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    於花🐽

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    於花🐽

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    両片思いサマイチ、恋心を自覚するイチ。

    ##サマイチ

    「俺様のイロになれ」
     左馬刻の台詞に一郎は固まった。
     とうとう言葉にされてしまった。
     和解して以来左馬刻の様子がおかしかったのだ。
     TDD時代も距離は近かった。気軽に肩を組まれるのは当たり前だったし、左馬刻が酔っ払ってる時にキスされた事もある。
     和解してから昔の距離感に戻ってきたたとは思っていたが、それが昔とは違うように感じていた。左馬刻の手になんというか性的な欲を感じるのだ。触れてくる手はただの接触ではなく欲を孕んでいる気がする。手だけではない。自分を見つめる目にも熱がこもってるように思える。
     そんな話を乱数に相談したのは先日の事だった。
     乱数は大きな目をまん丸にした。意外という表情にそうだよな、自意識過剰だよなと返そうとしたら乱数は「今更?」と言ってきた。
     「今更?」とはなんだ。
    「あっなたがっのぞむならぁ」
     唐突に歌い出したのは乱数の右隣に座ってた幻太郎だ。
     それにノって乱数もハモり始めて、乱数の左隣に座ってる帝統はテーブルを指先で叩いててパーカッション代わりにリズムをとりだす。
    「は? え?」
     突然始まったポッセのミニライブに戸惑いを隠せない。
     歌い終わるまで一郎はぽかんと口を開いていた。
    「あれ? ご存知ないでおじゃる?」
    「昭和の歌謡曲の名曲知らないの?」
    「聴くのはヒップホップばっかだかんなぁ」
     幻太郎と乱数が歌ったのは往年のアイドルの歌らしい。
    「ってか、何の歌なんだよ?」
     そのアイドルソングを歌われる意味が解らない。
     乱数がにんまりと笑う。悪い笑顔だ。
    「一郎の情緒がよーやく育ってきたなぁっていう感慨?」
    「はぁ?」
    「もうこれはお赤飯で祝うべきでは?」
    「あぁ、そうだね! そうだね!」
     幻太郎の提案に乱数が身を乗り出して賛成する。
     それから幻太郎が贔屓にしている和菓子屋で赤飯を買って渡されたのだが、一郎は展開についていけなかった。
     帝統は赤飯と一緒に買った豆大福を幻太郎から貰って食べていた。今日ずっと食べてばかりで無言だったのは三日間食事にありつけてなかったかららしい。何だか餌付けてる外猫のようだと一郎は思った。時々恩返しにチョコレート、おそらくパチンコの景品を持ってくるというのも猫が小さな虫を持ってくるのに似ていると思う。
     嵐のようなポッセに置いていかれて、一郎が一連の意味を理解したのは次の日一人で朝ご飯を食べている時だった。
    「もしかして左馬刻は前からその気だったのを俺が最近ようやく気付いたって事なのか……?」
     乱数の反応からして左馬刻の気持ちは周りも知っていて、気付いてなかったのは当の本人である一郎ばかりであったと、そういう事なのか。
     一郎はそう考え至ると一気に顔が赤くなるのを感じた。
     昨夜弟二人が巣立った後で慣れた一人夕食で、貰って訳も解らぬままそのまま食べた赤飯が今頃になって胃にもたれてきた気がした。
     一郎はどうしていいのか解らなかった。
     左馬刻の想いを知っても自分がどうしたらいいのか解らなかった。
     ただ心臓は早鐘を打ち、顔が火照った。



