しゃぼんだまとあおいそらしゃぼんだま とんだ
屋根まで とんだ
屋根まで飛んで
こわれてきえた
おそらく、子供の頃、多くの人が耳にしたことがあるだろう、うた。
それは彼も同様で。
キャビンで千空たちがしゃぼんだま遊びをしていた、とコハクに聴いてからなんとなく懐かしくなって、甲板で口ずさんでいた。
……なんだかもの悲しくて、ちいさい頃はあまり好きではなかったけれど。
ふわふわして、見目鮮やかで、人目を引くけれど薄っぺらで壊れやすくて。
……中身は、からっぽ。
なんだか自分を見ているようで。
からっぽな自分が嫌いなわけではないけれど、たまにふぅっと胸の中の空洞を自覚してしまうことがあって、そんな時はひどく寂寥感に駆られた。
……柄にもなく感傷的になっているのだろうかと、苦笑してしまう。
「 ……んなとこで何してんだ、メンタリスト 」
ふいに声をかけられて、ハッとした。
「 ……うん、今日は波が穏やかだなと思って。千空ちゃんの方は、お話終わったの?」
「 あ"ぁ。……しゃぼんだまがどうかしたのか」
なんと、聴かれていた。こういうのを聴かれてしまうのは、なんとも気恥ずかしい。
「 うん?千空ちゃんたちがしゃぼんだま遊びしてたって聞いて、懐かしくなってね」
「 遊んでたわけじゃねぇぞ」
即座に否定されて、メンゴメンゴ、と詫びた。よくわからないけども、それもきっと何かの検証だったのだろう。
「 テメーでもガキの頃はしゃぼんだま遊びなんかしてたのか」
「 言い方。……うーん、演出に使うこともあったから、むしろ大人になってからの方が接する機会は多かったかも?」
曖昧にわらって答えると、むっとしたように眉が顰められる。
「 演出の話はしてねぇぞ」
「 ……そうね。ちいさい頃は、何度か。すぐ割れちゃうんだけどね。
ジーマーで小さい頃は、あの中には綺麗で素敵なモノがたくさん入ってるとか思ってたから、……うん、悲しかったかな」
こんな話、恥ずかしいから誰にも言わないでね。そう苦笑する。
「 そんなんいちいち言いふらすかバーカ。……しゃぼん液の成分は97%の水と界面活性剤、あと増粘剤だ」
千空らしい物言いに、くすりと笑みがこぼれた。あえて情緒のない方に話題を逸らしてくれている。
最初はわかりにくかったが、こういうさりげない優しさがとても好きだ。
「 ホラ、俺ってこの通り、ペラッペラでからっぽな男だからさ、……うん、親近感?」
「 はあ?……寝言は寝て言え」
頭を抱えて、深くため息をつく。
呆れられてしまっただろうか。
ややして、千空はチッと小さく舌打ちをすると、ちょっとそこで待ってろ、と言い置いて背を向けた。
しばらくすると、手にグラスとストローを持って戻ってくる。
ひと組差し出されて、それを受け取った。
……しゃぼん液?
「 吹いてみろ」
言われて、ふぅっと息を吹き込む。
なんだか普通のしゃぼんだまより、粘性が強い気がした。指で軽くつついても割れることなく、ふわふわと周りを漂っていた。
「 えっ、なんで?」
「 洗剤に水と砂糖、グリセリンを混ぜると割れねぇしゃぼんだま液が出来る。アホほどでかく作れんぜ」
そう言って、千空は隣で大きなしゃぼんだまを膨らませる。
「 ……ほら」
「 ゴイスー…… 」
ふわふわ連なって流れていくしゃぼんだまを見つめていると、ふいに。
頭の上で、パチンと音がして。
独特の甘いにおいのする、ちいさな花が降ってきた。
「 えっ…… 」
驚いて隣を見ると、どうも先程の音は千空がしゃぼんだまを割った音だったようで。……ということは、この花は。
「 ……何だよ」
凝視されて、千空はバツが悪そうにそっぽを向く。いつも怜悧な表情をたたえている顔は、ほんの少し赤くなっていた。
そこで、先ほどの自分の言葉を思い出す。
── ……しゃぼんだまには、綺麗で素敵なものが入っていると思っていた。
……ああ、だから千空ちゃんは。
その気持ちがうれしくて、うれしくて。
「 ありがとう、千空ちゃん。……今なら俺、空だって飛べそう♬ 」
そう言って、精一杯の笑顔を向けた。
しゃぼんだまは割れることなく、見上げた空に吸い込まれていった。