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    おいなりさん

    カスミさん……☺️

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    おいなりさん

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    真珠くんとカスミさん。

    ##真スミ

    一年目の。


    去年、花見公演が終わった日。
    千秋楽の衣装と舞いの艶やかさに惚けたままの頭で、言うつもりのなかった言葉をカスミに伝えてしまった日。

    「すき、です」

    手を握って、そんな風に呟いて。
    びっくりしたように少し口を開いたカスミを見て、おれは慌ててごまかそうとしたんだけど、それよりも先にカスミが、

    「真珠、もしかして春の妖精にでも惑わされちゃったんスか?ふふ。それなら少しだけ、その幻惑に身を委ねてみないッスか?」

    なんて言うものだから。
    そのまま、不思議な甘い香りでおれを惹きつけて離さないものだから。

    「キス、してみます?夢が醒めちゃうかもしれないッスけど」

    そうやって、顔を近付けてくるものだから。

    「ーーうん」

    素直におれは頷いて、少しだけ上を向いて、カスミの唇に触れた。


    その日からおれとカスミは付き合っていて、もうすぐ一年が経とうとしている。
    記念日とかは、カスミが忙しそうだからあんまり作らないようにしてたんだけど、でも、やっぱり誕生日とこの日だけはどうしても何かしたい、そう思って、せめて自分だけでも贈り物をしようかと思って、店の近くにある雑貨屋に足を運んでみた。
    桜の季節は終わり、すっかり初夏の準備をしている店内には涼しげな小物が並んでいる。
    ひとつひとつ見て回って、店内を3回ぐらい回って、何気無く手に取った、深緑の色をした小皿を眺めながら

    「何贈ったら喜ぶんだろ……」

    と呟く。

    「小皿はあってもあんまり使わないんで、どうせならマグカップとかのがいいッスね〜」

    ビクッと肩を揺らし、あわてて振り向くと、いつの間に居たのかカスミが後ろに立っていた。

    「か、カスミ!?」
    「あ、驚かせちゃったッスか?すんませ〜ん」
    「なんで?いつから居たの??」
    「えーっと、ちょっと買いたいものがあって出かけてみたら、たまたま真珠を見かけて。ちょうどこの店に入るとこだったんで、何してんのかな〜って着いて来ちゃったッスよ〜」
    「そ、そうなんだ」

    偶然とはいえ、まさか休みの日に約束もしてないのにカスミに会えるなんてっていう嬉しさと、カスミに贈るものを選んでいる時に出会ってしまったという気不味さで頭の中がぐちゃぐちゃだ。
    何か話したいんだけど、上手く言葉が出てこなくて、おれは手に持っていた小皿を手持ち無沙汰に触りながらカスミの顔を見たり、お店の中に視線を巡らせたりしていた。
    そうしていると、カスミがおれの手から小皿を取り、元の位置に戻してしまった。

    「真珠、コッチ」

    空になった手を取られ、促されるままに着いていくと、陶器のマグカップが並んだ所へ連れて行かれていた。

    「どうしたの?」
    「いや〜、自分買うもの迷ってて。真珠に手伝って貰えないかなって」
    「そうなの?いいよ、何買うの?」
    「実はそろそろちょっとした記念日なんスけど、折角だから何か贈り物でもできたらなぁって思ってるんスよ」

    記念日。
    その言葉に、少しだけ心臓の音が速くなる。
    誰との記念日なのか、とか、何の記念日なのか、とか、おれとの記念日は覚えてくれてないのかな、とか。
    もしかして、おれとはホントは恋人じゃなくて、他にいい人がいるんじゃないかな、とか。
    急に足元が覚束なくなって、体が倒れそうになる感じがしたから踏ん張ってみてたら、その後カスミが何か言ってるのが全然頭に入って来なかった。

    どうしよう、おれって、カスミにとっては何なんだろう。

    考えてみたら、あの時も、キスしただけで、カスミはおれのこと好きだなんて言ってなかったし。
    デートに誘うのも、キスするのも、アレをするのも、いつもおれから言ってるばっかりだ。
    今までずっと気付かないフリをしていた不安な気持ちが、今になって急に溢れてきて、周りが暗くなっていって、もうその場に立って居られなくなって。

    「ーー真珠っ!」

    カスミに名前を呼ばれて、目の前にカスミの少し焦ったような顔が見えて、その向こうにチカチカと眩しい蛍光灯の真っ白な光が見えて、そうして、倒れそうになったおれをカスミが支えてくれていることに気付いた。

