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    P/N利き小説企画

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    PN利き小説 エントリー作品⑦
    ※番号は抽選で決定しました
    作者当て投票はこちら→https://forms.gle/1W1UKnT7DGdmYA4D9
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    PN利き小説 エントリー作品⑦「リバイバル」 映画を観るときに座るのはスクリーンに向かって右側、後ろから二列目の一番端の席。
     ニールがどの劇場でも決まって同じ座席を選ぶ理由を男は知らない。

    「リバイバルがかかるって」
     映画のチケットを二枚差し出したニールが早口でそう言った。
     ついさっきまで二日後の仕事内容を確認するミーティングを行っていた。明日は全員が休日となることもあり、隊員たちは足早に部屋を後にした。男は部屋を片付けるよう任されたニールを手伝うつもりで残っており、落ちているゴミを拾おうとしてかがんだとき、唐突に目の前にチケットが差し出されたのだった。
     眉を上げて意味を問うとニールは短く「好きだって言ってたよね」と、いっそ無表情とも言える真顔で言う。その間中ずっと肘を伸ばして腕を突き出したままなので、腕をおろしてもらうつもりでチケットをつまんで映画のタイトルを確認した。
     男がその映画を初めて観たのは子どもの頃だった。正直に言うと、内容よりも映画館に連れていってくれた両親との思い出のほうが強く記憶に刻まれていた。
     その映画は、いままでだれも見たことのない技術を利用したSF大作でクラスメイトのほとんどが観ている話題作だった。それまで映画を観に行く機会などなかったが、両親は少年の誕生日だからと言って遠くの映画館まで車を出し、両手でないと持っていられないほどの大きさのポップコーンを買ってくれた。両親に挟まれて真ん中に座る少年が筒型の器を抱えると、両側からふたりの手が伸びてきてポップコーンをつまむ。たまに三人の手が同じタイミングでつまもうとするので少年はその手を指で挟んで恐竜のマネをした。両親の手はその都度、噛み付く恐竜になって少年の指を食べた。
    「観たことがなかったからチケットを取ったんだけど一緒に観ようとしてたやつの都合が悪くなったから余って、そうしたらあなたが好きだって言ってたのを思い出して誘おうと思ったんだ」
     ひと息で言い切るとニールは黙った。彼はまだ腕を降ろさない。男は改めてチケットに目を落とした。力を込めて握りしめていたのだろうか、紙はたわんでしわがついている。
    「懐かしいな。だが俺は……」
    「ミーティングで今日の予定は終わりだよね、もし良かったら今から行ってみるのはどう?」
     男が最後まで言い終わるのを待たずにニールが言い募る。さえざえと青く澄んだ瞳は軽い調子の言葉とは裏腹に真剣だった。
    「……時間は?」
     ため息混じりに男が訊くとニールは真顔のまま「八時から」と言う。腕時計に目を落とすまでもなく、ミーティングが六時半に終わったのは知っている。
    「夕飯の希望はあるか?」
     ニールの腕がようやく下がった。男はできるだけ気のない素振りで言う。
    「映画はお前持ちだから飯代くらいは出そう」
     考えてみる、と言ってニールは後ろを向いた。振り返りざまに彼の頬が上がったのを男は複雑な気持ちで眺めた。

     建物を出ようとしたときに電話がかかってきた。悪い、とニールに目で謝り彼から離れてすぐに耳に当てる。
     相手はごく静かな声を出した。
    「だから言っただろう」
     これみよがしに平静な声に男はむっとする。
    「よく言う。なにも言わなかっただろうが」
    「きみのためだ。僕のためでもある」
