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    a_poly22

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    a_poly22

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    ノベルスキー合同誌vol.1参加作品です。(一次創作)
    【引用】
    「化粧の天使達」川端康成(『掌の小説』収録、新潮文庫、一九七一年三月)

    別れる男の部屋に、本を一冊置いておきなさい 部屋の本棚の端を、じっと見つめる。
     腰くらいの高さに僕の背丈ほどの幅がある本棚には、新書や重厚なミステリ、文学賞の候補作たちが規則正しく並んでいる。その横で我が物顔で居座っているのが四六判のライトノベルだ。目が痛いくらいに鮮やかな背表紙も、やけにスタイルのいい女の子が可愛らしく微笑む表紙も、この棚では一際存在感を放っている。
     自分からはあまり手に取らないジャンルの本がこの部屋の住人となったのは、いったいいつからだっただろうか。
     
     * * *
     
     つい先日この部屋の合鍵を置いて出て行ったあの人は、本はあまり読まない人だった。はじめてこの部屋に足を踏み入れてこの棚を見たときの、
    「うわあ、すごいね……」
     と一歩引いたような言葉は今でも脳裏に残っている。そのくせ、僕が勧めても本一冊手に取ろうとしなかったのに、仲のいい友人に猛プッシュされたからと売れ線のライトノベルを手に取るところが、僕はあまり好きじゃなかった。本の好き嫌いはそれぞれの好みが大きいから、それを本人に言うことはなかったけれど。
    「うちには本棚なんて立派なものがないからさ、きみの部屋に置かせてくれると嬉しいな」
     きらきらしたそれを身体の前に両手で掲げてへへっと笑った顔がとても可愛らしくて、毒気が抜かれてしまった。だから、きみが一生懸命に押し込もうとしているそのスペースは、僕が楽しみにしていたミステリシリーズの続刊のためになんとか空けていたところなのだからやめてくれと咎めることはできなかった。
     そこから、あの人はこの部屋に来るたびにゆっくりとページをめくるようになった。それまでは空いた時間に僕が本を読んでいると、何かを言いたげな目だったり物欲しそうな感情をこちらに向けてきたりしていたものだった。穏やかな昼下がりのソファーで二人並んで文字を追いかけるようになるなんて、想像すらしていなかった。カーテンの隙間から差し込む光はやわらかく、僕らを取り巻く空気もそれにつられて前より幾分とやわらかくなったように思えた。違う速度で響くページをめくる音も、ローテーブルに並んだマグカップのコーヒーがぬるくなっていっても気に留めないことも、なんだか平和の象徴みたいな気がした。大袈裟かもしれないけれど、僕にとっては、事実そうだったから。
     あの人は毎日この部屋に来るわけではなく、週一、二回だったり忙しいときにはもっと間隔があくことだってざらだったり、けして読書家ではない人だったから来るたびに必ずその本を手に取るということでもなかった。それに、普段は本を読まないからか文字を追う速度も僕とはだいぶ違っていた。表紙を一枚めくったところには、こうしないとわからないんだよねと言いながら書かれた登場人物の一覧や地図が走り書きされたメモ帳も挟まっていた。けれど、本を両手で握ってひたむきに言葉を追いかけていく様子は、ずいぶんと楽しそうに見えたのだ。
     棚を譲ることとなったミステリシリーズの続刊を僕が読み終える頃、並んだ隣では物語の終盤へと差し掛かったようだった。ソファーの隣で少し手持ち無沙汰になった僕は、コーヒーの入ったマグカップ片手に横目であの人の大きな瞳が真剣に文字を追うのを眺めていた。残りのページ数を測りながらもうすくエピローグだろうかと想像していると、突然パタンと音を立てて一度本を閉じてしまった。
    「急にどうしたの」
    「……もうすぐ読み終わっちゃうなって」
    「じゃあどうして本を閉じてしまうんだい。まだ終わってないのに」
    「だって、読み終わっちゃうのがもったいないじゃない」
    「でも、早くエンディングを知りたくはない?」
    「それはそうなんだけど……早く読み終わりたいのとまだ終わりたくないのと、どっちもある……」
     うう、と唸りだした肩口にそっと触れる。それにつられてこちらに少し寄りかかった身体のぬくみが心地よい。
     そうやって生まれていく穏やかな瞬間が、ずっと続くと思っていた。

