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    【🌹🦈未満】 ※1章オバブロ後、🦈がすっごく優しい

    眠りネズミは目覚めない 薔薇の迷路にはリドルしか知らない場所がある。中央のいちばん広い通路に入り、リドルの歩幅でだいたい二十歩のところ。そこで右を向くと、大輪の薔薇に囲まれてひとつだけ永遠に咲くことのない蕾がある。その蕾にキスをして、囁くのだ。「おはよう眠りネズミ。蝙蝠にうたおう」そうすれば生垣が左右に裂け、訪問者を迎え入れてくれる。

     その日もリドルは蕾に口づけ、その場所に来ていた。酷い雨に晒されしとどに濡れるガーデンチェアに腰掛け、念のため自身にかけた認識阻害魔法のベールの揺らぎを見つめながら、降る雨よりも大きな涙粒で頬を濡らす。
     泣きたくなった理由はたくさんある。とくに最近、オーバーブロットした後からは、それまで抑止してきた悪意が露骨に突き刺さるようになり、リドルを追い詰めていた。今朝も机上に残して離席した数分のあいだにノートにインクがこぼされていてここ数日分の努力を汚されていたし、ついさっきは自室に紅茶を運ぼうとしていたところを足をかけられてマグカップをひとつだめにした。ああいうことをする人間たちは皆とても狡猾だ。複数人で行動を共にされると、被害を受けた動揺の中で実行犯を明確にするのは難しい。
     唯一リドルが友人だと自覚している人たちに相談するには、あまりに今の自分が惨めで耐えられなかった。だからといって以前のように怒り散らして発散することも、今の自分の立場では許されない。なにより、もうこれまでのように迷惑をかけたくなかった。その対処法として、彼は自分に降りかかったネガティブな事柄や、それによって発生した感情を、溜め込む方法を選んだのだった。
     そうして何度もリドルはここでひとり泣いていた。溜め込まざるを得ない感情の波を抑えるために、女王が制定した規則とは別に、新たに己に課したルールだった。泣く時はひとりでここで泣く。誰にも迷惑をかけてはならない。眠りネズミがポットで眠るように、背丈よりも高い生垣に囲まれたこの空間で縮こまり、ジャムの代わりに涙で顔を汚すのだ。

     ここに来て泣くのはもっぱら雨の日で、それは人を遠ざけ嗚咽を掻き消すことが目的だったが、皮肉なことに近頃リドルは声を上げずとも泣けるようになっていた。以前はおいおいと声を上げて子供のように泣いていたが、今はガーデンチェアが軋む音をきっかけにカラクリの歯車が動くように涙が出る。
     リドルはこれを、誰かに迷惑をかける可能性を減らせる喜ばしい成長だと思っていた。泣き方を教えてくれる存在たちに、彼は気づいていない。





    「金魚ちゃーん」

     その静かな空間に、やたら間伸びした声が響いたのはリドルが泣き始めて五分ほど経った時だった。驚きで飛び上がり、髪に染み込んだ雨粒が散らばる。リドルのことを金魚ちゃん、と呼ぶいきものはこの世にたった一人しかいない。魔法のベールの向こうに見えた予想通りの長身に、リドルは身を固くした。リドルがいると確信した上で蕾に口づけをしてこの空間に訪れるなんてこと、並大抵の技術がなければ不可能なはずだった。

     現れた長身のいきものの名は、フロイド・リーチ。よく似た兄弟をもつ、ナイトイレブンカレッジ風に表現するのであれば『双子のやばい方』。自由奔放、傍若無人。かと思えば案外人懐こく交友関係は広い。零点と百点を同時に取れるような雄のウツボ。リドルとは正反対のいきもので、リドルよりよっぽどこの世をうまく生きている。
     彼はその性格から、いつも予測不可能な事を起こして周りを混乱させることが常だった。主にその被害者は、なぜか気に入られ付き纏われているリドルが多い。
     そしてフロイドまさに今、この1年間誰にも暴かれることのなかったリドルだけの芝を、磨きたてのローファーで踏み締めていた。

