優しい恋人【オル相】 タブを起こす。開いた隙間から炭酸がカシュ、と漏れ出る音がして、俺はレモン味のサワーで喉を潤した。
「あれ、乾杯しようと思ってたのに」
マグカップに紅茶を入れて来た俊典さんが一人分空けておいたソファに腰を下ろす。
「それはすみません。久しぶりの飲酒を待ちきれなかったもので」
缶を持ち上げ掲げられたマグカップの端に小さく当てる。酒を飲めない俊典さんはそんな仕草でも嬉しそうに微笑むので、着席まで待ってあげれば良かったなと思う気持ちをバツの悪さと共に再びレモンサワーで流し込む。
今日夜警依頼なくなったんで泊まりに行けますよ、と言ったら、じゃあ宅飲みしようよと提案して来たのは俊典さんの方だった。君の好きなものたくさん作っておくからねと言われ、居酒屋風の飯にでもするのかと思ったが用意されていたのは腹一杯になるくらいの晩飯で、食後の語らいの場所をソファに移したところで冷やした缶がテーブルに置かれ、ここからが本番かと軽く笑う。
宅飲みと言っても俺に用意するばかりで全く飲む様子のない俊典さんの横顔を窺う。俺の手の中の缶は既に降っても音がしなくて、二本目に用意された見慣れぬメーカーの缶ビールの表面には細かな汗が浮かんでいた。
「飯美味かったです」
「そりゃ良かった」
「唐揚げのタレが良かった」
「あ、本当?あれレシピサイトで高評価付いてたからいつもと違うけど試してみようってやった味付けなんだ。私も好きな味だったからレパートリーに入れようかな」
缶ビールに手を伸ばす。指先が濡れる。
「ペース早くない?」
ソファの背凭れに肘を乗せ、体勢を崩して横顔を見つめていた俺の方を見て俊典さんはちょっとだけ息を飲んだ。
その前から俺が見てることに気付いてなかったらしい。
「ど、うしたの」
「このビール、どこで買ったんです」
「普通にスーパーで……。見たことがなかった猫ちゃんのパッケージだし、君が気に入るかなって」
「そうですか」
特に意味のある答えをせず、ビールを口に含み、喉を鳴らし嚥下して、それでも視線を外さない俺にわかりやすく俊典さんは動揺している。
泊まる、に含まれていて、確定ではない行為のことを思い浮かべているに違いなくて。
楽しくなってくる。
腹一杯飯も食った後のレモンサワー一本で酔うなんて俺らしくないが、アルコールの摂取自体が久しぶりなのだから何か不思議な力が働いていても不思議じゃないから。
「お、美味しくなかった?」
心配しているのはそこじゃないくせにそんな聞き方をする、狡い大人のやり口に俺は頬が緩む。
「美味しいかどうか、味見してみたら良いんじゃないですか」
「……じ、じゃあ」
俊典さんはマグカップの紅茶の熱さをものともせず一気に飲み干して俺の前に差し出した。深読みせず行儀良く待てができる犬のアピールに俺は笑顔を張り付かせたままマグカップをゆっくり取り上げローテーブルに戻した。そのまま、缶ビールを口に当てて傾ける。
俊典さんはじっと俺を見ている。童貞みたいなのめり込み方で。微かに顎を上向かせ、喉仏が上下する様を見せつけてから俺は残った缶ビールをテーブルに置いた。
「……しないんですか?味見」
ほんの少し唇を開いて舌先を覗かせる。
俊典さんはわなわなと震えながら呆れ気味に強い息を吐いた。
「君、お酒に弱い自覚ある?」
「弱いことわかってて家に連れ込んで飲ませてるあんたはなんなんです?」
「君の彼氏だよ」
「じゃあ良いんじゃないですか」
ほら。味が逃げますよ。
「……もう」
キスより先に俺の頭と背中がソファに倒れて、顔を赤くして口をへの字にした俊典さんが覆い被さって来た。テーブルに足がぶつかって、レモンサワーの空き缶が転げる。
わかりやすい口実を用意しないと押し倒してくれない彼氏の自覚ありますか?と言ったら泣かれそうだからそれはやめてあげた。
俺は優しい恋人だ。