     大きく開けた窓から風が部屋を通り抜ける。そのたびに二人で持つ本のページが揺れて、それがあんまりおかしいものだから顔を見合わせて笑った春は確かにあった。
     汗をかいて今読むとページがふにゃってなりそう! とエアコンの吹き出し口の前に陣取り涼んだ夏についてはそれもそうだと僕も思った。
     秋はいろいろと美味しいものを食べに行こうとどこかに出かけることも多くて、あまりこの部屋に来なかったような気がする。
     かじかんだ手では、本をめくるよりは互いの指で暖を取るほうが、あの人は好きだった。
     その次の春には、互いに仕事が忙しくて、なんだかそれどころではなかった。
     夏が来る前に、互いの部屋の鍵を返すことになった。
     別れのきっかけは何だっただろうか。今となってはよくわからない。喧嘩別れと呼ぶほどの大きな出来事があったわけではなかった。ただ、ちょっとした綻びがひとつふたつと見つかって、それを直していく速度よりも綻びが増える速度のほうがほんの少しだけ速かったみたいな、そんな感じだったのかもしれない。あの人がこの部屋に来る日が週に一度から隔週になったり、では食事に行こうとお互いに声を誘いあったけど仕事の都合がなかなかつかなかったり、そんなふうに気付けばひと月以上合わない日が続いたりしてしまった。
    「……もう、これを使うことはないかもしれない」
     そう差し出された合鍵を、頭を駆け巡った数々の言葉を飲み込んで、震えを隠した手で受け取るしかできなかった。
     あんなにたくさん本を読んだって、こんなときに言うべき言葉のひとつも出てきやしない。あの人の口から紡がれる言葉を理解するのも難しくて、どうして僕の口も耳も頭もこんな肝心なときに役立たないんだと嫌になる。
    「……じゃあね」
     そう言っていつもより大きな鞄を持って靴を履いたあの人を見送ったけれど、こちらを振り返ることはなかった。
    「……さよなら」
     なんとか絞り出せたのはこんなありきたりな言葉だけで、でもそれさえも遠ざかるあの人の背には届かなさそうだった。
     それからというものの仕事の忙しさもあいまって、平日は家に帰るころには疲れ切ってしまっていた。いかに早く寝るかを考えるようになって、気の重いことに割く余裕がなかったからまだよかった。だけど、やることも用事もなくなってしまった休日は、やけに気が滅入るようになってしまった。
     一度起き上がったはいいものの何も気力のない土曜の午後。ソファーに寝転んでローテーブルの向こうにある本棚のあたりをじっと見つめる。本を読むのは好きだけど、今はその元気もなかった。整然と並ぶ背表紙を意味もなく端から順番に眺めていると、反対側の端で鮮やかな色彩が目に入る。あの人は、服やこまごまとしたものは持ち帰っていったのに、あのライトノベルだけは何も言わずに置いていったのだ。最後のあの頃にはその存在を忘れていただけかもしれないけれど、その本の存在がまた僕の心を刺していくのだ。
     ゆっくりと立ち上がって、部屋の本棚の端で存在感を主張するライトノベルの背表紙におそるおそる手を伸ばす。
     普段は読まないジャンルの本だから、あの人がこの部屋に持ち込まなければそのうち忘れていたかもしれない。だけどずっとこの部屋に居座るものだから、やたらと長いタイトルも表紙で笑う主人公の風貌も、頭の片隅にすっかりこびりついてしまった。このシリーズは瞬く間に世間でもヒット作となり、気付けばコミカライズされて、とうとう来月からはアニメが始まるらしい。そのタイトルや主人公の名前がSNSのトレンドに入るたびに、書店の入口に高く平積みされた最新刊を見るたびに、心がちくりと痛む。恋人との別れなんて大きな喪失と呼ぶにはありきたりなのかもしれないが、僕にとってはそう呼ぶのが相応しかった。
     この流行りの冒険譚を読むのは、なんとなく悔しくて、読んでいないのに勝手に嫌いになりそうだった。だからといって今後読むこともないだろうし、こうやって心を煩わせるならいっそ売ってしまおうかと思っても、それはできなかった。
    「別れる男に、花の名を一つは教えておきなさい。花は毎年必ず咲きます」
     とはよく言うが、それが相手の部屋に本を置いていくことでも成立するだなんて、思ってもみなかった。ましてや、自分が置いていかれる側になるなんて、こんなこともあるのだなと虚しくなった。
     かの川端康成の有名な言葉を、あの人が知っているとは思えなかった。粋と呼ぶには嫌がらせじみたようなこんなことなんてあの人は思いつかないだろうし、思いついていたとしても実行しないタイプだろう。知らず知らずのうちにこの部屋へ残されたそんな大きな楔が、僕を過去から、記憶から、逃げることを許してくれないのだという被害妄想に取り憑かれてしまいそうになる。
     趣味だって合わないし、性格もまったく違っていた。だけど、確かにあの人と僕はかつて想いを交わしていて、そしてあの人は僕から去っていってしまった。季節が巡っても、もう戻ることはないだろう。記憶だっていつかは薄れていく。ただ、きっとこれからも、あの冒険譚が話題となるたびに、本棚の隅に置かれた手放せないあの鮮やかなライトノベルの存在を、いやというほどに突き付けられるに違いない。今をときめく作品は、この先アニメの二期の噂だってあるし、最近のトレンドだと舞台とかにもなるかもしれない。完結まではしばらくかかるようだからシリーズの続刊だってこれからもしばらくは出るだろう。そのたびに僕のやわらかいところがじくじくと痛み続けるのだろうが、それを避けるすべがわかる日が来ることも、この先ずっとないだろう。
     物思いにふけるなかずっとそれを握りしめていた手を緩めて、表紙をそっと撫でたあとにパラパラとページをめくる。最後のページまで辿り着く直前にひらりとこぼれおちたのは、あの人が大事にしていたはずの栞だった。
     いつかの休日にともに出掛けた水族館で、金属製の栞を買っていた光景がすぐに浮かんでくる。似たようなものは他のところでも売っているのを見たことがあるけれど、あの人がそういうものを手に取るのは珍しいと思ったからよく覚えている。
    「せっかく本を読むようになったからね! あ、ねえねえお揃いにしようよ! いいでしょ?」
     そう笑って、わたしはイルカがいい、きみにはクジラか、いやチンアナゴもいいかも、ととても悩みながら選んでいて、それが嬉しかったのだ。
    「綺麗な栞だったら、本を読むのがもっと楽しくなる気がするんだよね」
     あの人は、確かにそう言っていた。
     床に落ちた栞を手にとって電灯に透かす。ステンドグラスのようなそれは光を受けてキラキラと輝いている。その光がどうにも眩しくて目を細める。僕のクジラはあれから引き出しに仕舞い込んでしまったけれど、このイルカは何も知らずににこやかに僕を見つめてくる。無機物であるはずのそんな視線さえも痛いのだから、もうどうしようもない。
     イルカの栞から目を逸らし、クジラと同じ引き出しへと入れる。その引き出しは未だに捨てられない思い出の残滓たちで溢れそうになっている。そこにライトノベルが入る余裕はなく、かと言って無理に押し込んで表紙の角を痛めるのも何が違う気がする。表紙の女の子とも目を合わさないようにしながら、本棚の端の定位置へそろそろと戻す。
    「本棚に日焼け防止のカバーでも掛けるかな」
     強がりの独り言は思いの外大きく響いて、この部屋の静寂がいっそう際立ってしまった。
     別れたあとの部屋に本を一冊置いていかれると、こんなにも虚しくなるなんて知らなかった――そう言葉をこぼしても、それを笑って聞いてくれる人はもう隣にはいなかった。