     リドルは極力動きを減らして、指先で胸元のマジカルペンに触れた。声には出さず詠唱し、認識阻害の内側にさらに防音障壁を張る。薄く光を通す魔法のベールを張る技術は通常リドルの年齢では習得できないものだったが、それを彼は意図も容易く二重にしてみせた。ここに教師がいたら、瞠目して拍手喝采したかもしれない。
     ただ、リドルがそのような高度な技術を利用したのは、それこそんな自分が作り出したこの場所に侵入できるいきものが相手だからだ。認識阻害だけでは自分の存在に気づかれると確信し、自分を守るシャボンを厚くした。外側からは光学迷彩の効力でリドルの姿は掻き消えているが、内側は二重にしたことで光が複雑に屈折し虹色に揺らいでいる。揺らぎに視線をずらされることもなく、リドルは相手を見据えながら静かにガーデンチェアを離席し、入り口から離れる形で後ずさった。

    「…あれえ。絶対ここにいると思ったんだけどなあ」

     長身の男、フロイドは雨粒で唇を濡らしながら辺りを見回した。雨の中蕾に口づけをしたから付着したのであろうその滴は、これまでリドルが座していたガーデンチェアを見下ろす動作に合わせて顎を伝って滑り落ちる。
     持て余しそうな体躯を折り曲げてガーデンチェアの座面に触れるフロイドの姿を見て、リドルは息が詰まる思いだった。残る体温を消し忘れたことに気付いたからだ。接客業に従事するいきものらしくまろやかに整えられた指先で、金属に施された細かな彫刻をカリカリと引っ掻く。次いで指先を鼻の近くに寄せ、フロイドは口角を上げた。その様子を見ながら、リドルはかつて読んだある文献を思い出していた。
     『ウツボには匂いを感じとる細胞が2000万個ある。これは人間のおよそ4倍である。』
     つまり、彼相手に残してはならない痕跡は体温ではなかったということだ。フロイドの視線が、そんなリドルを正確に射抜いた。

    「そこだ」

     白い魔法石がきらめき、リドルの頭上で赤い花火が咲いた。コンマの差でリドルがマジカルペンを握り込んだ頃には、散った粒子に包み込まれ赤く染まった光学ベールはすっかりその効力を失っていた。使われたのは対侵入者用のカラーボールのような役目をする魔法であり、大気を濃縮させ発生した塵や水分を任意の色で染め上げるというものだ。認識阻害をかけ居場所が未確定な相手の頭上に、しかも濃縮時間のラグもなく正確に打ち込むなど、カレッジ二年生が容易くできることではない。しかも、リドルはそれを弾けなかった。反射神経の差だ。いやになる。それこそ教師も卒倒ものの技術だった。
     運動能力の差を突きつけられ、リドルはうつむき隠れるのを諦めた。二重のベールを解いたわけではないが、もはや色付きの布を被って隠れたと主張している子供も同然だった。逃げ出したいほど惨めだったが、自分の頬が涙で濡れてるのを思い出してそんな気すら失せる。いっそ笑われてしまった方が楽だ。
     あは、と笑う声がすぐこそから聞こえる。それなりにあったはずの距離はいつのまにか詰められていたようで、声のした方をリドルが見上げるのとほぼ同時に、ベールにヒビが入った。外側からつけられた赤色と内側の虹色を、指が八本突き抜けている。次の瞬間には赤く染まったベールは『バインド・ザ・ハート』で霧散し掻き消え、リドルはフロイドと対面することになった。右と左で異なる色をした瞳と視線がかち合い、フロイドが驚いたような顔をする。

