羅針盤の魔女(86ダムプレ)羅針盤の魔女。
5匹の猫の使い魔を連れた、長寿の魔女。死に方を探して彷徨い歩く彼女が持つ羅針盤は、
彼女の死が何処にあるかを、指しているのだという───────。
とある街。
羅針盤の魔女は、半契約の使い魔───護衛の騎士、アダムと共に、噴水のある公園に来ていた。
ベンチに腰かけ、膝に丸まっている猫化した零夜を撫でている。
「魔女様、この街には何をしに?」
「……また人助け、かしら。この羅針盤、妙に人助けをさせたがるのよね。死にたければ言うことを聞け、だそうよ」
彼女は少し呆れたように手に持った羅針盤をアダムに見せる。アダムは膝に乗った猫化したマルコスを撫でながら、「人助け、ですか」と呟いた。
「えぇ。羅針盤に言われたことをやるだけなのだけれど」
「貴女は自分から進んで人助けをするようには見えませんしね」
「あら、酷いわね。何処の誰が拾ってあげたのかもう忘れてしまったの?」
「……いえ。深く感謝しております、魔女様」
そんな他愛もない会話をしている二人の元へ、猫化したアタリとサーティーンが走ってきた。
(ターゲット見つけたぜ!)
(こっちに来るみてぇだ)
「ご苦労様、アタリ。サーティーン」
(なになに?次は何をするの?魔女様)
「さぁ、何かしらね」
すると、とたとたと忙しない足音がやってくる。どうやらこの街に住む少年のようだ。
「待てー!!赤い毛の猫ー!!」
少年は世にも珍しい赤い毛並みの猫を追いかけてきたようだ。
「……!」
少年は立ち止まり、見とれるように魔女の方を見る。魔女は閉じていた目を開いて少年の方を向く。その儚げな、トゲのあるような美しさに少年は幼いながらも何かを感じごくりと生唾を飲み込む。
「……こんにちは」
「こ、こんにちは!あの……その赤い猫、お姉さんの猫?もしかしてお姉さんは、羅針盤の魔女なの?」
やはりここでも噂は広がっているらしい。
各地に現れる、5匹のねこの使い魔を連れた羅針盤の魔女。金さえ積めば何でも解決してくれるという、凄腕の魔女。
それが彼女についた世間のイメージといえよう。
「えぇ、そうね」
「隣の人は、お姉さんの恋人?」
「!? ち、違いますよ坊や。私はその……ただの護衛です。彼女の騎士ですよ」
「あら、照れなくていいのに」
「魔女様は少しは否定してください……」
二人の会話を子供ながらの純粋さで受け流し、少年は二人の膝の上にいるオレンジと黒の毛並みの猫を目敏く見つける。
「あ!オレンジの猫だ!!すげー!!こんなのいるんだ!!」
少年は猫化したマルコスの体を撫でる。「にゃー」とわざとらしく猫の演技をするマルコス。
「黒いのもいる!」
更に少年は零夜の方へも手を伸ばすが、零夜はフシーッと少年を威嚇し、魔女の後ろへ隠れ丸まってしまった。
「こら、零夜」
(君は僕のものだ。それに他人に触られるのは得意じゃない、特に子供なんてもっと嫌いだ)
「全く……ごめんなさい、この子人見知りなの」
「そーなんだ、猫にもそんなのあるんだね」
(人見知りじゃない、君が嫌いなだけだよ)
「零夜」
魔女が少し怒ると、零夜はふんっとそっぽを向いた。
もちろんそんなことなど知りもしない少年は、無邪気に魔女に話しかける。
「ねぇねぇ、お姉さん、お金あげたらどんな事でもしてくれるって本当!?」
「……そうね。何でもするわ」
「じゃあ、お願いしてもいい?僕、お父さんとお母さんに会いたいんだ!」
「お父さんとお母さん?いなくなったの?」
「うん……花畑でお花積んでくるって言ったきり、帰ってこなくなっちゃったんだ。どこに行ったのかな?」
俯く少年。こんな子供が出せる金額などたかが知れているが……魔女は子供の頭を撫でた。
「わかったわ、探してあげる」
「ほんと!?」
「えぇ」
「魔女様、良いのですか?」
「子供の頼みは断れないわ。それに……両親が居ないなんて、寂しいじゃない」
魔女は立ち上がると、子供から花畑の場所を聴いた。ここから遠く離れている場所にあるらしい。
「転移魔法……上手くいくかしら」
(移動ならもっと便利なものがあるよ)
魔女が悩んでいると、マルコスが得意げに魔女の肩に乗ってくる。翡翠の目を光らせると、魔女の手元にポンッ!とリボンがあしらわれたほうきが現れた。
(名付けて!ドリーム☆ミーティアマルコスバージョン〜!)
