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    P/N利き小説企画

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    PN利き小説 エントリー作品⑤
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    PN利き小説 エントリー作品⑤「答えのない方程式」――結婚は悲しみを半分に、喜びを2倍に、そして生活費を4倍にする

    正装で壁際に立ちながら、そんな母国のことわざをニールは思い出していた。
    その言葉を体現したかのように、純白の衣装に身を包んだ新郎新婦は満面の笑みを浮かべて幸福のオーラを周囲に振りまいている。それを受け取る人々も皆笑顔だ。ここにいるのは二人を祝うために集まった人々ばかりだから、当然と言えば当然だろう。男性はスーツを、女性は色とりどりのドレスを身にまとって着飾り、会場に華やかさを添えている。
    今日のために用意された会場は、白を基調としながらもいくつもの花々や装飾があしらわれており、準備した者の気合が窺えた。いや、気合など必要なかったのかもしれない。並べられた料理の豪華さや室内の装飾を当然だと感じる金持ちたちがこの会場に集まっている。ニールの目的は、そういった参列者の一人を監視することだ。
    観察対象である恰幅のいい男は、未来から送られてきている物質の存在に気付いていると噂の人物で、社交の場を利用してそういった情報や機工を取引に使おうとする可能性があった。だから、ニールはスタッフとして会場に紛れ込み、こうしてターゲットの動向を見張っているのだ。
    だが、式が始まってかれこれ二時間。パーティは終わりに向かおうとしているのに、ターゲットにそれらしい動きはみられない。アルコールによって赤らんだ顔でにこにこと笑みを浮かべ、親類の幸福を祝うばかりだ。
    これは無駄足だったかな、とニールはこっそりため息をついた。すると、それを聞きつけたらしい相棒の声が耳に届く。
    『大丈夫か?』
    インカムから直接耳に吹き込まれた声は、どこか気遣わしげだ。
    ニールは装着しているマイクにだけ届く小さな声で「問題ないよ」と返す。インカムの向こうで『そうか』と男が答えて、そこで会話は途切れた。
    その後も適度にスタッフとしての仕事をこなし、適度に愛想を振りまき、ニールはターゲットの様子を探り続ける。そうしてやはり異変はないことを確認して、今度は相棒に聞かれないようにため息を飲み込んだ。
    相棒である男がやけに心配そうなのは、本来なら会場に潜入するのはニールではなく男の役目だったからだ。だが、数日前に舞い込んできた緊急の仕事の際に男が腕を負傷した。深手ではなかったものの、大きく動かすのは負担がかかるから、という理由でニールとポジションを交換したのだ。
    その負い目があるのか、それとも日常生活におけるニールの食器の扱いを知っているからか、男は待機しているバンの中でいつも以上に気を張っているようだった。
    だがニールに言わせてみれば、心配なのは男の方だ。
    簡単に命を投げ出すようなことはないとわかってはいるが、その鉄壁の意志のもとにいとも簡単に危険を冒す。今回もそうして負傷しているのだから、ニールはいつだって気が気じゃない。
    そんなことを考えて胸の奥に不安の種が芽生えそうになったとき、会場の一角でわっと歓声があがるのがニールの耳に届いた。
    新郎新婦が何かしたのかもしれない。友人たちが二人を取り囲んでなにやら囃し立てている。
    結婚という制度自体に興味を持ってこなかったニールにとって、その光景は不思議なものでしかなかった。めでたいことだとは思うが、そこまで一喜一憂するほどの契約だとは思えない。
    それとも、本当に一生を共にしたいと思う相手なら別なのだろうかと、ニールは車の中で機材に向き合ってこちらの様子を監視しているはずの男の姿を想像してみた。
