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    壮年期の月鯉。
    除隊した月と中佐になった鯉がただ二人の家で話すだけののんびりとした話。
    大体月が60代前半で鯉が50代前後の設定。

    #月鯉
    Tsukishima/Koito

    月鯉 久方振りの続けての休暇に鯉登中佐の足取りは軽い。軍司令部の目と鼻の先にある街で買った目新しい、所謂ハイカラな食べ物を紙袋いっぱいに両手に抱えて街から少し離れた私邸へと戻ってくる。
     広々とした庭園で花の剪定をしていた月島はバタンと聞こえる車の扉の音にゆっくりと腰を上げる、軍人の頃に比べたらその動きは隙だらけだ。出迎えようと首から下げた老眼鏡を外して立派な踏み石に足をかけ縁側に上がる、無意識によいしょ。なんて言葉が出て否が応でも月島は自らの老いを感じていた。

    「基ー、!帰ったど」
    「お帰りなさい音さ……またあなたは、無駄買いはするなとあれほど…」
    「無駄じゃなか、珍しい菓子やら飲ん物やらあったで買うてきたっじゃ」
    「お互い幾つだと、…」
    「まだ基は十を越えたところじゃ」
    「生憎六十をとうに越えた爺ですよ」

     月島が陸軍を除隊した日、鯉登はまるで誕生日でも祝う様に実に晴れやかな顔で笑った。
     (月島、…いや、基!これから基ん新しか人生が始まっとじゃな)

     少尉と軍曹である頃から二人は心を寄せあっていた。誘拐犯とその被害者でもあり二人の因縁にも似た関係はもう四十年には及ぶだろう程長いものだ。
     その長い時の中で固く強く縛り囚われていた月島の頑なな心を解し、溶かしたのは紛れもなく鯉登の今も、そして除隊した日にもあった曇りのない晴れやかな笑顔と揺るがない真っ直ぐな心だった。

     自らの孤独で貧しかった幼少期をまるで、鯉登が後から幸福な物へ塗り替えようとしてくれているようで毎度毎度休暇の度に両脇に抱えてくる物珍しい物を月島は一つ二つの小言を言いながらも受け取った、心の内の佐渡の悪童は確かにフン、とそっぽを向きながらも喜びを感じていたからだ。

    「…ありがとうございます、風呂の支度は出来てますよ」
    「おぉ、あいがとな」
    「背中お流ししますよ、音さんはカラスの行水ですから」
    「基は長すぎっとじゃ、ふやけっしもど」
    「いつまで経ってもここだけは分かり合えませんね」

     そんな月島の返答に鯉登は声を上げて笑う、若く見目良い将校だった鯉登は今ではかつての父の様に立派な髭を蓄えた中佐へと成長していた。しかしこの家へ戻れば月島が手を焼いていた少尉の頃とさして変わらないボンボンのままだ。
     そんな鯉登に手を焼くことが何だかんだと今も月島の変わらぬ日常で、どこか生きがいとも言えた。
     風呂を終えると月島の手入れする庭が一望出来る縁側で鯉登の買ってきた西洋の菓子と珈琲を口にする、ここ数年で口に馴染んできた菓子と珈琲の味がまだ口に残る中、庭を眺めながらふと月島は口を開く。

    「私の好物は白米だったんですが、音さんとこうした日々を過ごす中で…世の中にはこんなに美味いものがあるのかと、驚いてばかりです。勿論土地柄米が美味いのはありましたが、貧しい家の私には腹一杯軍隊で食った米が生きてきて一番、美味い食べ物の様に思えたんですよ…」
    「基ん故郷は新潟じゃったな」
    「米所に住んでいた癖に腹一杯米を食ったこともなかった…入隊したのは、土地の人間を見返してやりたかったのもありますが腹一杯飯が食えると聞いたからでした」

     腹一杯飯を食うには随分な代償を払いましたが…と目尻に薄ら刻まれた皺を深めて少しばかりの苦笑いを浮かべる月島に鯉登はチラと横目にその顔を見ながら膝に置かれた手に、手を重ねる。

    「腹一杯飯を食っても、何か満たされない。それをずっと漠然と抱いていましたが…除隊して、初めてこの家で音さんと飯を食った日に気付いたんです」
    「おいと、飯を食うた日にか?」
    「……ああ、飯はこんなに美味かったのか、と。己の好いた人と食う飯は、腹一杯食った白米よりなんて美味いんだ、と。」
     
     それが、どんなものでも。と言葉を続けながら鯉登の手の上に手のひらを重ねてゆっくりゆっくりと月島は手の甲を撫でる。乏しい表情の代わりにその手の動きは堪らなく、優しかった。

    「ですから、私は土産なんか何一つなくても構わんのです…音さんが、無事にこの家に戻って来て下されば。…もう私は、側であなたを守ってやる事は出来ない、いや…私がいつも、あなたに守られていた気もしますが」
    「……や、やめぃ!なんじゃ急に!明日は雪でも降っとじゃなかか!?」
    「…歳をとると、隠し事が下手になっていけませんな。口もだらしなくなってしまう」
     
     月島の滅多に聞けない本音に鯉登もまた年甲斐もなくあっさりと照れを顔に滲ませて若かりし頃のようにあわあわと口も早口になる。互いに一瞬軍服姿がチラついた気がして、月島の手が鯉登の頬へと伸び、髭を蓄えた頬を撫でる、その瞳もこれまたとても優しい。

    「まだ十を越えたばかりの悪童が大人しく留守番していたんです、褒美を頂かねば」
    「菓子ん褒美は、やったじゃろ、…」
    「わっぜ、悪童ですから…菓子じゃあ足りんのですよ」

     もう何十何百と繰り返した接吻が妙に新鮮でまるで初めてのように鯉登の心を過去の自分へと引っ張っていく、月島の手が頬を行き来する度に鼓動が強く打つ。もういつぶりだろうか、のほんの一瞬の接吻に息をするのも忘れてぷは、と小さく息を吐き出すと月島は首から下げていた眼鏡をまた掛けながら小さく口元に笑みを浮かべる。

     駆け抜ける様に早く、生命を賭して過ぎた青年期を過ぎて壮年期もまた終わりに差し掛かる二人は今、穏やかに誰に憚ることなく手を握り言葉を紡ぎ心を確かめ合う。
     飲みかけの珈琲がすっかり冷えてしまっても変わらず、ずっと。
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