「……ただのほうきに見えますが…………」
(これはね、なんと空飛ぶほうき!ちょっと魔力を込めるだけで何処までも遠く高く飛べる優れものだよ〜!転移魔法使うより魔力も節約できて、魔女様も助かること間違いなし!快適な空の旅をお約束するよ〜!)
(何だ、夜中ゴソゴソしてると思ったらこんなの作ってたのか)
(よく作るねぇ)
アタリとサーティーンが溜息をつき、零夜が興味深そうにほうきを見つめる中、「さぁ!早く乗ってみてよ!」とマルコスが言うので魔女は体を横にして足を揃えほうきに乗る。
「……アダム、貴方も猫になって」
「はい、わかりました」
猫になったアダムが魔女の体に飛び乗ると、ほうきはふわりと浮かび上がった。
「……あそこね」
マルコスの言った通り快適な空の旅を終え、花畑に降り立つ。
そこには赤い花が沢山咲いていた。普通花畑といえば、色とりどりの花が咲いているものだが……ここに咲いている花は種類は違えど、赤ばかりだった。
(赤い花ばかり……何か理由があるのでしょうか?)
(……嫌だねぇここ。最悪だぜ)
(サーティーン、何か感じるのか?)
(知らねぇ方がいい、吐くぞ)
(魔女様、ここって……)
魔女が魔法をうてる体勢をとり、零夜が毛を逆立てる……瞬間。
足元の花が変貌し、巨大な花形のモンスターが姿を現した。
「やっぱり……人喰い花だったのね」
(人喰い花……!?)
(無害な花のフリして人を食べて成長する厄介なモンスターだよ)
(魔女、こいつに物理は効かねー!火の魔法を使うしか!)
「いいえ。……アダム、力を貸して」
(私ですか……?)
「アタリとサーティーンは物理攻撃だし、マルコスの魔法はそんなに強くない。零夜はあまり力を使わせたくないから、貴方の氷の力を借りたいの。こいつは凍らせるのが一番効率がいいわ」
(……わかりました)
アダムが人の姿に戻る。そして魔女が、アダムの頬に手を添えた。
「今だけ、貴方の力を返すわ。……アダム」
何をするのかわかって、アダムが魔女へ顔を近づける。
「───全て、凍らせなさい」
「はい、魔女様。貴方の仰せのままに」
全ての力を解放したアダムは魔剣を携え、植物に切りかかる。
「散れ、羅針盤の魔女の名の元にッ!」
アダムが魔剣を振るうと、その切っ先から溢れる冷気がモンスターの体を凍らせていく。アダムが魔剣を振るう度モンスターの動きが段々弱々しくなっていく……
「トドメだ、カラドボルグ!!」
凍らせたモンスターの体を切り裂く。モンスターは悲鳴すらあげられず、凍ったまま息絶えた。
……しかし。
「!?」
「アダム!!」
地面から生えてきた触手に捕まり、締めあげられる。
(もう一体居たなんて……!!)
「ぐ、くぅっ……!!」
ギリギリとトゲのついた触手に締め付けられ、体の至る所から血が溢れる。魔女の心配そうに揺れる瞳を見、
(魔女様の前で負けるなどという失態っ……許されないッ!)