    実際に婚姻という制度を使うことはないにしろ、ニールと男が公私ともにパートナーとして過ごすようになって一年がたつ。その暮らしぶりは結婚しているのとほとんど変わらないものだったが、一年間の生活が件のことわざどおり幸福ばかりだったのかというと、そんなことはなかった。
    まず現状そうであるように、心配は尽きることがない。ただ、男の性質についてはもとから知っていたことだから、増えた心配事はやや控えめに、これまでの1.5倍としておこう。
    喜びは2倍だというが、これもニールにとっては違う。ニールにとって、年齢の近い男の隣に並んでいること自体が奇跡のようなものなのだ。しかも友人としてではなく……なんて、いまだにときどきこれは現実じゃないんじゃないかと混乱しそうになる。食器棚に並ぶ二人分の皿。二人で眠るための大きなベッド。ソファから聞こえてくる寝息や、「ただいま」「おかえり」の声。日常のささいな出来事ひとつひとつが喜びに満ちていて、一人では抱えきれずいっそ逃げ出したくなるくらいだ。
    ニールのそういった衝動を察した男に、それは一人で抱え込むものではないと諭されたのは随分と前のことになる。ニール自身がその言葉を受け入れたのは、男に説明されてから間もなくのことだ。
    それ以来、ニールの生活にはささやかな喜びがあふれていて、とても2倍なんかには収まりそうにない。10倍だといっても足りないくらいだ。
    では、悲しみは半分という点についてはどうだろうか。そんなに喜びに満ちあふれた生活を送っているなら、半分どころか消滅していると考えるのが妥当だろう。だが、これもニールにとっては違った。
    愛する男との生活は、小さな胸の痛みと隣り合わせの生活でもある。なぜなら、パートナーである男が、もう会うことのない友人その人でもある――正確にはこれからその人になる――からだ。
    ニールが男に対して抱いている愛情は、友人でもあった雇い主に抱いていた友愛とはまったくの別ものであるし、そもそも過ごした時間が違う二人を同一だとは思っていない。それでも、ふとした瞬間に男の中に友人のおもかげを見ることはある。その意志を表したかのような瞳の奥の光や、自分にだけ向けられるまなざしのやわらかさに気付く瞬間、ほんの少しだけニールの胸は痛むのだ。その痛みを愛しさで上書きしていくのもまた男であるから、単純に悲しみが2倍、というわけでもないのだが。
    かのことわざを考えた人物だって、こんな複雑な関係は想定していなかったろう。そう考えると自分たちを取り巻く環境がおかしく思えて、ニールは一人こっそりと笑った。
    緩んだ頬を誤魔化して顔を上げると、パーティは終わりを迎えようとしているところだった。最後の挨拶を終えて、人々は会場を後にする。ターゲットである男もにこやかに談笑しながら会場を出て行った。怪しい話を持ちかけることなく車に乗り込んだターゲットが会場を離れる瞬間まで見送ってから、ニールもそっと会場を抜け出した。
    スタッフ用の裏口を出て会場を離れ、近くの駐車場に停まっている小型のバンに後ろから乗り込む。モニターやヘッドホンなどの機材に囲まれた狭い空間で、堅苦しいジャケットを脱ぎ捨ててタイを緩めていると、運転席にいる男が振り向いた。
    「お疲れ、ニール」
    「うん、きみも」
    助手席の後ろに腰かけ、きっちりと固めていた髪にさっそく指を通してぐしゃぐしゃと崩していくニールを見て男は苦笑する。
    「無駄足を踏ませて悪かったな」
    「仕方ないよ、それがぼくらの仕事だ。情報を得られなかったのは残念だけど、祝いの席で何も起こらなかったのはいいことなんじゃないか?たぶん」
    「まあ、それはそうだが」
    男はもう一度苦笑して腕を伸ばし、大きく息を吐くニールの頬を指の背で撫でた。
    服をくつろげていた手を止めて、ニールは男の方に顔を向ける。そして、フロントガラスから射し込む夕陽の眩しさに目を細めた。
    鮮やかな緋色が世界を染め上げているせいで、ニールには男の表情がうまく見えない。だが、声がなくとも、頬に触れる指先が男の胸の内を雄弁に語ってくれている。
