よすがの星 自分の身に降りかかる火の粉を、ひとつも拂おうともしない。いつだって誰かのために、黙ってその身を焦がす。尊敬している仲間の一人。
「フェイスやアッシュは、あなたのことも問い質しに来たのだろう」
司令室のソファに腰かけたブラッドさんの視線は、手元の書類に落とされたままだった。何のことかは確かめるまでもない。
行方のわからないオスカーさんを、誰もが心配していた。きっと、目の前のこの人だって。
確かに彼らは直訴しに来た。ブラッドさんでは話にならないと顔を顰めながら。
オスカーの行方は。捜索状況は。特別チームを発足するなら俺もメンバーに入れろ。
彼らの訴えは尤もだった。大切な仲間が姿を消し、一人だけ帰ってこない。連絡も取れない。
仲間の身を案じれば居ても立ってもいられないのだ。
ほんの僅かでもいいから手がかりを掴みたい。そのためなら危険だって顧みない。相手が大切であればあるほど、その思いは強くなる。
もっと取り乱す人がいてもおかしくなかった。だから私は、彼らが黙って出て行かなかったことに、密かに胸を撫で下ろしてしまったくらいだ。
脳裏に過ぎるのは、ロスト・ゼロ直後のキースさんの姿。
誰かと誰かを重ねるなんて、どちらにも失礼だと頭ではわかっている。それでも彼らに真剣な表情を向けられる度、ディノさんを探し求めていた頃のキースさんの姿が嫌でも思い浮かんだ。
あの頃のキースさんには、命すら簡単に投げ捨ててしまう危うさがあった。あの人が今もヒーローを続けていることは、当時を知っている人間からすれば奇跡にも等しい。
「心配なのは私も同じなので」
アッシュやフェイスくんもキースさんみたいに、仲間を助けられなかった十字架を背負うかもしれない。そう考えるだけで怖かった。ブラッドさんからオスカーさんの事情が共有され、多少溜飲を下げた彼らは落ち着きを取り戻したが、予断を許さない状況は続いている。
ヒーローが死と隣り合わせの世界で生きていることを忘れてはいけない。どうしようもなく非情な世界で、この人たちは戦っているのだ。
「あなたはそういう人だったな」
書類内容の確認が終わったブラッドさんが顔を上げる。表情はいつもと変わらないように見えた。残念ながら私は、ディノさんのようにブラッドさんの微妙な表情の変化までは読み取ることができない。
深い色の瞳と視線を交わす。夜が明ける前の空のような、希望を湛えた瞳が、真っ直ぐと私を見据える。
「ご心配には及びません」
多分、ブラッドさんの方がよっぽどきつく詰められただろう。彼らにも、キースさんにも。それでいて事情が事情なだけに、何も言わなかった。ブラッドさんはいつだって組織のため、仲間のために動いていて、けれどそれが当人は伝わらないのだ。
――何考えてるかさっぱりわかんねぇって何度も思ったけど、それでもやっぱりアイツのことは信じてた。
いつだったか、キースさんが言っていた。
この人の凛とした立ち姿には、背筋が伸びる思いだ。今も、あの時も。
「また助けられたようだ」
「私は何も」
信念を貫き通した結果であれば、黙ってその身を焦がすのだろう。この先もずっと。
何にも揺さぶられずに凛として立ち続けることが、正しい存在であることが、己の義務であるかのように。
非情な世界に差し込む希望の光のようなこの人を、私も信じている。