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    a_poly22

    MOURNINGkrymパロディ与太話俺は皋所縁! この春からこの伝統あるムサシ高校の一年生だ!
     さて、今日はどうやら新入生向けにそれぞれの部活が勧誘をしている日ということで、いろんな部活の部室が解放されている。紹介冊子を眺めていたらクラヤミ部という謎の部活がなぜかとても気になってしまったので、まずはクラヤミ部の部室に行ってみようと思う!

     クラヤミ部の部室の前に来た。なぜか校舎の中でも一段と寂れた場所にあってなかなか探すのに苦労したが無事に見つかってよかった! 早速ドアをノックし入室した。
    「……失礼します」
     中に入ると、学ランには似合わない淡い長髪をゆるく括った美人と、眼鏡をかけて本を読んでいる男がいた。
    「おや! 新入生ですよ、萬燈くん!」
    「ああ、そうみたいだな」
     美人のほうがキャッキャッと声を上げる。
    「新入生くん、ようこそクラヤミ部へ! 私は部長の昏見と言います。以後お見知りおきを。ささ、早速ですがこの入部書類にお名前を」
    「いや、まだ入部すると決めたわけではないんですけど……」
    「やや、そうですか。ところで新入生くん、その髪型お馬さんのしっぽみたいで素敵ですね! うーん、新入生くんのことはこれからポニ 1634

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