    「意地が悪い」
    「きみは僕に意地悪をしないんだろうね」
    「……もう切るぞ」
    「早く行かないと怒られるよ」
     笑い含みの忠告に、ふんと鼻を鳴らして通話を切る。振り向くとニールは同じ場所で微動だにせず男を待っていた。
    「すまない、行こう」
     ニールは軽く首を倒して気遣わしげにこちらに目を向けた。
    「もしかして予定があった? 悪いことをしたかな」
    「気にするな、ただの定時連絡だ」
     そう、と応えたニールは表情をやわらげて目的のレストランに向かって足を向けた。
     ニールが選んだのはメキシコ料理の店だった。人気の店だから顔見知りがいるかもしれないとニールは言っていたが、中に見知った顔はいない。現在、組織が有している拠点の近くにある繁華街といえばふたりの訪れているこの界隈となる。車を十分ほど走らせればモールはあるが、徒歩圏内のこの場所を避けてそちらをあえて遊びの場として選ぶ者はいなかった。
     ニールと同じタコスを注文して眉間を揉む。その仕草をいぶかしんだらしく、ニールが顔を覗き込んできた。
    「無理させたかな、疲れてる?」
     男は肩をすくめてそうではないと伝える。
    「そう見えるか? 問題ない」
    「疲れてなかったとしても、今日は早く帰りたかった? 明日、なにか用事があったりして」
    「いや、特になにも。気を遣わなくていい」
     真意をはかるようにじっとこちらを見つめてくるニールを同じ強さで見つめ返すと、すっと視線はそらされた。
    「映画、断られると思ってた」
     ぽつりとこぼすニールに応えようとしたとき料理が運ばれてきた。美味しそうだね、とこちらに笑いかける表情からは彼が一瞬見せた不安の色はきれいに消えていた。
     料理は美味だったが、食事の間も含めてニールの様子はいつもと違って見えた。映画のチケットを渡してきたときはあんなに押しが強かったのに、いま、向かいに座るニールは伏し目がちで控えめだ。
    「ほかに注文するか、足りないだろう?」
     首を振るニールがこちらに気を遣っているのか本当にじゅうぶんだと思っているのかが分からず、男は頬を掻いた。
    「たまにはわがままを言えよ、欲しければ欲しいと言っていいんだ。いまはきみが年齢も一番若いし経験もないが、かといってほかの奴らに追いつくまで言いたいことを我慢する必要もない」
     男の励ましを受けたニールは口の端を上げてかすかな笑みを浮かべた。なにかを言いかけるように口を開いたが、思い直したふうに首を横に振る。
    「僕はいつだってわがままだよ。今日もきみの時間をもらってる」
     殊勝に振る舞うニールにどのような言葉をかけるべきなのかを判断しかねた男は曖昧に笑うにとどめた。彼のことは誰より大切だと思っている。だからこそ、彼との間に一定の距離を保つことを意識し続けるのは思った以上に骨が折れた。普通にしていればいいとあいつは言ったが、果たしてどこまで信用したものか。
     そろそろ行こうとニールに促され店を出る。劇場は道路の突き当りにあった。大型のショッピングセンターと併設されているシネマコンプレックスで、訪れるのは今回が初めてだ。明るい照明に照らされたショッピングセンター内にはジャック・オ・ランタンや魔法使い、蜘蛛と蜘蛛の巣などといったハロウィンの装飾がそこかしこに施されており、どこか浮ついた雰囲気で満ちていた。
     平日だというのに映画館のロビーはひとで溢れていた。溶けたバターが香り賑やかな話し声がさんざめく中、隣のニールは相変わらず静かに佇んでいる。食事をした店から出て以降、会話らしい会話をしていなかった。黙るニールの顔を覗き込み、男は声をかけた。
    「なにか頼むか? 俺は飲み物を注文するつもりだが……。どうした、疲れたか?」
     ニールは男と目を合わせたまま長く息を吐き、瞳をまたたかせた。喉を鳴らしてつばを飲み込み口を開く。