懇親を力を振り絞り触手を切り落とすと、
「失せろ!!」
魔剣から放たれた氷の粒を飛ばし、モンスターに浴びせる。氷の粒に触れた箇所から氷結していく……
完全に凍ると、アダムはまた胴体を切り落とし……戦闘は終わった。
「く、はぁ、はぁっ……」
「アダム……よくやったわ」
魔女が駆けつけてきてアダムの傷を癒す。
(お前やるな、流石魔女様に認められただけあるぜ!)
(ハラハラしたけど、無事でよかったよ)
(お疲れさん)
「……ありがとうございます。しかし、油断してお見苦しいところを見せてしまいました」
「そんなことないわ。素晴らしい功績よ」
その光景を、零夜だけはムスッとした顔で見つめていた。「どうしたのです?」とアダムが尋ねると、
(余程信頼されているのだと思ってね)
「信頼……?私が魔女様に、ですか?」
(使えないと判断したら僕らのうち誰かに援護を指示したはずなのに、最後までそれをしなかった……それは、信頼されているからだろう)
「……」
アダムが答えを求めるように魔女をの方をむくと、魔女は薄ら笑って、
「さて、どうかしらね」
と零夜を宥めるように頭を撫でた。
「さぁ、戻りましょう。これを持って」
「……それは?」
「拾ったの。……きっと、肩身になるわ」
魔女が持っているのは、青とピンクのリボンだった。先程戦った人喰い花に引っかかっていたものらしい。
ふとアダムは、少年から花畑の話を聞いた時のことを思い出す。
『お母さんはピンクのリボンを髪に付けてて、お父さんは青いリボンを手首に巻いてるんだ!』
「……」
「行きましょう」
魔女は元からわかっていたのだ。
花畑の話をきいた時点で、もう、少年の両親は手遅れだということに。
どう、伝えるのだろうか。
アダムは猫の姿になりながら、ひっそりと思った。
「あっ、お姉さん!お父さんとお母さん見つかった!?」
公園で待っていたらしい少年が駆け寄ると、魔女は切なそうな顔をして、懐からリボンを取りだした。
「これが答えよ」
それを掌を広げて受け取った少年は、「え……」と声を漏らす。
あまりにストレートな伝え方にアダムは焦ったが、
「……やっぱり、そうだったんだね」
少年のその言葉に驚く。
「わかってたんだ。あの花畑、人喰い花が出るって、前から聴いてて……でもあそこにある花は、どんな万病も治すって言われてるんだ。……お父さんとお母さんは、僕の病気を治すために……」
「病気……?」
「僕ね、明日死ぬんだ。お医者さんがね、もう治らないって言うから」
少年はぎゅっとリボンを握って、涙を浮かべて笑った。
「だから、最後にお父さんとお母さんの居る場所、わかってよかった!ありがとう、魔女のお姉さん!」
「……えぇ。役に立ててよかったわ」
「これお礼!受け取って、僕の全財産!」
「いいの?」
「うん。だってもう、あってもしょうがないから」
少年は悲しげに笑うと、リボンを握りしめ、こちらに手を振りながら走り去った。
「……魔女様、最初からわかって」
「羅針盤の示す人助けは、死に関わるものが多いから。だからなんとなく、察しが着いてしまうものが多いのよ」
「……」
「……羅針盤の針の方向が変わったわ。行きましょう。この街に、もう用はないわ」
魔女は言いながら歩いていく。アダムも慌てて隣を歩いた。
(彼女はいつも、こんなことを……)
魔女だと言うなら、人の命がいくつ失われようと動じないイメージだが。
……彼女の少年を見送る目は、どう考えても、人間のそれだった。
「……」
アダムは隣を歩く魔女の顔を見る。少しだけ表情が曇っているのは、きっと気のせいではない。
それにいつも自分の肩や頭に乗ってうるさくしている4人の使い魔も、静かに彼女の近くを歩いている。
「……魔女様」
「ん?」
「私はいつでも貴女の隣にいますので……何なりとお申し付けください」
「……ありがとう」
死を探す羅針盤が示す人助けは、死に近いものが多い。
魔女がそれをどう思っているのかは、アダムにはついぞわからなかった。