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    ydkkn_hrh

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    キス司の司令とブが話してる

    静けさの交錯 夜の司令室は静まり返っていた。昼間なら気にも留めない空調の作動音やパソコンのファンが回る音がやたらと大きく聞こえるのは、この部屋に二人しかいないことも手伝っているのかもしれない。そしてそれは、彼女が書類を捲る微かな音も同じだった。
     司令は最後の一枚まで目を通し終えると捲っていた紙を丁寧に元へ戻し、クリアファイルに入れてから俺へと差し出した。

    「ありがとうございます。司令部の認識と相違ありません」
    「そうか。確認が遅くなってすまない」

     本来ならばもう少し早く司令室を訪れる予定だったが、結局資料を使う前日の、しかもこんな夜に確認を頼むことになってしまった。困ったときはお互い様ですよ、という言葉には助けられる。
     ここ数日、特務部が慌ただしくしていたのは周知の事実だ。立ち上がったばかりの研修チームでトラブルの対処に追われては、こうした状況に陥るのもやむを得ない。そして状況は司令部も同様らしく、司令のデスクに広げられたままの書類や走り書きのメモはその業務の慌ただしさを物語っていた。
     きっと疲れも溜まっていることだろう。あまり長居もできまいと足早に立ち去ろうとして、ブラッドさん、と呼び止められる。

    「まだお仕事されるんでしょう。良かったらコーヒーでも飲んでいきませんか?」
    「……あいつに煩く言われないか」
    「ブラッドさんは特別ですから」

     そうか、と俺が口にするよりも先に、司令はふわりと笑って席を立った。
     誰にとっての、とは言わなかった。俺と司令の暗黙の了解と言えば聞こえはいいが、勘違いを誘う言葉とも取れる。
     アイツは危なっかしくて見てられねぇ、というキースの言葉を思い出した。だが何も知らないふりをしてキースのそばにいてくれる彼女に対しその物言いを咎める気はないし、そもそもその役割は俺のものではない。

     ハンドドリップで抽出される芳しい香りは静寂と相性がいい。座っていてください、という言葉に甘えソファに腰かけ程なく、淹れたてのコーヒーが差し出された。
     礼を告げてカップに口をつければ、司令はふっと柔らかく目を細める。幾度となくあいつを見守ってきた、優しげな視線だった。
     彼女には礼を述べるべきだろうか。それとも詫びか。
     俺があいつを労らない分、優しい言葉をかけてやらない分、彼女に負担がかかっているだろうとは思っていた。司令としても、あいつのそばにいる人間としても。そう思いながらも、彼女がキースにとって心の拠り所になるような存在でいてくれればと考えてしまうのもまた事実だった。
     カップから立つ香りに意識を向け、気を落ち着かせる。不安定な人間のそばにいれば引きずられるとはよく言ったものだ。あいつと共倒れしないために自らを律することに努めてきたというのに。
     カップをソーサーに戻せば、カチャリと控えめな音が静寂を揺らす。司令がおもむろに口を開いたのは、互いに一息ついてからのことだった。

    「ブラッドさんは、辛くないですか」
    「辛い、とは?」

     端から見れば、俺とキースの今の関係は良好とは呼べないかもしれない。

    「こんなこと、私が聞くのは失礼かもしれませんが、……」

     一時期に比べればまだマシだが、ゼロの捜索に向けて特別チームを召集したとキースに知られてから、また少し拗れたような気もする。けれどそれは些細なことだ。 
     キースにしてみれば少しも些末なことではないとわかっている。そんな一言で片付けられないのは百も承知だ。だからこそ俺は大切な仲間を守るために、最善を尽くせるこの地位を得るために、ずっと研鑽を積んできた。

    「……いえ、なんでもないです。すみません。忘れてください」

     司令は二、三度頭を軽く振り、困ったように笑った。
     もしかしたら、彼女の方がずっと緊張状態にあるのかもしれない。足枷を必要とするほどの男に、いつか置いていかれるかもしれないと。

    「だめですね、疲れちゃうと。余計なことを口走ってしまいます」

     失うことを酷く怖がる彼女だから、キースの痛みもわかってやれるのだろう。耳障りのいい言葉を口にすることもなく、ただ静かに隣にいてくれる。何も知らないふりをして、あいつを傷つけることをひとつも言わずに。

    「これはメンターリーダーではなく、あいつの一人の友人としての言葉として聞いてほしいのだが」

     キースと、ディノと俺と。どんな事情があったとしても、簡単に壊れていい絆ではない。簡単に壊れるような絆ではない。そう信じているからこそ、キースとの関係悪化も俺は些細なことと捉えられていた。
     何よりも大事なのは、あいつをこの場所に留めておくことで、ディノを探し出すこと。

    「どうか、キースから目を離さないでほしい」

     いずれきっと元通りになる。そう信じて鍛練にも明け暮れてきた。それでも、不安がひとつもないと言えば嘘になる。
     研修チームの中ですら、誰もが様々な事情を抱えている。立場上あいつだけを特別扱いすることはできなかった。当たり前だ。最善を尽くすためにかけ上がって辿り着いたこの場所は、自分にとって大切なものだけを考えていればいい地位ではない。
     彼女だって俺と同じ立場のはずなのに、どうかと願うのをやめられない。叶うなら、これからもキースの隣にいてやってほしい。
     彼女の口元は小さく動いたが、その声は静けさに溶けるばかりで俺の耳には届かなかった。

     明日もあいつの隣で知らないふりを貫く司令に最大の敬意と、謝罪と感謝を。本当のところはあいつだって、今さら彼女を手放せないこともわかっているだろう。
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