第1回お題「困った子」 降谷と交際をはじめて二週間になる。
恋人同士になった日から今日まで、赤井が降谷と二人きりになれる時間はまったくといっていいほどなかった。仮眠をとるとき以外は、常に職場の仲間、あるいは各国の捜査機関のメンバーと一緒だったからだ。
そんな慌ただしい日々の最中。プライベートな場所ではないが、警察庁の会議室で、偶然にも赤井は降谷と二人きりになることができた。会議を終えたあと、降谷と二人で今後の打ち合わせをしている間、会議室にいた人間がすべて持ち場に戻って行ったからだ。
窓辺からは夕陽が差し込み、降谷の美しい髪をきらきらと反射させている。思わずその髪に手を伸ばすと、降谷は子どものようにあどけない表情で、「どうかしたんですか?」と問うてきた。
「恋人の君に触れたくなった」
そう告げると、降谷は夕陽の色に負けんばかりの赤い顔をして、視線を逸らした。
恥ずかしがっているのだろう。実に初々しい反応に、胸を擽られるような心地がした。
赤井は降谷の頬に手を添えて、そっと自分へと視線を向けさせる。降谷と目が合うのを合図に、赤井は降谷へ顔を近づけた。
「ま、待ってください」
降谷の声に、赤井は動きを止める。あまりにも余裕のない降谷の声。降谷は、「まだ、心の準備が……」と息も絶え絶えに、俯きながらそう言った。緊張のせいか、降谷は今にも倒れてしまいそうな様子をしている。
キスをするのに準備が必要なのか? と一瞬疑問符が浮かんだが、降谷の様子から“ある可能性”に赤井は思い至った。
赤井は小さな声で降谷に問いかけた。
「まさかとは思うが……君、今まで一度もしたことがないのか?」
どくりどくりと自分の心臓が大きく脈打つのがわかる。息を潜めたくなるほどの静寂に、思わず固唾を吞んだ後。降谷は俯いたまま、こくり、と頷いた。
今度は赤井が緊張をする番だった。降谷にとって人生ではじめてのキスを、まさか自分が奪う権利を得ているとは。
「ごめんなさい。あなたを困らせるつもりは……」
自分が反応に困っていると思ったのだろう。弱々しい声で降谷が言う。
赤井は胸の昂りを隠さずに言った。
「いや、困ってはいない。それどころか、嬉しいよ、降谷君」
「え?」
「俺たちのはじめてのキスは、一生記憶に残る最高なものにしよう」
自分の人差し指を、降谷の唇に軽く当てながらそう告げると、降谷は耳まで真っ赤にしてこちらを見上げてくる。
「な、何を考えているんですか?」
自分が何かを企んでいるように見えたのかもしれない。降谷はここから逃げ出す準備をするように、一歩、後退った。
困惑する彼の両腕をつかまえて、赤井は降谷の額に一瞬だけ唇を落とす。びっくりした顔をする降谷に、赤井はウインクをひとつして言った。
「今はまだ秘密だよ、降谷君」