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    P/N利き小説企画

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    PN利き小説 エントリー作品⑧
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    PN利き小説 エントリー作品⑧「二時間だけのバカンス」 ふたりはまた喧嘩をした。
     彼らが一般に喧嘩と呼ばれる状況に陥ることは珍しい。逆行した先の別の時間軸のことはさておき、ふたりが現在と呼ぶ時点において彼もニールも十分大人であり、また言い争いを通してじゃれ合うような性分をお互いに持っていないからだ。
     必要であれば武器を手に戦う彼らは、だからこそ日常における問題は言語コミュニケーションを用いて解決することを良しとしている。共にいられる時間に限りがあるとわかっているため、多少のすれ違いや意見の相違があってもできるだけ速やかに話し合い、相手の考えを聞き、受け入れ、自分の主張を変える準備がある。例えばベッドに引きずり込んでしまうこととか、唇で唇を塞いでしまうこともコミュニケーションの手段ではあるし、ときにはそういった武器とは異なる意味での暴力的な方法を用いることがマナーになることも理解しているが、ふたりは敢えて言葉を介すことで、お互いの気持ちを定性的に把握したいと思っていた。

     ではなぜ「また」喧嘩をしなければならなかったかというと、原因はその議題にある。仕事において、どちらかがどちらかを庇ったとか、どちらかがどちらかの犠牲になろうとしたとか、そういったことが焦点になる場合だ。
     この件について、ふたりは自分の意見を変えられないし、恋人の意見を受け入れることもできない。妥協ができないから話は平行線をたどり、言葉は隔たりを広げるばかりだった。相手の傷や痛みを引き受けたいという欲望はゼロサムだから厄介だ。

     それにしても。二時間前に恋人が出ていったドアをいまだに睨みつけながら、ニールは思う。それにしても、今回はすこし言い過ぎた。
     二時間かけてようやく平熱に戻った頭で考えれば、たとえ譲る気がないにしても、あの言い方はよくなかった。彼も彼だ、と言いたいところだけど、ニールもほとんど同じことを主張していたので何も言えない。この問題について、ふたりの考えは全く同じなのだ。優先すべき「相手」が、ニールにとっては彼で、彼にとってはニールだという点を除いて。
     ともかく、時間は有限である。一刻も早く謝って関係の修復を試みるべきだが、あいにく彼にもニールにもすぐに次の仕事が控えていた。そんなときに彼と大喧嘩をしてしまった自分の浅はかさを呪いつつ、呪っているだけでは仲直りはできないので、ニールは未来の科学の力を頼って解決を図ることにした。お察しの通り、逆行である。
     二時間前に戻ってその時点の自分を一発殴り、「彼と喧嘩するな」と叱りつけるのが手っ取り早いが、現在のニールが二時間後のニールと接触していない以上、何らかの理由があってそれはうまく行かないのだろう。「起こったことは起こったこと」だが、起こらなかったこともまた起こらなかったことだ。
     となるとニールが採れる手は、彼の方に接触するということになる。二時間前に戻って喧嘩した直後の彼に会い、言い過ぎを謝ろう。そうすれば、起こったことを起こったことにしたまま、喧嘩状態を最短の時間で終了させることができるはずだ。

     回転ドアをくぐり、誰にも会わないようにしながら逆行状態で二時間をやり過ごす。今の自分が経験していないのだから可能性はないはずだが、過去の自分と出くわして対消滅でも起こしたら最悪だ。
     それに、彼にどのように謝るのかという戦略を立てる必要もある。この場合戦いの相手はもちろん彼ではなく、ニール自身のくだらない見栄とか、格好つけたがるところ、自分をうまく見せたり強く見せたりしようとするところ、彼の前だとすぐに取り乱しそうになるところだ。過去にしでかした喧嘩とそれぞれの反省について思い返しながら言葉を選んでいれば、二時間はあっという間だった。

     二時間前の自分たちが今まさに喧嘩中の部屋、そのドアが見える柱の陰に身を隠して彼を待つ。やや乱暴に扉が開き、傷ついた表情の彼が出てきた。傷つけたのはニールだ。痛む胸を抱えたまま声を掛けようとしたところで、彼がこちらに気づいた。
     目が合い、夜の色をした瞳が丸く見開かれる。
     が、ニールが声を出すよりも早く、鈍い音が響いた。後ろから頭を殴られた彼が昏倒する。目にも止まらぬ早業だった。殴ったのは、もうひとりの彼だ。
     まさに今殴った――「殴られた」というべきだろうか?――ところとと同じ箇所が腫れているので、この彼もきっと、どこかの時間帯から逆行してきたのだろう。
    「……なんとね」
     床に伸びている二時間前の彼を見つめる。ついさっき自分も過去の自分を一発殴りたいと思ったことを棚に上げて、ニールは言った。
    「なにも殴ることないのに」
    「一発殴らないと気が済まなかった」
     彼は気絶している二時間前の自分を憎々しげに見下ろした。
    「それに、自分と戦うのは慣れてる」
     せめて気絶している彼を起こして座らせようとしていたニールを制止するように、彼はニールの手を引いた。
    「こっちの君は」
    「放っておけ。どうせすぐ目覚める。気絶してた本人が言うんだから間違いない」
     なんだかややこしくなってきた。彼も同じことを思ったらしい。
    「それより場所を変えよう。今の時間の君が出てくるかもしれない」
     あいにくニールはたっぷり二時間ただぐずぐずとドアを睨んでいたので急ぐ必要はないのだが、ニールは不格好な実態を白状するかわりに一言「わかった」とだけ言った。