    「……疲れてない。こういうところは久しぶりで、それでかな」
     ニールの笑顔は無理をして作ったものには見えなかった。心なしか潤んで見える瞳からも疲れは感じられない。
    「俺も久しぶりだ。このところ、中心街の近くに拠点を置いていなかったからな」
    「こういうところに来るまで車で一時間近くかかってたよね、それでもここより小さいモールしかなかったし」
    「外で食べようと思うと必ず誰かに会ったな」
    「デリバリーもないし、みんな自炊は苦手だし。得意だってバレたら部屋に大挙して押しかけられるしね」
     思い出し笑いをするニールはさっきよりよほどリラックスして見えた。彼からの誘いをしぶしぶ了承したふうに見せたのは間違いだったと思い直して男はこの時間を楽しむことに決めた。
     元気づけるようにニールの背を軽く叩いて言う。
    「ポップコーンを食べるか? ここにいたら食べたくなってきた。買ってくるから待っててくれ」
    「そんな、僕が行くからきみはトイレにでも行ってて。コーラでいいよね」
     慌てた様子で男を引き止めるとニールは急いで売店に向かった。男は人混みに紛れる後ろ姿をずっと目で追っていた。
     しばらくしてポップコーン二つと飲み物二杯を両手に抱えてニールが戻ってきた。「フレーバーまで聞いてなかったから二種類頼んだ、塩とキャラメルどっちにする?」と訊いてくるのがいじらしい。手前のものを両手で受け取り、抱き寄せそうになる自分の腕を塞いだ。
    「そろそろ始まるみたいだ」
     男がそう言って足を進めると、こぼれるくらいに笑みを深くしてニールが続いた。
     シアターの扉をくぐると男はいつもの場所に向かった。スクリーンに向かって右側、後ろから二列目の端から二番目の席だ。後から来たニールは隣に座らず男をじっと見つめ、困ったように声をかけた。
    「ごめん、取ってた席はそこじゃないんだ。もっと前なんだけど……そこがよかった?」
     はっとして男は立ち上がった。
    「悪い、気が付かなかった」
    「力強く歩いていくから止められなかった」
     ニールは目を伏せて静かに笑みを浮かべた。そこには先程までのてらいのなさはもうなかった。ニールは、こっちだと男を促し、背を向けて先を歩いていく。
     ちょうど劇場の中心にあたる場所がふたりの座席だった。ちらりと隣に座るニールを盗み見ると、どこかぼうっとしたように真正面のスクリーンに写った広告を見つめている。声をかけようとしたとき、場内の照明が緩く絞られスクリーンから大きな音が流れ出した。男は仕方なく前を向く。
     子ども向けの映画だったと記憶していた。久しぶりに見てみると、子ども騙しなどという言葉がお門違いだとよく分かる作品だった。突飛な設定であるものの、共感できる登場人物やテンポのいい展開が観客を惹きつけ、サスペンスフルな演出とうまいセリフで魅了する。誕生日にこれを見た過去の自分は記憶にあるよりずっと喜んでいただろう。
     そういえば、ニールは初めて観ると言っていたと思い出し、男はちらりと隣に目を向けた。
     視線がぶつかった音がした。男と目が合うやいなや、ニールの脚が膝に乗せていたポップコーンを蹴り上げて何粒かが落ちる。ニールはすぐにうつむいて俄然興味を惹かれたようにカップの中を覗き込んだ。食べるでも飲むでもなく、身体をこわばらせてひたすらに見つめる。
     いつからニールはこちらを見ていたのか。他人の視線には敏感だと自負していたのにまったく気づかなかった自分に呆れた。
     スクリーンでは遺伝子操作で蘇った恐竜が人間に対して文字通り牙を向いていた。逃げまどう人々、忍び寄る敵、見どころのひとつだ。視線に気づけなかったのが少々悔しかった男は動きを止めたニールの耳元に口を寄せて言った。
    「スクリーンは正面だぞ」
     ニールは傍から見てもそれと分かるほどビクリとした。長く息を吐いてから観念したように男に顔を向け、口を歪ませて微笑んだ。
