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    rack_159

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    フクロジⅧ展示:班宮SS

    以心 ベンチで目覚めた瞬間、大槻は大興奮! なぜって隣のベンチには、あの舌が絶妙に合う彼がいたからだ。これで今回の一日外出の楽しさが確約されたも同然である。食べ歩きの日にしていて本当によかった。舌も合えば外出の予定まで合うなんて、まるで魂の双子だ。前世で生き別れた兄弟だ。
     と言っても、その興奮をやすやすと表には出さない。大槻と彼の間には心の奥深く秘めたシンパシーがひっそりと渦を巻き、互いが互いを意識しながらそれでも言葉を交わさないという実に奥ゆかしい関係性を保っている。実に日本人的侘び寂びがなせる感性ではないか。それを自ら壊すわけにはいかない。あくまでポーカーフェイスを保ちながら、ナチュラルに、フラットに。大槻はそう思っている。つまり舌の合う彼もそう思っているということだ。おそらく。
     大槻と彼はほとんど同時にベンチから起き上がり、示し合わせたように同じ方向へと歩き始めた。声を掛けたり、視線を交わしたりなんて無粋なことはしない。一軒目はこの近辺で目覚めたら来たいと思っていたハンバーグ店だ。通の間では隠れた名店と名高く、一度食べたら他の店では満足できなくなるという。大槻が店の扉をくぐると、当然のように彼がカウンター席に座っている。大槻は三つ席を空けて座ると、
    「和風ハンバーグ一つ……!」
     重なった声に振り向くと、彼も同じものを注文していた。店員は驚いていたが、彼らにとっては当然のことだ。
     ハンバーグは噂通りの絶品だった。玉ねぎベースのソースが肉としっかり絡み合い、上に乗った大根おろしは育った畑の青空が見えそうなほどさっぱりしている。噛めば噛むほど肉汁が溢れ出し、心と体を満たしてくれる。
     ハンバーグを堪能したあとは、場所を移してスイーツをいただく。普段ならなかなか気後れしてしまう可愛らしい装飾の店内だが、彼と一緒ならば恐れることはない。頼むパフェはピスタチオと桃のパフェだ。以前通りかかった時からどんな風味なのか気になっていたもので、人気のストロベリーも惜しかったがここは初志を貫く。もちろん彼も同じものを注文した。味は上々。ピスタチオの滑らかさと桃の爽やかさがよく絡み合っていた。その後の食べ歩きでも何も言わずとも二人で同じコロッケを食べ、舌鼓を打ち、思い出を共有し……。
    「いや、オレもいるだろ……!」
     突然フレームインしてきた宮本に、大槻は思わずぽかんと口を開けた。何も言えなかった。とにかく口八丁を使いこなす普段の大槻からすれば考えられないことであった。
     腹を休めるために寄った公園で、子どもたちがブランコを揺らして遊んでいる。ベンチに座る男二人はひょっとしたら、いやひょっとしなくても異質な存在だった。舌の合う彼も三つ隣のベンチに座って休んでいる。当然の如く。
    「なんだよその顔! あのさ、今日オレがずっと一緒にいたこと、もしかして気付いてなかったわけじゃないよな?」
     さすがにそれはない。今日の監視役は宮本だった。分かっている。覚えている。一緒にハンバーグを食べたし、パフェもつついた。食べ歩きもした。
     だが、薄い。記憶が薄いのだ。頭の中の大部分を占めていたのはうまい飯と、舌の合う彼との無言のセッションだ。ハンバーグ店で宮本はチーズインハンバーグを食べていたし、パフェはストロベリーだったし、食べ歩きはただ大きいだけのようなスペアリブを食べていた。早い話が共有していないのだ、舌を。
    「は? お前さ……こんなに近くに俺がいるってのにさ……別のやつばっかり見やがってよ……」
    「そ、そういうわけじゃないですよ。なんというか、色々要素が重なっただけで」
     あ、これはいかんな、と大槻は思い始めていた。もっと前から気付くべきだったのかもしれない。今の宮本は完全に面倒なモードに入りかけている。というかすでに入っている。サングラスの奥の目がじっとり不機嫌をはらんでいるのがその証拠だ。
    「んだよ……オレが何か言っても上の空だったったじゃねえか……」
    「いや、そんなことは」
     そんなことは、あった。だって今日は舌の合う彼と外出が重なっていたのだ! どうあっても意識がそちらにいってしまうのは仕方のないことではなかろうか。そもそも彼だって監視すべき対象なのだから、宮本こそ彼に注目すべきではないか。そう思うが、それを指摘しても拗れてしまうだけなので大槻は黙っている。
     ふと、その彼の方を見た。てっきりすでに他の飯屋に移動したものだと思っていたのだが、意外にも先ほどと同じ場所にいる。というか、彼もまた大槻を見ている。
     その口が、ぱくぱくと動いた。なんだって? 大槻は彼をじっと見る。彼は宮本を指差し、大槻を指し、ぱくぱくと何か言ったあと、頭を下げる動作をした。それから視線を上げると大槻を見つめ、さあ早くと手で急かす動作をした。大槻が呆けていると、いいから早く、とさらに無言で急かされる。
    「えーと……あの、宮本さん」
    「なんだよ」
     完全に拗れモードに入った宮本はそっぽを向いていた。もう一度舌の合う彼をちらりと見る。彼はただ頷くだけだった。
    「その……すみません」
     大槻は頭を下げる。
    「なんというか……ワシが悪かった、というか」
    「別に? 大槻の好きにすればいいじゃん」
     だめだ。完全に遮断モードだ。舌の合う彼は、それでもいけ! と伝えてくる。
    「特別……」ぼそりと大槻は言った。
    「は?」
    「宮本さんはやっぱりワシの中で特別……! もはや空気のような存在というか……いて当たり前というか……この間なんて、宮本さんが監視役じゃない外出でも宮本さんに話かけちゃいましたし……!」
    「……本当?」
     ちらりと宮本がこちらを見る。
    「本当ですよ! 地下にいる時もよく沼川たちに笑われるんです。『いま宮本さんいませんよ』って」
    「ふーん……」
     嘘だ。嘘だが、あながち完全なでまかせでもない。さすがに話しかけるところまではいかないが、これ宮本さんが食べたら気にいるだろうな、だとか、宮本さんが見たらこう言うだろうな、と考えてしまうことはある。割と。それこそ呼吸するように。
     宮本は黙っていた。沈黙がしばらく続く。じりじりと得も言われぬ空気が続く中、大槻は賽の目をじっと待つような心持ちでただ座っていた。神よ、と祈り出したい気分であった。
    「まあ……ならしょうがないか」
     次、何する? と宮本はスマホで調べ始める。その顔に少しの微笑みがあるのを見て大槻はほっと胸をなでおろした。
     舌の合う彼の方を見る。サムズアップして頷いてくれた。大槻も大きく頷いて、親指をぐっと立てた。
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