     ひと気のないところに移動すると、ニールは彼が口を開くよりも先に言った。
    「さっき、彼……っていうか君だけど、この時間の君はわざと殴られたみたいだった」
     外見が未来の自分の姿をしていても、たとえば敵が高度な変装を用いて、ということもあり得なくはない。みすみす殴られるのは彼らしくなかった。
    「どうせ避けられなかった。動きは読まれてる」
     それに、と続ける彼の声はすこし決まり悪そうだ。
    「正直、君の姿が見えて……安心した。あれっきりになったりしなかったんだって」
     うつむき加減の彼が伺うようにニールのほうを見た。こんなふうに上目遣いをされると、ニールはたまらなくなってしまう。
    「……さっきのことだけど、言いすぎてごめん。あんな言い方するべきじゃなかった」
    「俺のほうこそ悪かった。意地が悪かったし卑怯だったよな」
    「僕もだ。……僕たちなんだか、同じことで同じ喧嘩を繰り返してるような気がするね」
     世界の平和も、ふたりの関係も、ゼロか百かで考えるのは簡単だ。百にできないなら要らないと投げ捨ててしまうことも。だがふたりは、世界に対してそうであるようにお互いに対しても、ひとつでも多くのものに手を伸ばすことを選んだ。すべてをわかり合い、受け入れきることはできないと理解したうえで。
     倒しても倒しても、敵は湧いてくる。仲直りをしても、きっとまた喧嘩をしてしまう。同じところをぐるぐる回って、無為に円を描いているだけに思えることもある。行き止まりとも、袋小路とも言えるかもしれない。
     でも視点を変えれば、それは螺旋かもしれない。ほんの少しずつ高度を増しながら、いつか高いところに行くことができるかもしれない。
     答えは出ないだろう。だから考えずに、信じるしかない。曲がり、回り続けながら、いつかどこかにたどり着けることを、ひとりでも多くの人を助けられると信じるのと、同じくらいの確度で。
    「たしかに。同じところを行ったり来たりしてるな」
    「ぐるぐるね」
    「だが……そうだな。同じ場所を回っていたら、俺たちの足跡で地面が掘削されて、いつか温泉が出るかもしれない」
     ニールは思わず笑ってしまった。彼と自分が似たような、でも正反対のことを考えていたのが嬉しかった。それに、ニールは彼が場を和ませようとして言ってくれる不器用なジョークが大好きだ。
    「いいね。その温泉に君と一緒に入れるのを楽しみにしてる」
     さて、無事仲直りをし、長期目標も決まったところで、短期的な予定も考えなければならない。なんせ、元の時間に戻るまでにはあと二時間弱ある。
    「ついては取り急ぎ、これからの二時間の有意義な使い方について、俺に提案させてもらえるか?」
     彼の長い指の背がニールの頬をなぞった。
    「聞かせてもらうよ。もしかしたら僕も同じことを考えているかも」
     なぜなら彼とニールは正反対で、そして同時に、そっくりでもあるから。





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    2022/11/17追記 作者コメント
    主催でした!皆様ご参加本当にありがとうございました!



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     彼らが一般に喧嘩と呼ばれる状況に陥ることは珍しい。逆行した先の別の時間軸のことはさておき、ふたりが現在と呼ぶ時点において彼もニールも十分大人であり、また言い争いを通してじゃれ合うような性分をお互いに持っていないからだ。
     必要であれば武器を手に戦う彼らは、だからこそ日常における問題は言語コミュニケーションを用いて解決することを良しとしている。共にいられる時間に限りがあるとわかっているため、多少のすれ違いや意見の相違があってもできるだけ速やかに話し合い、相手の考えを聞き、受け入れ、自分の主張を変える準備がある。例えばベッドに引きずり込んでしまうこととか、唇で唇を塞いでしまうこともコミュニケーションの手段ではあるし、ときにはそういった武器とは異なる意味での暴力的な方法を用いることがマナーになることも理解しているが、ふたりは敢えて言葉を介すことで、お互いの気持ちを定性的に把握したいと思っていた。
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