     気持ちの整理がつかないまま迎えてしまった左馬刻からの告白をどうすればいいのだろう。
     それにしても告白が『イロになれ』とはどうなのだろう。
     そもそも左馬刻は今日萬屋に依頼があると言って、ここ萬屋ヤマダの事務所の応接セットに座っている。
     今萬屋は開店休業状態だ。弟二人が自立した事と、中央区政権が崩れて男だけに課されていた重税もなくなったので、昔からの常連の依頼だけこなしている。時間が出来た一郎はラジオのパーソナリティーやクラブのDJの仕事を積極的に受けていた。ディビジョンラップバトルがなくなっても、ラップも音楽も好きだった。
     左馬刻の依頼を受け付けるのは昔馴染みの特例だった。
     そうだ。左馬刻は依頼しにきているのである。『イロになれ』と言う前に左馬刻は「日当十万で仕事を依頼したい」と言っていた。
     これは告白と違うのではないか。
     恋人ではなく、イロ、というか愛人契約の申し込みではないのか。
     自分の心にも悩んでいたのに、恋人ではなく愛人契約とは一郎には荷が重い。
     ヤクザというのにやはり恋人は不要なのか。そういう関係になるのにはいわゆる囲われ者という間柄になるしかないのか。恋人だったらデートとかするんだろうけどやはり囲われるとなるとそういう事も出来ないのだろうか。
     仕事の自由もなくなって日陰者になるのか……?
     一郎は傍目からは肘を膝につき、指を組んでどっしりと構えているように見えるかもしれないが内心、目を回していた。
    「今、うちに商売持ちかけている奴がいてな」
     目も思考もぐるぐると回っている一郎に左馬刻は話し続ける。
    「悪い話じゃねぇんだが胡散臭ぇんだよ。だからお前には俺のイロって言う体で俺の横についてもらって探り入れてぇんだわ」
     ぐるぐると回っていた思考が止まる。
     『てい』? 『探り』?
    「あ? あんたの愛人に成りすまして潜入捜査みたいな事、か?」
     左馬刻は煙草を取り出すと火を点けた。
     ぐるぐる回っていた考えも依頼となれば落ち着いてくる。
    「お前自身が探り入れるとかはやらなくていい。お前は俺の横に居てくれりゃそれでいい」
    「俺が居る意味あんのか?」
    「ある」
     左馬刻は煙草を深く吸って吐き出した後、はっきりと言い切った。
    「あちらさんは俺が信頼しているっつうのを目で見てぇんだよ。そういうのはイロ連れてくのがわかりやすいだろ」
    「愛人同伴の意味は解った。じゃあ俺である必要は?」
    「そこら辺の女連れてく訳にはいかねぇし、うちから適当なの選べねぇだろ。お前ならまぁミテクレも良い、有事の判断も出来る。文句ねぇよ」
     一郎は腕を組む。
    「金は上乗せしてもいいが、実質俺の横に立ってるだけなんだから、ヤクザの仕事とはいえ充分だろ?」
    「金額に文句があるんじゃなくて、そもそも俺、あんたの隣に立ってイロに見えるか?」
     山田一郎は名も顔も売れてる。一昔前まで犬猿の仲で有名だった二人がそういう関係に見えるのか。そもそもこの長身でガタイもいい男が隣に立って愛人とは無理があるのではないか。舎弟の一人に見間違われないのか。
     一郎の疑問に左馬刻は口元を歪めて笑った。悪い男の笑い方だ。
    「そこは俺様に任せろや」
     左馬刻はソファー横に置いてあった鞄を机の上に置いた。
     いつも着の身着のままの男が珍しく荷物を持っていると思ったがここで出てくるのか。



