神さま一度だけ(木暮) 入った。ボールが手から離れた瞬間に確信した。たぶん今、自分は教科書に載せても恥ずかしくないフォームで跳んでいる。あのボールは美しい円弧を描き、静かにネットを揺らすだろう。呆けた顔で着地したとき、木暮はある文章を思い出した。
一流のシューターは、ボールを放った瞬間にゴールに入るかどうかを理解する。本で読んだ一節を、中学時代の木暮はフカシだと思っていた。当時の木暮にとって、絶対に入ると思ったシュートが相手センターの両手にすっぽり収まることは日常茶飯事だった。シュートが入るかどうかなんて、逆立ちしても分かりそうにない。
それがどうやら本当らしいと知ったのは、高校に入って三井という一流のシューターと知り合ってからだ。わかるぜ、と三井はこともなげに言ってみせた。彼が言うには、指のかかりや手首のしなり、腕の位置などから、直感的にシュートの軌道がわかるのだという。同い年の三井君にわかるなら、俺にもちょっとくらい感覚が身につくかもしれない。淡い期待を抱きながら木暮は練習を重ねた。
ところが、木暮に理解できたのはシュートが入らないときの感覚だけだった。あ、落ちるな、と思ったとき、ボールは必ずリングに嫌われる。入るほうの感覚は、高く見積もっても五分の確率でしか的中しない。しかも、この感覚をつかむのにさえ2年と少しの時間を要した。ここから先は自分のような凡才にはわからない世界なんだ、と半ばあきらめながら、それでも祈るようにシュートを撃った。だから、もしかしたら祈りが通ったのかもしれない。
――果たして、確信は現実のものとなった。頭の中で描いたそのままの軌道をなぞって、木暮の放ったボールはゴールに収まった。思った通りにシュートが入ったのが、逆に信じられなかった。雄叫びをあげ、仲間にもみくちゃにされながら、頭はまだふわふわとしていた。確かにつかんだ、星が脳裏を駆けていく感覚が、木暮の脳を半分灼いたのかもしれない。もう半分の冷静な頭では、今まで見たこともなかった世界が一瞬だけ木暮の前にあらわれて、再び去ったのを理解していた。それでもいいと思った。たった一度の奇跡が叶ったのが今この瞬間であるならば、これ以上のことはなかった。