     ほら、前を向け、と顎で示して男はスクリーンに向かう。確認はしなかったが、ニールも男に倣った気配がした。
     作品がエンドロールを迎えると場内に明かりが付き、口々に感想を言い合う声が響いた。列の中心に座っているので身動きが取りにくいふたりは周りが立ち上がるのを座って待つ。改めて観ると、エンターテイメントとしての質の高さに舌を巻いた。
    「結構面白かったな」
     男が顔を寄せるとニールは心持ち身を引いて、そうだねと言葉少なに返答した。劇場を出るとニールはそわそわと落ち着かない様子を見せ、「それじゃあ、二日後に。今日はありがとう」と言うと足早に去って行った。
     今日のニールはどう考えても不自然で挙動不審だった。男は首をひねりながら拠点近くの駐車場に向かった。

     家に戻ると男は両手を広げて迎えられた。
    「おかえり、楽しかった?」
     男は出迎える者の腕の中に身を投じ、背中に両腕を回して帰ってきたと伝えた。抱きしめる相手の肩口に顔をうずめたまま言う。
    「約束を破ってすまない」
    「あれ、小言を言われると思った。知っててなにも言わなかったんだろうって」
    「それはもう言った。……予定通りならもう着いていただろうに」
    「でも、楽しかっただろう? そうでもなかった?」
     男は顔を起こして相手の顔を見上げた。さっきまで隣に座っていた男とは別人のように余裕のある雰囲気と表情で、手のひらは男の頭を撫でてさえいる。
     男はにわかに、先程まで一緒にいたニールに悪いと感じてしまった。抱きしめていた身体を離して距離を取る。
    「こうやって、おまえの過去と俺の現在を並列して語るのはどうなんだろうか」
     相手は少しも間を開けずに応えた。
    「僕にとっては答え合わせみたいなものかな、そう深く考えなくていい。生意気なやつだと思えばそう思ったままで構わないし、反対に、いまの僕を嫌いになったらその気持ちを持ったままでいい。どちらにせよ、過去の僕はきみに夢中だからなにも変わらない」
     男は唇をすぼめて不服だと主張した。
    「ニールに悪いだろう、彼はいっぱいいっぱいなのに」
     それを聞くと、相手は思わずといった様子で吹き出した。声を上げて笑い、最後には男の肩に手を載せて支えにする始末だ。
    「きみねえ、悪いと思ってるなら言わないでやってくれよ。僕は必死だったんだから」
     落ち着くようにと彼の背中を叩いていた男だったが、どうしても気になることを聞くために自分から話を蒸し返した。
    「今日のおまえはなんだったんだ? 映画に誘ったと思ったら気のない素振りで黙って、機嫌が良くなったと思えばまた避けるみたいにして……。俺はなにかしただろうか」
     彼は腕を組んで思い出すような素振りをする。
    「ううん、なんだったかなあ、思い出せないなあ」
    「素人芝居もいいところだな、なんだその棒読みは」
     覚えているのに言うかどうか悩んでいるのだと男は察した。時間をかけるつもりはない。彼に身体ごとずいっと迫って「吐け、吐いてしまえ」と言い募る。相手は自分を守るように顔の前に両手でバリケードを張った。
    「分かった、分かったからそれやめて。きみとの初デートだ、緊張しないはすがないだろう。挙動不審はそのせいだ。なんて取るに足らない些細な出来事なんだ、つまらないよね」
     その説明では納得できずに目をすがめ、男は彼の手首をつかんで顔の前のバリケードを両手で外した。
    「それだけじゃないだろう。全部吐け、ニール」
    「さっきは僕に悪いと言っていたじゃないか。こうやって無理に聞き出すのってまさしくその『僕に悪い』ことだよね」
    「たしかにそうだな。だが俺はおまえに訊いてるんだ」
     ええ……、と口籠るニールだったが男の強い視線から来る引力に引きずられるようにして重い口を開いた。
