仮面を塗る男昌と照
上司と部下の関係にしては湿度が高い
「良いかな?」
昌義が木製の戸の前で一声掛ける。「どうぞ」と、向こうの部屋から聞こえる返事を待って、戸を開ける。
姿勢良く座る部屋の主の背が目の前にあった。
「おっと。準備中だったのなら出直す」
昌義は、慌てて引き返そうとした。
「いえ。もう終わるところです」
照星が振り向き、昌義が立ち去るのを制した。手にしていた小筆と小皿を文机の上に置く。
「ならば、ここで待っていよう」
昌義は、そう言うとその場に腰を下ろした。
照星は、唇に乗せた紅を軽く指で押さえ馴染ませる。指先に微かに残った紅は掌で消した。
拳を床に突いて、向きを昌義に向ける。
「お見苦しい所をお見せしてしまいました」
照星は、少し頭を下げる。
「いや、そんなことはないぞ。勝手に来たのはこちらだからな」
ガハハ。と、大きな口で昌義が笑う。
「それで、何用でしょうか?」
「虎から手紙が届いてな。近々、忍術学園で火縄銃の演習をやって貰えないかと、学園長先生のご用命だ」
昌義は、懐に入れていた文を取り出し広げ、照星に中を見せる。
「お父上のご健勝をお祈りしております。なんて、先生方に言われて初めて付け足した様な言葉を入れよって」
軽口を叩きながらも文字に落とす視線は柔らくなるのを照星は見逃さなかった。やはり、子から届く手紙は嬉しいのだ。
「勿論。お手伝い致します」
「詳しい詳細は、また話す」
「照星殿は、毎日その化粧をするのか?」
昌義がふと訊ねたのは、鉄砲隊の演習終わりの夕暮れだった。
「気味が悪いでしょう。こんな面妖な顔」
「まさかそんな事はない。と、言ってやりたいが最初対面した時はさすがに面を食らったな」
「そうでしょう」
この顔で居ると子どもなら悲鳴をあげ、大人ですら顔をしかめ、訝しい反応をするのはもう慣れた。
「しかし、照星殿のその神がかった鉄砲の腕前、その人柄、佇まいを知れば、納得すらする」
「これは、己に掛けた呪いの様なものですよ」
「ほう。まるで暗示のようだな」
「別者に成りたいのかもしれません」
「まさに神の肖りだな」
昌義は、察し良く言い返す。
まさにその通りだった。
己が描く理想の狙撃手の姿がある。
神の力に肖り、縋る気持ちで化粧という面している。
すると周りの鬱蒼とした雑念が真っさらに消え、狙いに集中が出来るからだ。
「して、その素顔が気になるのが人間の性というものよ」
昌義が目を細め、照星を見る。獲物を前に狙いを定め、化粧の下の内面や塗り重ねた過去すら探ろうとしている様にも思えた。
「疑わしい人間は、ここには置いておけない訳ですね」
昌義の意図を汲んだつもりで照星は、物分り良く訊ねた。
「それは、私の目を疑うと事でもあるぞ?」
ピリッとした剣呑な雰囲気に空気がさらに変わった。
照星が身構えていると、先に昌義の方から表情を解した。
「安心しなさい。私は、『照星』という人間を好いておるからな」
ニヤリと微笑むの顔は、子どもの様な無邪気さだった。
照星は、剣呑な雰囲気には覚悟は出来ていたが、好意のある言葉には予想外でパチリと瞬きをして口を開けたまま固まってしまった。
「私達は、だな。隊全員もそうだし、虎もだろう?」
自分で言った言葉に、はっと気付いた昌義が慌てて言い直した。
照星は、さっと俯いて零れる笑みを隠す。
やはり、この人には追随したいと惹かれる良さがある。
「とても嬉しいです」
照星が真っ直ぐ顔を見て言うので昌義は、照れ臭そうに笑った。
【終わり】