、感想程度のことでも流川のデザインに関しては一切言及していない。水戸自身が罪に問われることも告げはしなかったが、桜木は察して「洋平もやべえよな」と気落ちしていた。
    「ワガママはショーチの上だが」
    流川が目を伏せて、ぽそりと呟いた。こういう、「恐縮」のしぐさというものは、もともとプログラムされているものなのだろう。けれども、こと流川に関しては、「らしくないことを、背に腹は代えられないからやっている」というさまに見えてしまう。もしもそこまでデザイン性を伴ったものだとしたら、開発陣に映画監督とかシナリオライターとか、そういう職種の人間がいるだろう。そういった自然さというか、必然めいた動きと声色だった。これを「機械」だと思って接する方が、頭がおかしくなりそうだ。
    「その、通報とかは、しないでほしい。すぐにここから出ていく。メーワクはかけん」
    黒い頭が懇願の意味で下げられた。頑なだ。機械が最も持ちえないだろう感情の一つを、流川はこのテーブルに開け広げていた。廃棄を拒むアンドロイド──。それが何を意味するかは、桜木も水戸も未だ見えていない。
    「……燃料なくなったらどーすんだ」
    「それは」
    「またガソリンスタンドに忍び込んで盗むんか?」
    桜木の皮肉に、流川は馬鹿正直に頷いた。ぺしんとその黒い頭が叩かれる。細くやわらかに膨らんだ髪質も、こだわりぬかれているとしか思えない。
    忍び込むのは簡単だろう。入店システムにアクセスすれば、ゲートは簡単に開く。実際流川はそうやって、桜木の店舗に侵入した。
    「あのなあ、おまえを見つけたのがおれじゃなかったら、絶対通報されてたぞ!わかってんのか」
    「それは……そうなったら、これで」
    バシュ!ドゴッ!とまた流川の右腕が壁に飛んでいく。いよいよ桜木は立ち上がり、流川の肩を掴んで怒鳴った。
    「“利”を見つけてんじゃねー“利”を!それどっちにしろ取りに行かなきゃなんねーんだぞおまえ!」
    「ああ」
    「ああ、じゃねーっ!おま、おまえ……ば、バカなのか?」
    「はっはっは、花道はウィットに富んでるなあ」
    水戸が板上のことを見ているかのように笑う。流川の「機械としてのいびつさ」は、話をするほどに際立っていく。前のめりに食って掛かっていた桜木は、徐々に身体を引いて、しまいには及び腰だった。頭がイタくなってきた……と座り込んだ桜木は、何かを考え込むように、そのまま口を閉ざした。
    「……花道がメンドー見てやれば?」
    シャッターの隙間からこぼれる光が、もうとっくに朝を迎えていることを教えてくれた。椅子の上で腕を伸ばした水戸は、そのまま手首の時計に目をやる。もうあと十五分もすれば、工場を開ける時間になる。
    「なんでおれが」
    言いながらも桜木は、元来そのつもりだったのだろう。捨てられた犬とか猫とかを放っておけない質だ。余談であるが、動物を模したアンドロイドが流通するようになってから、愛玩動物の遺棄や殺処分は格段に減った。
    「花道はほっとけんのか?こんな、いつロケットパンチ出すかわかんねーやつ」
    「それ付けたのは洋平だろーが!……うーむ、まあ、そうだな。こんな危なっかしい奴に忍び込まれるスタンドが可哀そうだし、そのために出動する警察の皆様を思うとアワレだもんな」
    腕を拾った流川がのこのこと戻ってくる。マヌケめ……と怒っているとも呆れているともつかない声で桜木がぼやく。見れば壁が削れたようにえぐれていて、一層野放しにしておけんとかたく決心した。うんうんと、水戸も結論を誘導するように頷いた。
    「花道のスタンドで働かせりゃいいだろ。社割でガソリンも買えるし、火気厳禁の場所は流川にとっても安全だからな」
    「コイツ、ガソリンの種類は?」
    「基本、ハイオク」
    「ッカ~!この……ゼータクモンがあ!」
    「おれの本意ではナイ」
    水戸がシャッターを持ち上げる。活動を始めた街の音と景色が、一斉に流れ込んできた。流川の目の奥で、視覚認識センサーが動き回る。水晶体が朝日できらめく。長いまつげで縁取られた瞳を、桜木は興味深そうに眺めていた。
    さてと、と水戸が空のカップを回収した。
    「もうウチも開けるから、そろそろおイトマ願うぜ」
    お帰りはアチラ、と水戸が顎で示した。
    桜木はいよいよ、大きなため息を最後に椅子から立ち上がる。
    「……ウチはキビシーからな、生半可な覚悟でやっていけると思うなよ」
    二度、三度瞬きをした流川も、後に続くように立ち上がる。水戸に小さく頭を下げて、同じくらいの背丈の赤頭について歩いていった。
    「まずは職場に説明だな、といってもおまえが戦力になるかは分からんが」
    「……おめーがやれてんだからヨユー」
    「んだとコラァ!」
    「あ!花道!」
    流川の悪態に、桜木が身体をぶつけて抗議する様を、水戸が引き留めようとしても遅かった。けろりと立ち尽くす流川の足元で、桜木は茫然とした表情で転がっていた。
    「流川、二百五十キロくらいある」
    「らしーぞ」
    「は、ハーレーかよ」
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