sailing「 ……邪魔すんぞ 」
ノックと同時に扉を開け、勝手知ったる様子で部屋に入ってきた男を振り返り、笑みを刷く。
「 こんな時間に訪ねてくるとは、明日の乗船メンバーの編成についてだな?違うか?」
「 あ"〜、違わねぇよ。相変わらず話早ぇなテメーは 」
ニヤリと笑みを返す千空に、トン、と一巻の巻物を手渡した。
「 これが船長の俺が独断で考えた、乗船メンバーのリストだ。貴様は先に目を通しておいた方が良かろう 」
「 そりゃおありがてぇな」
巻物を受け取って広げると、ザッと最後まで目を通す。
そこで、ぴたりと千空の手が止まった。
「 ……どうした?」
「 オイ龍水、メンタリスト書き忘れてんぞ 」
当然のように言われて、目を瞠る。
……なるほど、不敵極まるこの男にも、なかなか可愛いところがあるらしい。
「 ああ、ゲンは今回のメンバーに入っていない」
言葉に、今度は千空が目を瞠った。
「 今回は過酷な船旅になる。……体力面での懸念もあるが、千空、リーダーである貴様と俺、主だった戦力になる武力チームが一どきに村を離れることになれば、残った奴等の不安もあるだろう。貴様や俺の意向を適宜汲みつつ、村の者たちの精神的なサポートを請け負える人間など、ヤツしかおるまい 」
実際、探索チームと農業チームにメンバーを割り振った際、農業チーム側にゲンを割り振ったのは同様の理由だった。
リーダーとしての、合理的な判断。
しかも今回はどのくらいの期間、航海にかかるかわからない。
冷凍保存中の司。それに付き添う未来。スイカら子供たちや、危険な航海には同行不能な老人や女性など、精神的なサポートを必要とする人間は多くいるに違いない。
村の巫女として精神的な支柱となってくれるルリがいたとしても、不安を拭きれない者もいるだろう。
合理的に判断するなら、龍水の言う通り、ゲンを村に残すのが適切だ。
しかし、それでも。
「 ……ゲンは連れて行く。この先の航海で、絶対アイツは必要になる 」
普段合理性を重視する千空がここまで食い下がるとは思わず、フゥン、と龍水は笑った。
「 なるほどな。確かにゲンは有能な男だ。いればいたで、そつなくトラブルを回避するだろうし、役に立つことは認めよう」
そこで、一旦言葉を切って。
「 だが、俺に要望を伝えるのなら、どう言えばいいのか貴様ならわかっているだろう。……違うか⁉︎ 」
突きつけるように問うと、千空はこちらを真っ直ぐに睨み上げてきた。
「 あ"ぁ。……俺は、この旅にどうしてもゲンがほしい!!」
この男がここまで言うのであれば、単純な情などではなく、彼なりの合理性を突き詰めた結果なのだろう。
つまり、千空のモチベーションを維持するためにはあさぎりゲンは不可欠と言うことだ。
「 はっはー!!よく言った!!!欲しい=正義だ!!ならば、乗船リストには加えておく。……説得は貴様の仕事だ。
重ねて言うが、危険な旅だ。当人の合意なしには、いかに貴様の要望と言えど連れては行けんぞ 」
言うまでもないことではあるが、念を押しておく。すると、千空はようやくいつもの不敵な笑みを浮かべた。
「 おありがてぇ。……リストに名前さえありゃ、アイツは来る 」
断言されて、思わず口笛を吹いてしまう。
……フゥン、それは、信頼か執着か。
「 まぁいい。明日はいよいよ出航だ。今日くらいは早めに休んでおけ 」
「 あ"ぁ。時間取らせて悪かったな 」
そう断って、千空は部屋を後にした。
あとは、意中の相手がどう出るか。ひとまず口を挟まず、見守ることにしよう。
翌日。西暦5741年9月10日。
機帆船ペルセウスは無事竣工となった。
これを境に、チームは完全に二つに分かれることとなる。
石化の謎を解く世界冒険チームと、本土に残る人類発展チーム。
船をバックに全員で記念撮影をしたあと、龍水から乗船メンバーの発表が行われた。
呼ばれる前から乗り込んでいる者、呼ばれるのを待ちきれず乗り込む者、律儀に呼ばれてから乗り込む者。そして乗船を拒む者。
命がけの旅である以上、同乗は自由意志が大前提だ。
ひと通り名が呼ばれたあと、それを締めくくるようにゲンが見送りの先導をする。
見るからに乗船の意思は皆無だが、本当に合意形成などできるものかと思いながら、龍水は最後のメンバーの名を読み上げた。
「 何を言ってる、最後にゲン、貴様もだ 」
「 ジーマーで⁉︎ 」
思いもよらぬ指名に、驚愕を露わにしてゲンは言い募った。
「 いや〜、要らないでしょ俺は。
体力とかモヤシだし…… 」
さて、千空はどう説得するつもりなのか。お手並拝見といこう。
……千空は、当然のような顔をして。
「 どんな敵と会うかもわかりゃしねぇんだぞ。そこにメンタリストが出張らなくていつ出んだバカ 」
よく考えればめちゃくちゃな論法だが、千空がこの旅にゲンを必須として組み込んでいることだけは、察しのいいあのメンタリストには嫌と言うほど伝わる。
……なるほど、相手を理解していないとこうはいかない。
ゲンはさんざん難しい顔で感情を捏ね回したあと、スッと表情を消してタラップを上がり始めた。
「 んま〜〜〜ね〜〜〜、もしホワイマンが攻めてくんなら、バイヤーなのは本土も一緒だし 」
そこで、いつもの胡散臭い笑顔の仮面を貼りつけて、千空を見上げる。
「 だったら科学王 千空ちゃんがいるチームのが、リアルな話安全かもね♪
俺はどっちだっていいのよ、自分が得ならね〜♬ 」
この偽悪が、この男の矜恃。そう千空は語ったことがあるらしい。
確かに、それには納得する。
しかし、双方の心理をつぶさに見ていた龍水からすると、こいつらめんどくさいな……と言う感情を否めなかった。
……全く、お似合いだな。
ひとつ息をついて。
龍水は海に向かって、そうつぶやいて笑った。