    労り、気遣い、何よりもニールを心配している男の手。その手に触れているだけで疲れなど簡単に吹っ飛んでしまうのだと、この男は気付いているのだろうか。
    男とともに過ごす日々は、ニールにありとあらゆる感情を与える。喜びも悲しみも、男の隣にいるだけでいくらでもニールのなかに湧き上がってくる。
    では、男にとってはどうなのだろうか。自分と過ごすことで男に変化は訪れたのか、己は何か与えられているのか……そんなことを考えそうになって、ニールは思考を止めた。そんなことを考える必要はない気がしたのだ。
    助手席に手をかけて身を乗り出し、運転席に体を寄せる。
    「キスしたい」
    ニールがそう囁くと、男は少しも驚くことなくニールの頬をその手のひらで包み込んだ。男がわずかに身を乗り出したことで太陽に背を向ける姿勢になり、影ができてようやくその表情が見えるようになる。
    その瞳に映し出されたやわらかなきらめきはかつての友人は見せたことがないもので、たったそれだけのことで、ニールは自分が男の特別なのだと実感できた。
    ニールは目を閉じて男の唇を受け止める。少し乾いた柔らかい唇がニールの薄い唇をついばみ、可愛らしい音を立てて離れていく。
    そっと顔を離した男のまなざしには、やはりまだ見慣れないきらめきが宿っていた。ニールはそれを見逃すまいと、息を殺して男の瞳の奥を覗き込む。
    もしかしたら男にとっても、今まで以上に喜びも苦しみも感じる毎日なのかもしれない。だが、たとえそうだとしても、一人では感じることのできない愛しさがここにはある。
    二人で過ごす日々は喜びが2倍、悲しみも2倍だとして、二人分のこの愛しさは今何倍になっているのだろう?
    この気持ちだけはこのまま無限大に膨れ上がっていくのだと、ニールはそんな予感がしてならないのだが、答えに辿り着くのはずっと先の未来――あるいは過去――になるはずだ。
    言葉にしなくても、男もニールもそれをわかっている。そんな気がした。だから、ニールは何も言わずに微笑む。そうすると男が自然と微笑み返す。それだけのことで簡単に愛しさは積み上がっていくのだ。答え合わせをするその日まで。





    ーーー
    11/17追記 作者コメント
    同じキャラクターを同じお題で文字だけで表現して、書き手によってどんな違いが出るのか、違いが分かるものなのか、とても気になるしわくわくしています。
    これまで書いたものは一人称が多いんですが、ほかの書き手さんは三人称の方が多いのでは…?と思って今回は三人称で書きました。いつもの書き方のルールとはちょっと変えてみたりもしましたが誤魔化しになったかは謎です…。
    素敵な企画に参加させていただきありがとうございました!



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    PN利き小説 エントリー作品⑧「二時間だけのバカンス」 ふたりはまた喧嘩をした。
     彼らが一般に喧嘩と呼ばれる状況に陥ることは珍しい。逆行した先の別の時間軸のことはさておき、ふたりが現在と呼ぶ時点において彼もニールも十分大人であり、また言い争いを通してじゃれ合うような性分をお互いに持っていないからだ。
     必要であれば武器を手に戦う彼らは、だからこそ日常における問題は言語コミュニケーションを用いて解決することを良しとしている。共にいられる時間に限りがあるとわかっているため、多少のすれ違いや意見の相違があってもできるだけ速やかに話し合い、相手の考えを聞き、受け入れ、自分の主張を変える準備がある。例えばベッドに引きずり込んでしまうこととか、唇で唇を塞いでしまうこともコミュニケーションの手段ではあるし、ときにはそういった武器とは異なる意味での暴力的な方法を用いることがマナーになることも理解しているが、ふたりは敢えて言葉を介すことで、お互いの気持ちを定性的に把握したいと思っていた。
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