     左馬刻は鞄から服一式を取り出した。
     薄い水色のリネンシャツ、黒のタンクトップ、ベージュのテーパードパンツにアンクルソックス、スリッポンという普段の一郎が選ばないラインナップだ。
    「お前は山田一郎のそっくりさんって事にする」
     左馬刻が言うには山田一郎本人では信じられないだろうが、そっくりさんならいけるとの事らしい。それでいいのか疑問だが依頼主がそれでいいならば良い。
    「とりあえず着て見せろ。見立てに間違いはねぇと思うが念のためだ」
     サイズは問題なさそうだが、着ない系統の服だ。着こなせる自信はない。
     一郎は立ち上がっていつも好んで着ているパーカーを脱ぐと、左馬刻も立ち上がって慌てて窓辺に駆け寄り窓のブラインドを下ろし始める。
    「こんなとこで着替えるんじゃねぇよ!」
     室内は左馬刻だけだし着替え終わったら見せるのだから良いかと思ったが、いくら昔一緒にサウナに入ったりと裸の付き合いがあったとはいえ、エチケットにかける行為だったらしい。
     一郎は服を預かって階上の自室で着替える事にした。
     着てみるとサイズは恐ろしいほどにぴったりだった。
     特にボトムのウエストサイズなんて何故解ったのか。ベルトで調節するなりなんなりは必要だと思っていたが、無用な心配だった。
     サイズはいいが、慣れない。
     リネンシャツはオーバーサイズでゆるく着るものだったが、厚さが心許ない。中のタンクトップもいつものパーカーぐらい襟ぐりが開いているので余計心許ない。一番慣れないのはボトムだ。腰穿き出来ないし、穿いてみるとアンクル丈で足首が出ている。
     着なれないながらも事務所に下りて左馬刻にこの格好を見せると左馬刻は足の先から頭のてっぺんまで舐め回すようにじろじろと見て「六十点」と呟いた。
    「遊びが足りねぇな」
     左馬刻は一郎をソファーに腰かけさせるとその足元に身を屈めた。
     テーパードパンツの裾を折られる。
     骨太で肉の薄い大きくくるぶしの頸骨がせりでた足首にこれまた鞄から取り出したアンクレットをつけられた。
    「髪も弄るぞ」
     左馬刻は後ろに回り込むと一郎の髪を手で梳き始めた。
     鏡がないので解らないが分け目を変えられて左サイドの髪を耳にかけられた。
     それからサングラスを渡された。
    「後からこれもつけろ」
     薄い黄色の色が入ったサングラスを一郎はしげしげと眺める。確かにこうなってくると山田一郎のそっくりさんになってきた気がする。自分の趣味とは全く違う。
     別人になっていく自分にちょっともやもやとした。左馬刻は普段の自分は気に入らないのだろうか。
    「それから」
     左馬刻に後ろから顎を掴まれる。
    「色気も足りてねぇ」
     真上から真逆に見る左馬刻の顔が暗くて見えない。まだブラインドも降りたままだ。
     左馬刻の顔が近付いてくる。
     これはキスされるのではないのか。また目がぐるぐると回り出す。
     左馬刻の顔は一郎の顔を通り過ぎた。
     そして鎖骨に痛みが走る。
     噛みつかれている。
     血は出ていないだろうが、この痛みは歯形はついていそうだ。
     鎖骨から離れた顔は戻ってくるかと思われたが、耳の下辺りで止まった。
     冷たいような熱いような感覚がした。これは舌で舐められている。それからじゅっと音がした。今度は吸われている。
     最後にぴりっと痛みが走った後、今度こそ左馬刻は離れた。
     顎を固定されたままだったので、呆然と左馬刻を見上げていると、左馬刻は親指で自分の涎に濡れた唇を拭っていた。
    「はっ。間抜け面」
     笑う左馬刻を殴ってやりたかったが、顎を放された一郎は俯く事しかできなかった。
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    うめこ

    MOURNING【小説】2ndバトル前、和解前さまいち①「落ち着いて聞いてください。イケブクロのバスター・ブロスが解散しました」

     左馬刻に最初にその報せを持ってきたのはチームメンバーである入間銃兎だった。

    「……あァ? 何言ってやがんだ、解散だぁ?」

     決して銃兎を信じていないわけではない。そもそも銃兎はこうした冗談を言う男ではないし、何より左馬刻とバスター・ブロスのリーダー、山田一郎との間に並々ならぬ因縁があることをよくよく承知している。
     そんな銃兎が敢えて左馬刻の地雷を踏みぬくような真似をするわけもなく、それが冗談ではないことなどすぐに分かった。
     けれど、疑わずにはいられなかったのだ。「あの」山田一郎が、あんなにも大切にしていた弟達とのチームを易々と解散するだろうか。それも、二度目のディビジョンラップバトルを目前に控えたこの時期に。

    「私も信じられませんよ。でもどうやら事実のようなんです」

     銃兎が差し出す端末に目を遣ると、一体どこから手に入れてきたのか、そこにはディビジョンバトルの予選トーナメント出場チームの一覧が記されていた。
     対戦表はまだ公表されていないはずだが、警察官のあらゆる権力を利用し各方面にパイプを持つ銃 9729