    「あ……カスミ?おれ……」
    「……少し、別の場所で休憩するッスよ」

    ふわりと笑うカスミが近くに居た店員さんに軽く声をかけて、おれとカスミは店を出た。
    カスミにもお店の人にも迷惑をかけてしまった、恥ずかしい、そんな気持ちでいっぱいだった。



    少し歩いた所にあるカフェに入り、冷たいものを頼んだ。
    先に運ばれてきていた水をコップの半分ほどまで飲み干すと、ちょっとだけスッキリした気がした。
    じっとおれを見つめていたカスミが、そんなおれの様子を見ながら、ゆったりと口を開く。

    「急に倒れるなんて、若い内から無理しちゃダメッスよ」
    「……そういうんじゃないよ……でも、心配かけちゃってごめん」
    「もしかしてさっき後ろから声かけたのが今になって?!」
    「違うってば!カスミのせいじゃないから!」
    「そうなんスか?自分はてっきり、真珠の事を不安にさせてしまっているのかと思ったんスけど」
    「……っ、」

    ドキっとした。
    カスミの言葉にもだけど、一瞬だけ見えた、前髪の下から覗く目に。
    真剣に、真っ直ぐにおれを見つめるカスミ。
    それがどういう意味かわからないけど、その視線に射抜かれたように心臓がドクドクと音を早くしていく。

    「そんなの……そんなこと……」
    「なーんて、取り越し苦労ッスかね〜。夜更かしはお肌にも良くないッスから、夜はちゃんと寝なきゃダメッスよ」

    ヘラッと笑う口元とわざとらしいくらいに見当違いの話をするカスミ。
    その指先が、無意識にぎゅっとコップを握り締めていた手に触れた。

    「真珠、自分の話、真珠は全然聞いてなかったと思うんスけど。さっき店で選ぼうと思ってたものっていうのは、自分と真珠の記念日の為のものだったんスよ」

    たっぷりと沈黙が流れた。
    カスミの言ってる言葉の意味が上手く理解できなくて、触れられた手の甲が少し熱くなってきて、頬や首のあたりも何だかほかほかしてきてる。
    たぶん頭よりも体の方がカスミの言葉を良く理解しているんだろう。
    でも、おれはやっぱりわからなくて、どういうこと?とカスミに尋ねた。

    「真珠が自分にすきって言ってくれた日、覚えてるッスか?」
    「……うん」
    「その日がいつだったかも?」
    「うん、覚えてる」
    「初めてキスした日も?」
    「もちろん覚えてるよ」
    「真珠は意外だと思うかも知れないッスけど、自分もちゃんと覚えてるんスよ。それに、そういう日はちゃんとお祝いしたいなって思ってるんスよ」
    「……うん」
    「だから、この後、もし真珠の時間が空いてるなら」
    「……」
    「一緒に一年目のお祝い、選びませんか」

    優しくコップから外された手を、カスミの手が包み込む。
    視界がぼやけて、カスミの顔もふにゃふにゃになってしまって、それでもカスミがふんわりと笑ってるのはちゃんと分かった。

    「……う、ん」

    精一杯に絞り出したその声に、カスミは嬉しそうに「良かった」と言った後、向かいに座っていたところからおれの隣に座り直してくれて、ギュッと抱き締めてくれて、頭も撫でてくれて。

    「今まで苦しい思いさせてごめん。好きだよ、真珠」

    おれにだけ聞こえる声で、そう言ってくれた。
    おれはずっと胸の奥に支えていた何かがほろほろと崩れていくのを感じながら、カスミにしがみついて声を押し殺して泣いてた。



    「……いつの間にこれ来てたの」

    目の前にあるグラスにはカフェラテが入っていたのだけど、確かアイスを頼んだはずなのに、氷は小さいのが3つ4つ浮いているくらいになっていた。
    机の上はグラスのかいた汗で水溜りが出来ているし、カスミの頼んでいたホットコーヒーのカップはすっかり空になっていた。

    「さぁ〜。まあ、少し薄くなってもここのは美味しいッスから。それに真珠は水分補給しないとね」

    しっとりと色の濃くなった上着の胸の辺りを触りながら、カスミがそう言う。
    おれは少し剥れながら、水と牛乳とコーヒーで層の分かれてしまった液体をストローで掻き混ぜ、一気に飲み干した。



    end.
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