    「きみの部下への評判を落としたくて言うわけじゃないぞ。それにこれはいまだって恥ずかしく感じることだ。聞いたらあとには戻れない、分かっているよな」
     物々しい言い方に、男はつかんでいたニールの両手を離してなにを言われるのかと待った。
     ニールは頭をガシガシと搔いて言い捨てた。
    「きみにムラムラしてた」
     頭の上に疑問符を並べる男の理解を助けるためであろう、ニールは言葉をつなげる。
    「きみを独り占めできると思って喜んでたんだ。あわよくばそのまま部屋まで行けるんじゃないかとまでね。でも、ふたりきりになったらまるでダメ。きみは普段通りに見えたし──まあこの僕がいるんだから若い僕になびくはずないんだけど──でもせっかくだからデートの間くらいは楽しもうと思ったんだ。それなのに、きみは勝手に『いつもの場所です』みたいな顔して映画館で座っただろう? 特定の誰かが隣に座るのが当たり前みたいにさ。あれは落ち込んだよ。だけど、映画が始まるとスクリーンの光に照らされたきみの顔が本当にきれいで目が離せなくなった。しかも、きみは映画に夢中で僕が見てるのに気が付かない。僕はきみを見つめ放題で……それで、その……」
    「欲情した……? 映画を見ている俺に……?」
     ニールは吠えるように続ける。
    「きみも悪い! 耳元でささやきかけるなんてひどい悪手だね。僕の気持ちを考えてくれ」
     本当だろうか、と男はまず疑った。さっきまで一緒にいたニールが自分に? だが、目の前のニールは恥ずかしがっているように見える。
    「……隠すのがうまいな。全然気づかなかった」
    「なんでもないときに上司にムラムラしてる部下なんて使いづらくて仕方がないだろうからな。ああもう、最悪だ、知られてたのかよ。僕が言ったからだけど……」
     今度は両手で髪をかき回すニールの腕をつかんで男が慰める。無理に聞き出していいことではなかったようだ。悪いことをした。
    「聞いたことは忘れる。個人的なことを聞き出してすまない」
     謝る男を見るニールの目が徐々に鋭くなった。なにを思ったかニールは男に詰め寄る。
    「聞くなら最後まで聞くべきじゃないか。あのあと、僕がひとりでどうやって熱を収めたのかまで」
     男は一歩後ずさった。そこまで話してもらうわけにはいかない。それこそニールのプライバシーに関わる。
    「遠慮する」
    「聞き出してきたのはそっちだ。きみのかわいいニールくんは気のない素振りの上司を想って夜な夜な……」
     男は手でニールの口を塞いで負けを認めた。
    「分かった。俺が悪かった。もう聞かない」
     ニールは満足げにうなずいて手のひらの中で笑みを浮かべた。口から離れた男の手を握って揺らしながらつぶやく。
    「知らないほうがいいこともあるだろう」
     男は無言でうなずいた。それにしても、とニールが続ける。
    「明日はどうする? 行くのはやめようか」
    「俺は楽しみにしていたんだが、ニールは違うのか?」
     だって、と唇を尖らせてニールが言う。
    「二日連続で同じ映画を観るっていうのもどうかな。きみは三回目なわけだし」
    「俺は構わない。それにチケットはもう取ってる」
    「スクリーンに向かって右側、後ろから二列目の一番端の二席。僕らの特等席だ」
     得意げに笑ってニールは胸を張る。ふたりで映画を見に行くとき、彼は必ずその席を選んだ。その理由は──
    「きみが誰かさんとうつつを抜かさないようにって牽制したわけじゃないんだけど結果的にそうなった。僕は満足だね」
     眉を上げて呆れたふりをしながらも、理由に思い至った男は納得した。自分があの場所に座ったのをニールはずっと覚えていて、一緒に出かけるようになってからはあえて同じ場所を選んでいたのだ。
    「おまえが映画を観るときに俺の顔ばかり見るのが昔からだというのも分かった。明日はスクリーンを見ろよ」
    「もちろん。一度目に観たときはほとんど内容が頭に入ってなかったから二度目の正直だ。ちゃんと観るよ。きみの思い出の映画だもんな」