    「……金魚ちゃん、泣いてるの?」
    「……ああ」
    「なんで?」

     フロイドは、すっかり濡れて沈んだ濃い赤のまつげを見ながらそう訪ねたが、リドルはその質問に見合った一番の言葉を探せなかった。なんで、というには理由はかぞえきれないほどあったが、誰にも迷惑をかけたくないという気持ちが口を開かせてくれないのだ。
     何も言えず黙り込んでしまったことが気まずくなり意識を目の前に戻すと、自分を見るフロイドの目尻がすっかり和らいでることに気付いて、リドルは動揺した。好奇心などがひとかけらも含まれていない、純粋な優しさのようなものを感じ取ってしまったからだった。同じような目を見たことがある。同じ寮の友人たちだ。

    「……人魚の昔話にねえ、人間を好きになったコトを悩んで悩んで悩み倒して、結局誰にも相談できなくて恋ゴコロを伝えられねーまま泡になって消えちゃった女の子の話があんだけどぉ、オレからしたら悩むなんてマジ時間の無駄。人間なんて腕と足同時に別々に動かしてるだけで超大変なのにさあ、悩みすら一人で抱え込んだら壊れちゃう。それこそ泡になってぱちん!…消えちゃうよ、金魚ちゃん」

     フロイドは魔法でその場にひとつの大きな泡を作り出して、突いて割ってみせた。すると中からロリポップが弾け出し、リドルは反射で受け取ってしまう。薄いビニールで包まれている、小さな魚のような形をした赤いロリポップだった。

    「ね、こんなトコいたら風邪ひいちゃうよ。オレが話ぜぇんぶきいてあげる。今日は頑張って邪魔しないようにするから、一緒にあったかいところ行こう。ね」

     フロイド・リーチはこんなに人に優しくできるいきものだったのか、とリドルは感心し、いつのまにか涙は止まっていた。不思議と泣いていた時よりも心が軽かった。右手にはロリポップ、左手には自分より随分と大きく少し体温の低いウツボの手。引かれるがままにリドルだけの場所を抜け出し、ふたりで校舎の空き教室に入った。いつもなら顔を見るだけでついマジカルペンに手を伸ばしてしまうようないきものが相手にも関わらず、リドルは今なんだか機嫌が良く、フロイドに向けたマジカルペンは彼と自分を乾かすために振られた。
     それから、色とは打って変わってマスカットフレーバーのロリポップを舐めながら、リドルはひとりで泣いていた理由を全て話した。

     オーバーブロットした事が伝わったお母様から次のホリデーには帰宅しなくていいと言われてしまったこと。
     かつて自分がしてきた行いの愚かさに気づいてしまったこと。
     友達が気を使ってくれるたびに息がしづらくなること。
     知識には何の罪もないのに自分のせいでノートを汚されたこと。
     今日足をかけられて割ってしまったマグカップは去年の誕生日にケイトがくれたものだったということ。
     これらの出来事は自分ひとりで受け止めるべき罰だと思っていたこと。

     その間、フロイドは発言の通りリドルの告白を邪魔することなく黙ってきいていたし、いつもならリドルが話し始めると三分もすれば飽きて別の何かに気を取られるところを、それもしなかった。ただ静かに、時折リドルの髪の毛を摘んだり、二本指でつるりと頭をなぞったりした。

     その日の別れ際リドルは初めて、ありがとう、とフロイドに言った。このいきもの相手には一生口にしない言葉だと思っていた。それが心の底から、自然と零れ出た。なるほど涙を零すよりよっぽど健康的だと、リドルは気づいた。
     リドルはまだ知らないが、明日授業に出席したらノートを汚した犯人たちが両脇にフロイドとジェイドを携えて頭を下げにくるし、放課後は談話室で足をかけてマグカップを割った犯人がトレイに連れられて謝りにくるし、ケイトからは新しいマグカップをプレゼントしてもらえる。
     知らずとも、なんとなく明日から世界が変わる予感がして、リドルはリドルしか知らない場所の空間魔法を解除してから眠りに落ちた。その日見た夢に出てきた人魚は、泡になることなく、幸せな恋を成就させていた。
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