     ニールには両親と一緒に観に行ったことを伝えていた。だからこそ、この地の隊員や部下であるニールから離れたシアトルまで片道四時間、ドライブがてらの小旅行として一緒にリバイバル上映を観ようと誘っていたのだ。まさか前日に同じ映画を観に行くことになるとは思っていなかったが。
     あの映画にはまた違った思い出ができた。自分の隣にいるだけで緊張してしまう若き日の彼との記憶だ。明日、一緒に観に行くニールとの記憶も新しく増えるのだろう。
    「明日の朝七時に出ればじゅうぶん間に合うだろう。寝る準備をしないと」
     男の提案を受けて、ううん、とニールが不満げな声を上げた。
    「どうした、早すぎるか?」
    「このままじゃ、明日、今日の僕みたいになるかも」
     男は首を傾げて続きを促す。ニールは今日、自宅で仕事をしていたはずだが、どこか調子が悪かったのだろうか。
    「行きの車できみに欲情してしまいそうだ」
     なんだそれは、と男は気の抜けた笑い声を上げた。今日の僕とは若いときのニールのことを言っていたのか。
     ほんとだぞと言いながらニールが男に近づく。
    「昔のことを思い出したらそうしないではいられなかった。もう準備も済ませてるしあとはきみがその気になるだけ。どうかな」
     直截な誘いが男に効くのをふたりはお互いに知っていた。ニールは額を相手の額に当てて誘う。
    「一緒に寝よう」
     男はうなずくだけでよかった。
     やった、と小さく声を上げてニールは寝室に向かう。
     相手がニールであれば、同じ映画を何度観ても楽しめるし何度一緒に寝ても心地よい。けれど、少なくとも今日は伝えるのを控えよう。知ってしまったら明日の道中、ニールはずっとニヤニヤ笑いでこちらを見つめるだろうから。
     寝室から男を呼ぶ声がする。
    「あと何年待ったら来てくれる?」
     よく言う、と含み笑いをして男は想う相手のもとに向かった。




    ーーー
    2022/11/17追記 作者コメント
    一人称の漢字(ぼく、おれ)を開いてる方があまりいないと思ったのでわかりにくいように閉じました。おまえときみは開いたままにしました。
    映画館の後ろからニ列目は最後列や後ろから三列目に比べてあいてることが多いのでこの場所に座ってもらいました。
    書いていてとても楽しかったです。


    ーーー
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    INFOPN利き小説 エントリー作品⑧
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    PN利き小説 エントリー作品⑧「二時間だけのバカンス」 ふたりはまた喧嘩をした。
     彼らが一般に喧嘩と呼ばれる状況に陥ることは珍しい。逆行した先の別の時間軸のことはさておき、ふたりが現在と呼ぶ時点において彼もニールも十分大人であり、また言い争いを通してじゃれ合うような性分をお互いに持っていないからだ。
     必要であれば武器を手に戦う彼らは、だからこそ日常における問題は言語コミュニケーションを用いて解決することを良しとしている。共にいられる時間に限りがあるとわかっているため、多少のすれ違いや意見の相違があってもできるだけ速やかに話し合い、相手の考えを聞き、受け入れ、自分の主張を変える準備がある。例えばベッドに引きずり込んでしまうこととか、唇で唇を塞いでしまうこともコミュニケーションの手段ではあるし、ときにはそういった武器とは異なる意味での暴力的な方法を用いることがマナーになることも理解しているが、ふたりは敢えて言葉を介すことで、お互いの気持ちを定性的に把握したいと思っていた。
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